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第28話 愚者に捧げる対価



 レイラは冷静になるべく大きく深呼吸をした。目の前にいる幽霊に怯えていた時期もあった。今でさえ逃げ出したい気持ちに駆られるがレイラが抱いている小さな存在が自身に大きな力を与えてくれる。


 だからシグを見つめ返す事も出来る。


「もう一度言いますわ。わたくしは脅迫なんてしません。シグならお願い事を叶えてくれると聞いてやって来ただけですのよ。出来ないのならそう言ってほしい。わたくしは帰りますから」


 久しぶりに、過去未来をひっくるめてもシグに真っ当な意見を言える人物など5人ほどだ。


 その一人がここまで育ってくれた事にシグは嬉しくなり思わず頬が緩んでしまうが、見方によっては邪悪な笑みをこぼしてるようにしか見えない。

 


「……お前が思い付く程度ならばどんな願いも叶える事は出来るだろう。しかしそれは他の全てを払い除けでも達成しなくてはならない事なのかい?」



 シグは手鏡を上空へと照らし出した。

 途端に世界にある情景が映し出される。当然人々の姿すらも。


「奴等はヘリックスの死を願っている。ヘリックスが死ねば自分達は救われるんだと信じて疑ってない。今もアタシの元に途方もない願いの渦が集まっているんだよ」


 シグの言葉を聞いても人々の必死に祈る姿を見てもレイラは変わる事はない。聞いた事、見てきたものから考えた末の行動なのだから。



「ヘリックスが死んでも太陽の呪いってのは解けませんわ。そもそも太陽を覆った雲……アレは誰がやりましたの?」


 シグは少しだけ言葉に詰まって口を開いた。



「……知らないね」


「答えてもらいますわ!タナトスの頼みを聞きましたのよね!?でしたらシグはわたくしの質問には、シグの言うところの願いの結果には答える義務がありますわよ!」



 地獄の鬼の後鬼はタナトスを葬ったと言っていた。そしてタナトスはいち早くシグに頼みに行っていた。

 このまま終わればレイラの友人は犬死にだ。それをさせない為に、目の前の半分ボケた幽霊じみた老婆に一泡吹かせてやろうと



「リドヴィアがやった」


 シグは短い答えを出す事しか出来ない。

 しかしその答えすらもレイラは許さない


「リドヴィアはそんな事は出来ませんわよ。わたくしこことは別の世界でちょっとだけお勉強しましたの。あんな事が出来るのは魔法だけ、それも一人だけだって」


 

 シグの顔つきが明らかに変わってる。

 レイラがなにを言いたいのか気付いたのだ。



「貴方が死体に入り込める事は知ってますわよ。そしてリドヴィアの身体……たぶん今はこの辺りに転がってるのではありませんの?」



「つまりアタシが太陽の呪いを振り撒き自分で覆ったと言いたい訳だ。なるほど、確かにそれならば解く事も可能だろう。聞きたいセリフを聞けたのなら帰りな」


「帰りませんわよ!貴方のせいでヘリックスが悪者にされてますもの!わたくしはお姉ちゃんとして見過ごせませんわ」



 人は何かを経験する事で飛躍的に伸びる事が出来る人種だ。善であろうと、悪だろうと、全ての経験は価値となる。


 そしてその価値にこそ無力な人々は群がる。

 与えられたものではなく、己が身体で得たものは財産となる。


 よくぞ、ここまで、育った。


 この身体ならば……申し分ない。



 シグはやれやれと言った表情で再び中空に腰掛けた。

 表情も穏やかな顔つきに変わっている。



「いいだろう。レイラ・カーター、お前の願いを聞いてやる」



 レイラは少し拍子抜けだったがすぐさま口を開こうとし、待ったをかけるようにシグが手を突き出した。



「先に言っておくが対価を貰う。それでも願い事を叶えたいのなら言ってみるといい」


「対価?……あ!ドロドロになったお餅ならありますわよ!」


「誰がそんな腐りきった餅なんて欲しがるか!」


 もの凄い勢いで怒られたレイラは少しだけシュンとなってしまった。シグも少し反省すべき点があったのが軽く咳を払い、



「お前の、レイラ・カーターの肉体を貰おう」


「にくたい、身体ですの?」


「そうだ。見ての通りこの身体は幽体でね、リドヴィアの肉体も【捻れた救済(ツイストワン)】を二度も使わされてガタが来ている。なぁにお前が持つ残りの寿命まではわりと丁寧に使い潰して満喫してやるさ」


「……わたくしはどうなりますの?」

「さあ?」


 レイラの問いにシグは肩をすくめて惚けた表情をした。そして続けて言い放つ。


「墓に埋めてあるアタシの肉体ならばどんな願い事も叶える事が出来る。お前が力を得て自分でなんとかしてやりな。心配しなくとも大丈夫だ。アタシに……シングルハートの名を貶める存在は残ってないからね。面倒ならガタガタ抜かした奴から消してやればいいんだよ」



   これからはお前がシングルハートだ。



 最後の言葉は口に出さずとも理解できた。

 シグはどれほどの昔から存在していたのか、もしかしたら今いるシグも同じ手口で入れ替わった存在なのか。


 レイラの自分の手のひらを見つめた。

 指の痛みはない、いつの間にか痩せこけた身体と手足、

 ぼやけた視点は定まらず、鼻は呼吸の仕方すらも失い、


 頬に触れれば柔らかな感触よりも骨の軋みが伝わってくる。何処を触れても自分の身体とは到底思えなかった。


心臓はとっくに規定の回数を使い切っている。



 こんな死に体になんの価値があるのか。

 目の前の老婆はどんな価値を見出したのか



 どうして会った時に気付かなかったのか、



 目の前にいる老婆は……今や自分とそっくりではないか。




 だから肉体はずっと警告を出していた。命を大事になどと言った生半可ではない。奪われる。レイラの生きた証が、これからの証が目の前の醜悪な老婆によって、


「あ、あぅ、あ、シグは……わたくし」

 

 察しの良いレイラだから、地獄に行く直前に夢で見た光景があったから自分がシングルハートになればその後なにが待っているのか想像出来たのだろう。


 何も出来ない。ただ漫然と見つめ続けるだけの日々、知り合いが生きているうちはまだマシなのかも知れない。しかし数百年も経てば知り合いの子孫などになんの感情も抱かなくなる。

 

 そして人間は性懲りも無く自分に願い事を頼み続ける。

 またその願いを暇潰しの一貫程度に叶えるのだろう。




  永遠に、永遠に、終わる事なく、




 レイラはヘリックスをそっと地面に寝かせた。またすぐに抱きかかえる為に特に気も利かせないままに。


「覚悟は決まったかい?」


「……えぇ。とっくに」



 レイラの熱に溢れる言葉にシグは自らの爪を何度もさすった。


「ヘリックスはわたくしが側にいないとすぐに捻くれちゃいますわ。わたくしはしっかりと育てる覚悟があります。貴方では役不足!とてもではないけど代わりにはなれませんわよ」


「そうかい。だったら話しは終わりだから消えな」


 微妙に言葉と意味を履き違えているレイラにシグはもう満足している。しかしレイラの目的は何も何一つ、ここで止まれば犠牲にしたものに対して釣り合わない。


 大局を見ればレイラが失ったものは少ないだろう。

 しかし掛け替えのないものをいくつも失って今がある。


「対価を払えないからシグにはお願いしませんわ」


 ポケットに入っていたカードの束を左手で持ち直す。

 あらかじめ魔力を込められたカードに指を添えた。


「脅迫と受け取ってもらっても構わない。わたくしはシグに命令する事にしましたわ」


「ロイヤルフラッシュを引き当てるつもりか。血を分けたからと言って、アタシの前までたどり着いたからといって、お前がウィリアム・カーターになった訳ではない。まったく馬鹿には相応の末路だね」

 


  レイラは中指と薬指で威勢よくカードを引き抜いた。

 そしてシグの手には引き抜いたであろう指が握られていた。



「もっとも運命を体現するものは血統だ。ここで引き当てるのは流石と言っておこう。しかしアタシに刃向かう運命は潰させてもらうよ」


 シグは自らの指を土塊のように握りつぶした。


「これでお前は【愚者の一撃】ではロイヤルフラッシュはおろか生存に必要な最低役スリーカードすらも揃えられない。残りの時間をせいぜい楽しむ事だ。魂が消滅した後の肉体はアタシが使ってやるよ」



 シグは冷めた茶をすすりレイラがこれからどのように消滅するのかと楽しむように、永劫焼き付ける為に片方のマブタを閉じた。




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