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第30話 エース・イン・ザ・ホール


 

 レイラとウィルがポーカーで対決した際、レイラは百連敗以上の惨敗をした。

 いつか勝てると思って臨んだ勝負だったが次第に覇気はなくなり百敗に近づく頃にはカードを見るなりすぐに降りてしまっていた。



「はい負け負け〜。次ですわよ次ぃ〜」


 レイラはカードを破棄して手慣れた手つきで新たなカードをシャッフルしていく。その後ウィルがシャッフルし、レイラがカット。


 そして5枚引き抜き、数枚交換してはすぐに降りる。


「はい。フォーカードではお父様に勝てません。次ですわよ〜」


 『いつか勝てる』という負け犬根性が染み付こうとした娘をウィルとしても流石に不味いと思ったのだろう。

 

 ウィルは何度も悩んだ挙句にある種の賭けに出る。


「レイラ、やる気がないなら帰りたまえよ」


「え?だってお父様が何度でも挑んでいいって言いましたのよ……やっぱり迷惑ですの?」


 

 迷惑なんてとんでもない。せっかくの親子水入らず、しかもレイラが勝てばウィルの事を『パパ』と呼ぶ権利まで賭けているのだ。レイラの意思を無視するのなら何百、何千何万敗しようとも挑戦してもらいたい想いがある。


 が、このままでは娘はダメになる。しかし敗者にかける言葉など持っていない。だからこそ敗者になる前に、挑む勇気を失う前に助言だけでも、


「ポーカーが配られたカードを見せ合うだけならこれだけ流行ったりはしない。役なんてのはむしろおまけだよ」


 ストレートフラッシュばかり引いてくるウィルがそれを言うのかよ。とも思ったがレイラは黙って聞いている。


 いい加減レイラも理解している。父親であるウィルは娘を勝たせようとしている。だからレイラはこの言葉にこそポーカーの、勝負事の真髄があるのだと胸に刻み込む。


 ウィルはレイラの真剣な眼差しに嬉しくなりつつも互いにカードを配る。


「これから教えるのはとっておきの方法だ。私相手にこれを実行した者はいないよ。それはね——」


 ウィルの必勝の策を聞いた時レイラは口をあんぐり開けた。そしてその滑稽な方法を淡々と実行していく。



「やっぱりこんなの反則ですわよ」


「構うものか。相手本人が良いと言っているんだ。ポーカーは相手の驕りや油断、そしてプライドを刈り取る勝負なんだからね」



 ウィルは自分の手札を、クラブのロイヤルフラッシュを場に晒してレイラに向かって優しく微笑んだ。

 対するレイラはスペードのロイヤルフラッシュ。

 同列の役の場合は絵柄によって優劣を付ける。


 今回ならばレイラの勝利なのだが、


「むー、こんな方法で勝っても嬉しくないですわ」


「だろうね。つまるところ皆が勝ち方にはこだわりたいのさ。レイラは勝ちを拾ってプライドを捨てた。でも覚えておくといい。時には大事な物を捨て……全てを捨て一つだけを拾い上げ、拾うはずの唯一すらも捨てる覚悟を持ちたまえよ」




……



 レイラは手にした5枚のカードを見つめている。

 手札絵柄もバラバラな12.11.8.2、そしてジョーカー。

 この役は何になるのだろうか。


 通常ならばワンペア、しかし魔法【愚者の一撃】によるある種の縛り、


 ジョーカーを引いた手札はファイブカード以外の役を成立させないとある。


 ならばこの手は役無し。

 シグもウィルの魂の気配を感じたと思ったが今は何も感じていない。



「終わりだね。遺言ぐらい聞いてやるから早く死にな」


「なに勘違いしてますのよ魔法ババア」

「ひょ!?」



 

「まだわたくしは終わってませんわ!ジョーカー以外の4枚を捨てて新たに4枚をドロー!」




 さも当然のように、まるでドローポーカーかのように手札を捨て去り新たに補充しようとしたレイラにシグの眉が吊り上がった。



「おい、愚者の一撃は与えられた五枚だけで奇跡を起こす魔法だ。そんなルールはないから捨てたカードを拾いな」


「いいえ!ジョーカーはAのファイブカード以外の役を成立させない。逆に言えばAのファイブカードが出るまで引き続けろってわたくしは解釈しましたわ!」


 そんなとんちを効かせたバカな話しがあるかとも思うが現状レイラは消滅していない。


 認められているのだ。このワガママのようなおかわりが。



 レイラは新たに追加した4枚に目を通して薄く笑った。

 シグもわかっている。だから今度こそ本当に呆れたのだろう。


「わたくしは4枚捨てて4枚追加!」


「……はやくやりなよ」



「ドローチェンジ!ドローチェンジ!ドローチェンジ!ドローチェンジ!……ドローチェンジ!ドローチェンジ!ドローチェンジ!」



 十数回の交換の末、淀みなく奔らせていたレイラの指がふと止まった。

 シグもようやく終わったかと薄っすらと瞳を開ける。がまだカードは残っていてガッカリした。



 ならばレイラが指を止めた理由、自身が引き込んだカードを4枚シグに見せつけた。ジョーカーが1枚と3枚のエースを,


「一つ賭けをしましょう。次のカードがハートのAだった場合、シグはわたくしに喜んで協力してくれる」


「それ以外だったら?」


 レイラの突然の提案にシグは目を見開いた。このままファイブカードを成立させてもシグにとって対価も取らずに協力する義理はない。


 しかし今この場で双方が納得いく勝負を提案出来たら、


「わたくしの身体を好きに使って構いませんわ。わたくしが自発的に渡した方がシグも自由に動けますわよね?」


 仮にこの勝負を提案してきたのがウィリアムであった場合シグは内容を聞きもせずに断っていただろう。

 奴と勝負をするのはそれほど馬鹿げている。


 しかしレイラはウィリアムではない。

 血の宿命は破棄した。いずれエースは引き当てるだろうが次の一枚と限定されるのならば、


「悪くない……だが、その一枚はアタシが引かせてもらう。それでも次の一枚でハートのAを引けたのならレイラ・カーターに全面的に協力してやると誓おう」


「交渉成立ですわね」




 

 結局のところ勝負事などお互いの思惑を読み切った方が勝つのだ。絶対ではなくともそのアドバンテージは早々に崩せるものでは無い。


 だからこそ提案したレイラと、

 受けてたったシグが、


 互いにどちらが相手を知っていたか、それに尽きる。

 互いが完全に相手を読み切っていた。


 だからこそ勝敗はどこに落ち行くのか。




 レイラがカードを差し出した。

 次のカードはハートのエースだ。


 勝負事に絶対はない。

 それでも次のカードは絶対にハートのエースだ。


 この場に見物人がいたのなら理解している。

 ハートのエースしかあり得ないと口を揃えて言うだろう。



 レイラの差し出したカードをシグが手に触れた瞬間、どちらかがフッと笑った気がした。



「最後の一枚……ラストドローか。そりゃあハートのAが来るに決まってるね」


「今更待ったは通りませんわよ」


 レイラの勝ち誇った顔が堪に触ったのかシグは持っていた杖を地面に叩き付けた。



「カードに魔法で細工するなんて簡単だ。アタシがこのカードに細工をしないと思ったのかい?散々見逃されたイカサマによって命を繋いだお前は、イカサマによって命を奪われるんだよ」


 


 シグの醜悪な顔にも一切臆さない。

 レイラにとってシグは勝負相手だ。勝負事となれば誰よりも強い父親を知っている。ならばシグなど怖くもなんともない。



「ニーチェ先生様は一度も魔法を使いませんでしたわ」


「あぁ?それが今更どうかしたのかい」



「ニーチェ先生様はいつもギャンブルで負けててそれでも楽しそうにしてましたわ。たまに勝ったら鬼の首を取ったかのように大騒ぎして……全部負けるまで勝負して」



「ふん、馬鹿な奴だね」


『ニーチェは失う痛みを何より恐れている。金なんて失っても何ひとつとして痛くもないから魔法なんて使わないよ』などと本当の事を言わないシグはやはり大人なのだろう。



「ええ馬鹿ですわよ!でもそんな馬鹿なニーチェ先生様ですら一度も不正をしようって言いませんでしたわ!ここで魔法を使って結果を書き換えたら……貴方は馬鹿以下の大馬鹿ですわよ!」



 レイラはさらにカードを押し付けるようにシグは突きつけた。



「さぁ!恥を晒すぐらいなら勝負なさい!この一歩手前バカ!えーっと、バカ5秒前!よんさんにぃ!いち!」



 シグはレイラの早口詠唱などまったく意に返さずカードの縁を丁寧になぞり、ゆっくりと翻した。


 互いにとって見るまでもない結果だけが残される。



「シングルハート……わたくしの勝ちですわよ」



 途端に景色の一部が歪み始める。

 初めからそこに居たかのようにその男はレイラに惜しみない拍手を送っていた。



 その男の鮮やかな赤髪は艶を失って久しく、

 長年をかけて完成させた肉体は張りを失うことで更に磨きがかり一つの芸術品を彷彿とさせ、


 しかし男の持つ眼光は何も変わらない。


「まさか大婆様を相手に一本取るとは、まことに見事だった」



 レイラはあまりの出来事に呆然としながらその人物の名を口に出した。




「……シノブ様?」


「いかにも、拙者の名前は柊シノブ。お主が拙者を呼んだ事に相違ないな」


 柊シノブ 全盛期の姿である。



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