恋心
エリオット視点です
私が後宮のユリの宮の主となってから10日が過ぎた。
自分がリリス家の次男であり、女帝が立った時点で後宮入りは免れないと思っていた。この年まで自由でいられたのはひとえに宰相である父のおかげだった。
だから、父が私に後宮入りを告げた時もう仕方のない時が来たのだなと素直に思った。
自分の女性の好みのタイプは可愛らしく、清楚な女性だ。女帝とは正反対と言えよう。しかし、恋愛結婚など望んではいなかったしこれまで随分遊んできた。これからは女帝に少しでも気に入られ、出来る限り動きやすい様過ごせればいいと思っていた。自分の信念は、国のために為すべきことを為すことだ。だから、自分よりも優秀な者がいるならば我が家が皇婿に選ばれ無くとも良かった。
実際に見た陛下は絵姿に違わず、寧ろそれを上回る美しと気高さだった。その迫力に遅れを取らぬ様自分の顔に笑顔を貼り付ける。
最初に夜の共を申し出たのは少しでも後宮での自分の地位を確立するためだった。ところが、彼女は少し触れ合っただけで頬を赤く染め、男女の機微に関しては少女の様な反応をする。
それを愛おしいと思ったのは彼女がユリの宮に初めて訪れた時だ。
少し距離を近づけただけで真っ赤になって固まり、私の体を遠ざけようと弱々しく体を押し返す様子は余りに可愛くて抱きしめたいという衝動を抑えるのが大変だった。
伝え聞く人物像との違いに、最初は影武者なのではという疑惑も抱いたが、国の事を語る彼女の顔は国を背負う気高い女帝そのものだった。念の為、父上に文を送り探りを入れたがやはり彼女が女帝で間違いないようだ。
毎日の日課である剣の素振りをしていると、先触れがやってきた。
「ユリの君様。夕刻に陛下がお越しになります。準備をしてください」
「かしこまりました」
私の部屋付きの侍従が返事を返し、準備を始める。と言っても陛下は毎日のようにユリの宮に訪れるので彼の準備も慣れたものである。
初めて陛下がユリの宮に訪れた際は、彼女の気をどう引こうか私は思考回路を張り巡らせた。気を抜けば逃げられもう会うことも出来ぬだろうし、攻め過ぎれば不敬罪で首がはねられる。
そこで私は別れ際に彼女に提案をした。「陛下のお悩みを解消しましょう」と。
陛下が後宮に行かないのは大きな問題だ。もし、彼女が行かないのではなく、行きたくても行けないのならばきっと自分は役に立つ。
「陛下が良いと言うまで御身にはこれからは指一本触れません。私の宮で夜を過ごしませんか」
それは後宮に行っている、というアリバイ作りの申し出だ。
何故そんな事を?と陛下は訝しんでいたが、なんてことはない自分が少しでも彼女と一緒に居たいだけだ。と私が素直にそう言うと彼女は昼の鐘がなるまでずっと悩んだ後頷いた。
それから次の日陛下は再びユリの宮を訪れた。その時の第一声が、「庭が気に入ったから今日も来たのだ!」だったのは大いに可愛らしかった。また顔を真っ赤にしているのだろう、直ぐに扇子で顔を隠してしまったがそんな仕草1つに胸をくすぐられて仕方がないのだ。
庭に出て2人きりになると陛下は色んな話をしてくる。先日は後宮を出た後の男達がどの様に暮らしを立てているのか、困っていることはないのかと聞かれた。後宮を出た者など放って置けば良いのに、民が王族によって不利益を被るのは気がすすまないと言う。民のことをしっかり考える彼女はとてもよい皇帝だと思う。
貴族は金には困らないだろうし、後宮にいたというのは寧ろステータスになるが平民は直ぐに職を見つけたり、生活基盤を整えるのが大変だろうと答えると陛下は直ぐ様動いた。
大臣等と会議を重ねた結果、後宮を縮小した分余った予算を離縁金として渡すことになったと彼女は笑顔で言っていた。
陛下の屈託無い笑顔を初めて見たその時、息が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。この笑顔を独占したいとその様な気持ちが芽生える。
陛下は、そのうち別の男の元へも行くのだろうと想像すると胸が苦しくなる。
「滑稽な話だよなぁ」
本気でこの国の最高権力者に惚れてしまったのだ。しかも安心した顔をしてベッドを共にし眠る彼女には指一本触れることもできない。
「指一本触れないと付けたのは余計だったな」
日に日に彼女の柔らかな髪に触れてみたいという欲求は増す。
私は頭を振り邪念を払う。
「陛下をお迎えする準備をしなくては」
風呂に入り身支度を整えたが、まだ陛下が来るまで少し時間がある。
少し後宮内を散歩でもしようか。
暫く歩いていると、ガブリエルが前から歩いてくるのが見えた。公爵令息の次男という立場は同じはずなのだが、後宮の中をまとめる彼はいつも尊大に振舞っている。
また、陛下が私の元へ通うのがよっぽど許せないらしいく、毛虫のように嫌われている。そもそも彼の住んでいるバラの宮とユリの宮はかなり離れておりこんな場所ですれ違うのはとても珍しいことだ。
「道を譲れ。新顔が少しばかり気に入られているからといっていい気になるなよ」
そもそもガブリエルがそんなにぞろぞろと人を連れて歩いているからすれ違うのも大変なのだが。
「こんな所までわざわざ歩いてくるとはさぞかし思いふけることがあったのでしょう。お疲れでしょうからどうぞ、お通り下さい」
といっても私は退く気はない。わざわざその様にしなくとも、彼の周りの取り巻きが小さくまとまればそれで済む話である。
両者動かず睨みを利かせている時、ガブリエルの取り巻きのさらに奥から大きな怒鳴り声が聞こえた。
「お前ら何をしている!陛下の邪魔だ、道を開けないか!」
陛下の護衛の声だ。まだ夕刻と呼ぶには早い。仕事が早く片付いたのだろうか。
その場にいた全員が一斉に左右に捌け膝を折る。
その真ん中を優雅で力強いヒールの音を鳴らして女帝は歩く。するとふっと自分の前で立ち止まった。
「エリオットそんな所で何をしておるのだ。いくぞ」
陛下は私に声をかけるとユリの宮へ続く道を先に行く。
顔を上げてないにもかかわらず、大勢の中から自分を一目で見つけてくれた。
そのことがこんなにも嬉しい。
ところが、ガブリエルが隣で囁く声でその余韻は一瞬にして消え去った。
「シャーロット様は2週間以上新顔を可愛がったことはない。お前が後で私に泣きつくのが楽しみだよ」
シャーロット。それは陛下の名だ。呼ぶことさえ恐れ多いその名をガブリエルは簡単に呼んで見せた。それは彼が名を呼ぶことを彼女から許されている証である。
掴みかかりそうになる衝動を必死で抑える。ガブリエルと陛下の間には確かに絆はある。思えば、陛下はあのご様子で一体どうやって後宮で過ごしていたのだろうか。ガブリエルが陰ながら守っていたのだろうか。
どうしてもっと早く自分は後宮に来なかったのだろう。
そんな今更しょうがないことをつい考えてしまう。
「落ち着いてください、ユリの君様。バラの君様もそんな意地悪ばかり言ってはいけませんよっ」
そう言って私の腕にひっつき頰を膨らませるのはつい1週間前程に入ったばかりのガブリエルの側近だった。
ピンクの髪をしたその少年は、女性のように愛らしく、声変わりもまだ終わってないかのような高い声を出す。くりくりした目に庇護欲をそそられる仕草、少しあざといところも男性の心を掴むであろう。いや、少年にその様な感想を抱くのはおかしいかもしれないが、正に自分のタイプそのものを具現化した様な少年だった。側近というように従者とは違い彼らは下級であるが貴族である。
驚いたのは、あのガブリエルがたじたじになり、少年に必死で言い訳している。気にはなるが、これ以上ここでもたつく訳にはいかない。
「すまないが陛下をお待たせするわけには行かない。離してくれないか」
私がそういうとピンクの髪の少年はハッとした顔で謝った。
「ごめんなさい。つい、僕ってば。ガブリエル様と仲良くして欲しかったんです。エリオット様はガブリエル様と同じ公爵家の方ですもん。絶対仲良くなれると思うんですよね!あ、僕は様の側近のサクラっていいます。うーん、お2人が仲良くなるためにはどうしたらいいのでしょう。宜しければ後宮がどうすればよりよくなるか一緒に考えませんか?そうだ、僕の今度のお休みの時にでもエリオット様の宮にいってもよいでしょうか?」
彼は自分の都合をペラペラと述べた。その上目遣いも空気の読めなさから人を苛立たせる。
「いいから離してくれないか」
その言葉にサクラと名乗った少年は目に涙を溜める。
「僕のこと嫌いになりました?」
だめだ。こいつは一緒にいて疲れるタイプだ。
「サクラ、君の思いなどこの男には伝わらん。そんなことで君が胸を痛める必要などない」
「ガブリエル様」
ガブリエルはそっとサクラの目の涙を拭う。この茶番に付き合ってる暇はない。
私は駆け出し女帝の後を追った。
「遅い」
陛下はやっと追いついた私を睨め付ける。
「申し訳ありません」
陛下は途中からわざとゆっくり歩いていてくれたようだ。気を使わせるなどあってはならない。
脳内で反省会議をしていると陛下は仕方がないなという様にため息をついた。
「後宮は色々大変だな。ガブリエルは少々難儀な性格だが悪い奴ではない。妾がやつの元にも行ければ少しは牽制も収まるだろうか」
陛下の言葉に頭が真っ白になる。
彼女が、ガブリエルの元へ?
ーーー嫌だ。
血液が逆流したかの様にざわざわする。でもこんな嫉妬心を陛下の前で見せるのも嫌だ。
陛下は私の顔を覗き込む。
「どうした、怖い顔をして」
「いえ、なんでもありません」
私は笑顔をつくった。私との居心地を悪くする様なことは絶対に出来ない。後宮という場所に置いて嫉妬という醜い感情を剥き出しにしてはならない。そうすればきっと彼女はここを訪れることがなくなってしまうから。
決まった曜日に更新する予定でしたが、想像よりも沢山の応援を頂いたので、(できる限り)毎日の更新をさせて頂きます。




