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第29話  血に宿る魂


 レイラは勢いよく一枚のカードを引き抜いた。

 絵柄はクラブ、数は12、


「ふぅっ、フウッ、二枚目!」


 多少の汗を流しながらもレイラは淀みなく二枚目のカードを引き抜いた。

 絵柄はクラブ、数は11、



「よし……」


 レイラは自分では運、賭け事に対してならばそれなりに強いのだと自負していた。それなりという理由はウィル相手に百連敗以上してようやくお情けじみた勝ちを拾えた程度だからだ。


 だからと言って他の者に負けた事はないがウィルだけは別格だった。

 重ねて告げるがレイラはことポーカーという賭け事に対してはウィル以外負けた事がない。


 そもそも役無しやワンペアなどお目にかかった事もないのだ。

 しかしロイヤルフラッシュとなると十数回に一度出るかどうかだ。それをこの場で……ポーカーとは似て非なる【愚者の一撃】という魔法のルールで引き当てるのは至難の業だが。



 しかしいくら緊張しようとも今のレイラに出来る事は上から順にカードを引き抜いていくだけ。

 

 ウィリアムは興が乗った時こそ一枚ずつひいていたが、面倒になった時は一気に引き抜き勝負を終わらせていた。


 アイシャはその副作用が間違いなく自らの死に直結するが故に一度に引き抜いた。


 しかしレイラはそうはしない。

 一枚ずつ、カードを確認しながら浅く短い吐息を漏らし続ける。



 内心引けると思っている。【愚者の一撃】は相手がいるわけではない。


 自分が役を揃えられれば良いのだ。

 何もウィルを相手に勝てと無理難題を言っているわけではない。これは出来る事だ。普段と変わらず気持ちを落ち着かせて——


 だからだろうか。レイラは一枚ずつカードを引いたのは。

 初めからあった違和感はここにきて途端に膨らみ始めた。


「 ……さん、3枚目……」


 裏側に伏せられたカードを捲ると目から、耳から鼻から血が溢れ出した。



「は  あ  は  あぎゅぅぅぐぐ」


 悲鳴にすらならない乾いた声を出しながら必死にカードに目を通す。

 絵柄はスペード、数は8


 カードを握りしめたままその場に倒れ込んだレイラをシグが見つめている。その愚かな者に対して哀れむように。


 愚者の一撃は引いたカードによって様々な効果が全ての生命を対象に無関係に襲いかかる。確率だけで言えば自分に降りかかる事など早々ない。


 しかしどういう訳か、件の魔法を使った者は皆苦痛に歪みながらなんの役も揃えられずに消滅している。

 当然だ。これはウィリアムの為だけの魔法なのだから。

 いくら娘だからと言って特別など何処にもない。有象無象と同じように特別にすがり、同じように絶望して消え行くだろう。


 レイラは動ける身体ではない。体内の血液を電炎が駆け巡ったのだろう。そして唯一生存だけを目的に大量の血液は電炎を外へと押し流した。


 しかしレイラは立ち上がる。

 フラフラと虚空に向かって感謝を述べながら。

 

 シグはその視線の先に対して目を細め小さく舌を打った。


「……タナトスが怪我を消し去りクリーヴァが過去に得た耐性をレイラに附与しているのか」


 生をまっとうしてなお生にしがみ付き、悪魔と蔑まされ生き永らえ殺された果てに、最後に消え去る力はレイラの側にあった。



「まだ……スリーカードも……ストレートにも作れますわ」

「待ちなっ!」


 レイラが4枚目を手にかけた時、シグが待ったをかけた。正直レイラの目の焦点は合っていない。適切な判断を下せてない可能性もある。


 シグは4枚目でレイラが何を引き、その代償に何が破壊されるのか分かっている。だから待ったをかけた。


「お前、次にカードを引けば死ぬよ。絶対にストレートもスリーカードも揃わない。だからせめて一度に引き抜きな」



「……パパと約束しましたのよ。勝負事を楽しんでこそ一人前だって、何があってもわたくしは諦めないって……だから。ここで——引きますわ!」



    どろりと、こぼれた。



 頭から零れ落ちた知識のデザートはそのまま地面に落ちて鮮やかな華を咲かせた。


 レイラはそれを見た事がある。別に珍しい物ではない。

 ただ一生を通しても自分の物を見る事などないだけだ。

 

 レイラはなにを失ったのか理解出来ないまま……


「 あ  ああ あ ぁあ あぅあぇ 」


 レイラは呂律が回らなくなった舌で奇声を発し、焦点の定まらない瞳で引き抜いたカードを確認した。


 絵柄は理解出来なかった。 数字も理解出来ずに同じ模様が二つあるだけ。それが自分の欲するカードではなかった事は辛うじて理解出来た。



 レイラは手に持ったカード4枚を見渡す。

 12.11.8.2

 ここから何を引けばスリーカード以上の役になるのか、スリーカード以下の役になれば、レイラは即座に消滅するが考える力など、もうありはしない。


「 あ  あぅぅあ あぅううあ」


 膝から崩れ落ち、口からヨダレを垂らしたままヘリックスを見つめ失った指口を舐めながら上空を見つめ続けた。



「やはり眼球ではなく……脳がやられたかい」


 シグはまだ眠っているヘリックスに目を向けた。

 

「いい加減起きないとお前の姉は死ぬがいいのかい?」

「……」


「場所が、相手が違おうともコレがレイラ・カーターの死に様だろう?お前はこの結果だけを変える為に世界を捏ね回したんだと思っていたんだがね」


 ヘリックスは眠ったままシグの言葉に一切反応しない。


「あぁ、そりゃあ出来なかったね。ヘリックスが動けば誰も彼もがお前を許さなくなる。我が身可愛さもここまで来れば立派だ」



 シグは呆れたように閉じた片目をあけた。

 自らの魂をレイラの肉体へと転写する為に。


 ここまで酷い状態の身体などなんの価値もないのだが——約束は守らなければならない。




『シングルハート、君の敗因は遊びがなさ過ぎるところだ。魔法の力は全て人間に渡して君は隠居したまえよ』


 いつの日にかシグが殺される直前にウィリアムに言われたセリフだ。



『お師匠様が本気で笑わないのは余裕がないからだって思うのよん。いつも仏頂顔だと旦那さんが迎えに来た時笑顔になれないんじゃないかって心配よん』


 酒の席でインユリアに言われた一言だ。

 その場でぶっ殺してやろうかとも思ったが、腹に据えていたのは今この瞬間に思い出す為だった。




『シグ婆ちゃんがくるといっつもシリアスで疲れるんスよ……正直、空気読んでほしいッス』


 いつかの日にか、足は産まれたての子鹿よろしくブルブル震わせながら小便を漏らしながらも言われたニーチェの言葉が脳裏に駆け巡った。


 忘れていない。覚えている。


「そんな不安もようやく終わるわけだ」



 レイラがヨダレにまみれた手をカードに触れた。

 途端に場の空気が一段と冷え込み刻限は凍結したかのように静まり返る。


 それに心当たりがあり過ぎるシグは生唾を飲み込んだ。このような状態でもその存在は何かを起こす。


「お前……そこにいるのかい?」



 シグは何を見たのか。

 目の前の少女は呆然としながらも本能的にカードに手を添える。



「 ……あ、りが……とう……ごまいめ」



ーーー

ーー


 レイラが4枚目のカードを確認し自らが何の役も揃えられない事を確信した時、それは不意に頭の中に声が響いた。

 


 『やれやれ、ギリギリもいいところじゃないか』



 レイラは頭の中を探し回る。声の場所を、誰よりもレイラの事が大好きな、またレイラも一番大好きなあの暖かな声の主を。



『レイラ、変わろうか?』

 

「パパ!!わたくし……わたくし頑張って……ヘリックスを、弟を守りたくて……でも、でももう不可能ですわ」


『ずっと見ていたよ。とても勇敢で頼もしくて立派なお姉さんだった。でもね、パパにとってレイラはいくつになっても、どんなに大人になっても手のかかる子供なんだ。だから』




 レイラの身体が無意識にカードへと触れられる。

 この一枚を引き抜くのはレイラではない。ウィル・カーターだ。

 


「愛娘の為なら私はどんな場所からでも手を貸そう。いいかい?最後に繰り出すとっておきの切り札は運なんかに頼ってはいけない。最後の一枚は必然的に必殺でなければならない。」



 

 レイラの意識が覚醒していく。

 5枚のカードを引き抜いたのだ。どのような状態であってもこの時点で愚者の一撃による効果は一旦解除される。


 レイラは自身が無意識に、ウィルが意識的に引いてくれたカードを見つめた。


 引いたのは醜悪な老婆が笑っているカード、

 ジョーカーだった。




 愚者の一撃による特殊なルールが存在する。



 ジョーカーはAのファイブカード以外の役は成立しない。





ーー

ーーーー



 一人の少女が地獄から這い上がって来た。

 

 少女は周囲を見渡し南西へと歩いて行く。別に何処へ向かおうともいずれ辿り着いたのだが一番近いのが南西であった、と言うだけだ。



 歩く度に地形は少女の意のままに変化していく。

 歩く度に少女の後ろには人ならざる者が付き従う。



 そしてほんの一瞬の散歩の末に、少女は一面が水に覆われた場所で足を止めた。

 水を手のひらで掬い静かに、そして一気に呑み



「ごばぁっ!?ごはっ!ガハッ!」



 盛大にむせた。



「は……はは。あ、あぁ。あぁ。そうだったね。海はアジ・ダハーカが飲み干したせいで神のクソ野郎が塩水に創り直したんだった」


「あの〜、何やってんすか?」


 今まで黙して語らなかった一人が少女に声をかけた。

 皆がいつ切り出そうかと迷っていたがジャンケンで負けた一人が腹を括ったのだ。


「イズヴィか……ああ確かにお前はイズヴィだ。何って、見てわからないかい?この身体で酒が飲めるか試そうとしたんだよ」


 イズヴィは少し言葉に詰まりながらもやはりと言う結論に達した。


「やっぱりシグ婆ちゃんなんすか?その身体は……レイラっすよね?その……レイラは……死——」


「イズヴィはこの身体を見て誰に見えた?長く蓄えた金髪、生傷すらも様になる肌、小便も我慢出来ない幼稚な頭……これはアタシしかわからないか。まぁアレだ……そういう事だよ」


 少女は海の遥か先を見据えて静かに呟いた。



「……あの子は奇跡という対価を支払った。だからこの身体の前の持ち主の願いは最大限尊重してやるつもりだ」



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