後宮
私と護衛で後宮へと向かう。後宮は女人禁制の為いつも控えている侍女達も後宮へは入れない。
私が後宮に足を踏み入れるのは実質初めてだった。つまり3ヶ月以上もお渡りはなかったといえる。
その為か、私が後宮の門から現れると中の男達は目を見開き頭を下げた。そわそわしている男達を尻目に私は真っ直ぐにユリの宮へと急ぐ。居づらいことこの上ない。
ユリの宮が見えてくる頃、1人の男が私の正面で膝を折った。
ウェーブがかかった真紅の長髪、色気のあるタレ目、後宮において一層派手な装い。間違いない。ローザリア家の次男であり、前の女帝のお気に入りだったガブリエルである。バラの名を与えられ、普段はバラの宮にいるはずだ。
「どけ」
早く後宮から去りたいという思い、宰相にしてやられたとのイラつきが溢れ、その場の人間を威圧する。
ガブリエルは悲しそうな顔をし、私を見上げた。
「申し訳ありません、陛下。しかしどうか私の言葉に耳をおかしねがえないでしょうか」
「妾の足を止めたのだ。余程のことだろうな?」
ガブリエルは頷く。
「3ヶ月もお姿を現しにならないと後宮の者は不安がっております。またどんどんと暇を出される始末、いつ自分がその様な憂き目にあうかと後宮に住まう者は日々を怯えて過ごしております」
この男は後宮を統べる者でもある。現状の不満を訴えているのだろう。
「わかった。外に出す者に出る不利益の補償を検討しよう」
私はその男の横を通り過ぎる。その答えでは満足できなかったのであろう、ガブリエルは慌てて私の背中に声をかける。
「陛下!」
「なんだ」
私がいい加減にしろと言外に告げると、ガブリエルは失礼しました。と言い頭を下げた。いえ、こちらこそこんな態度で申し訳ありませんと心の中で謝っておく。
ガブリエルと恋仲だったという事実はない。あくまで、お気に入りの1人というだけだ。それでも悲しい顔をされればそれなりに良心は傷む。またたった3ヶ月行かないだけで後宮がその様な空気になっているとは思わなかった。いっそ、私の代は一度解体してしまおうか。彼らも後宮の外に出た方が充実した暮らしが出来そうなものだが……。
そこで昨日来た後宮入りを申し込む書類の束を思い出す。私がそう思うのはきっと現代の価値観なのだろうな。
ユリの宮に着き、中に通される。侍従に案内された部屋はユリの庭が見渡せる大きなガラス張りの部屋だった。
私がその庭に目を奪われていると、新しくこの宮の主となった男が姿を現した。
「素晴らしいでしょう?」
「鍵を渡せ」
私はエリオットの足元に文を投げる。
「かしこまりました」
エリオットは私に鍵を渡す。私はそれを乱暴に奪い取り踵を返した。
「私の仕事を邪魔した罪は重いぞ。宰相共々覚悟して置け」
「陛下はどうしてその様に仕事をなさるのですか」
「仕事をするのは誰だって一緒だろう」
「しかし、もう火急の案件は終わったと聞きました。私が聞きたいのは、どうしてその様に……何者かに追い立てられるように仕事をなさるか、ということです」
私は扉の前まで進めた歩みを止める。
「宰相が……そう言っていたのか?」
「私は宰相様から陛下の仕事ぶりを聞かせて頂いただけです。朝から晩までずっと仕事。時には陛下が自らやらなくても良い仕事にまで手を伸ばしていると」
それは生き残る為に必死だったからに他ならない。
「少しご自身にも褒美を上げてもよろしいのではないでしょうか」
エリオットはそう言って私の手をひく。
「はっ?」
呆気にとられた私は彼に手を引かれガラスの扉から庭に出る。
庭に出るとユリの芳香が鼻一杯に広がった。明るい日差しを浴び、開けた空を見上げて、自分が城の中に閉じこもっていたことに気がついた。外気に触れるのは精々外回廊を歩いていた時くらいだ。
他の生き物が出す音に耳を澄ませ、風に花弁が揺れる様をじっと見つめる。
ガーデンテーブルに案内され私は大人しく座る。侍従が紅茶を運んでくると、それを護衛が受け取り毒味をした後、私に手渡した。
なんとも落ち着く庭だ。私がそよ風に吹かれながら庭の花々を眺めている間、エリオットは黙ってお茶を飲んでいる。
どれくらいそうしていただろうか、出された紅茶がすっかり冷めていることに気がつき、私は今いる場所を思い出した。
「長居をしたな」
私が立ち上がると男は爽やかに笑う。
「この景色を見られるのも後数週間だそうです。どうか、また来て下さいませんか?」
「私は後宮には行かない」
「何故です?」
不思議そうな顔をされて私は今のが失言だったと気がついた。どう言い繕ったものかと思いあぐねていると、エリオットから2人で少しお話ししませんかと提案された。
甘い内容には思えない。しかし、人には聞かれたくない内容に違いない。護衛は少しゴネたものの、私が人払いを命じるとすごすごと宮の中に入っていた。
人が居なくなったことを確認するとエリオットは口を開いた。
「私の願いを聞き入れて頂きありがとうございます」
「構わん。本題を言え」
エリオットは今まで私が圧をかけても怯むことはなかった。その彼が少しの緊張を放ち、私の目を見つめる。
「陛下は、もしや男性に不慣れなのでは?」
「なにを言うか」
私は持っていたカップを落としてしまいそうになる。
「最初は、昨夜は私を気に入って下さって意識してくださったのだと思いました」
「何をばかな。自惚れるな」
「しかし、陛下は後宮には足を運ぶこともせず、また今後も運ばないと思っておられる。それどころか後宮自体を縮小しようとしています。お世継ぎを、と考えるならば不自然な点が余りに多過ぎます」
今までの女帝の素行を見ていた者ならば余りに突飛な話と言える。しかし、彼は昨日初めて城に入り色眼鏡抜きで私を見た結果、偶然にも正解を弾き出してしまった。
「妾が男に不慣れ!?ふざけた話を。どれだけ妾がここの者たちと夜を明かしたか知らぬようだな」
エリオットは立ち上がり私の方に来ると覆い被さった。
「これでも?」
余りの密着度と事実を言い当てられて私の頭は軽くパニック状態である。
「別に平気だが?」
もはや認めている様なものだ。だが、疑惑だけならまだなんとでもなる。そんな思惑が透けて見えているかの様にエリオットはわたしの顎に手をあて自身の方に向かせた。
「これも、平気ですか?」
顔が近い。とてもエリオットの顔なんて見ることは出来ないが、彼の手が邪魔をして私はどうすることも出来ない。
せめてもの抵抗として、エリオットの胸を押して遠ざけようとするが、私の力ではびくともしない。
「わかったから、もう離せ」
精一杯の言葉でそう言うと、エリオットは少し固まった後、私を解放した。
「お主は少し強引すぎるぞ」
恨みがましく言うと彼は、そうでもしないと欲しいものは手に入りませんからと小さな声で言った。
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