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第27話  シングルハート



 ずっとずっと昔の話しだ。

 人間が言葉を持たずに穴倉で生活している時代の出来事だ。


 知恵もなければ力もない人間は格好の獲物だった。

 魔物どころか狼、同種の猿に狙われ続けた人間は穴を掘り僅かな隙をついて寝ている肉を殺し貪り喰らう。


 人間はその日暮らしの食料を調達し日々をさもしく生き抜いていた。


 この時代に神という存在がいたのならどのような感情を持ったのだろうか?自身の作った弱肉強食の出来に酔いしれたのだろうか?


 少なくとも神という存在は人間になど見向きもしていなかった。初めから失敗前提に創造した出来損ない程度だったのだろう。


 だから神はソレが許せなかった。理解できなかった。

 何故そのような出来損ないに目を向けていたのか。


 その女性は進化と退化を孕んでいた。

 人間が長い年月をかけて火をおこす手段を持つはずが彼女は念じるだけで事を成した。


 その女性は光輝く鋭利な刃物を人間の天敵に打ち込み続ける。

 力無き人間が狩られる側から狩る側にまわる。

 

 その女性は力無き人間たちの為に土から育つ生命を食料に出来るよう祈った。

 力無き人間が爆発的に増える要因となった。



 その女性は誰隔てなく接して悩みや不安を取り除いていく事に一切の邪念はない。


 良い行いという気持ちは一切ありはしない。



 人間という生物を、もっと長く観ていたかった。

 見て過ごしていたいだけだ。

 彼女がいなければ人間という種は早々に絶滅していたであろう。少なくとも神はそのように作ったつもりだった。


 もっと長い年月をかけて人間を完成させるつもりだった。

 それが一人の女性によって短期間で成されようとしている。



 許せるのか?

 力を持つだけの存在がそのような傲慢を見過ごせるのか?

 



 この人間という種が崇めるのは目に見えた奇跡だけだ。

 奇跡を行い続ける彼女だけを唯一絶対とするだろう。


 人間たち自身たちがどれほどの奇跡の果てに産まれたかなど永遠理解出来ない猿のままに進化しようとしている。

 


『これは素晴らしい。彼女を魔法使いと名付けましょう』



 人間がその位置に達したのなら次へ進むだけだ。

 本来ならば人間は武器を持ち特有の長所を活かした戦術を開発すると目論んでいたが、


 やはり彼女だけは次元が違った。

 

 人間が十数単位命を落としてようやく殺せるはずの獲物を彼女は難なく仕留め、無力な人たちに施していく。


 病に伏せれば手をかざすだけで癒し致命的な傷すらも回復させ、

誰もが彼女を奉り崇め始めたころ、



 神という存在の興味は完全に他の生物から彼女一人に移っていた。



……

………




 彼女はその世界において無類の強さを誇っていたが決して無敵ではなかった。

 肉体の老いは魔法により停止させる。不意の危機に対する生命のストックも無尽蔵とも言えるほど用意出来ている。


 ならば何が彼女を追い詰めたのか。


 彼女は次第に人との接触を避け始めた。

 それでも願いは終わらない。



 彼女はなんでも出来たのかも知れないが、やはり神という存在と同様に万能ではなかった。



 だからこそ同じ道を、僅かに違える道を歩む。



 彼女は姿をくらまし人々は太古の昔のように魔物に怯える生活を余儀なくされようとしていた、が。



 人間たちは誰からともなく人の身には過ぎた奇跡を使えるようになっていた。火を放ち水を操り、風を巻き起こし土を掘り返す。


 強弱はあるもののおよそ全ての人間が魔法という奇跡をその手におさめたのだ。

 しかしその時代に生きた人々は知っていた。


 偉大なる魔法の始祖、シングルハートが願いを叶えてくれたのだと。



 傲慢なる人間に対して彼女は何を思ったのか。

 何が災いして人間の最高峰に殺されたのか。

 何にすがって未だその存在を証明させ続けているのか。


 

 それを知るのは本人、あるいは……




ーーー

ーーー



 レイラが目覚めるとそこは夕焼けよりも紅く、夜明けよりも薄暗い世界だった。


 草木の一本すらも生えていない。世界中の何処を探してもそのような場所はない。だからここはきっと地獄なのだろうと無意識に悟る。


「……今の夢は……ヘリックスが見せてくれましたの?」



 レイラは眠っているヘリックスをギュッと抱きしめて歩みを進める。本当にいるのかも分からない存在を目的に、



「……大丈夫、お姉ちゃんがついてますわよ」

 

 震えるヘリックスを勇気付けるつもりだった一言だが震えていたのはレイラ自身である事には気付かない。


 途中で何匹もの鬼がいたがレイラに視線を合わせるわけでもなくただ座して黙している。



 気がつけば断崖の果てにある意味その場にもっとも似つかわしい骨と皮だけの老婆がいた。


 中空にどっしりと腰を下ろして上空に映る世界を眺めていたがレイラの存在に気付くと優しく微笑んだ。





「ああ、よく来たね」


 レイラの心臓が一瞬だけ止まった。

 その老婆とは初めて会うはずなのにいつも観ていた、観られていた。寝る前に必ず、眠りに落ちた後は必ず、



「ゆ、ゆゆゆゆ幽霊!?タナトスが言ってた『シグ様』って幽霊だったんですの?」



 レイラの怯えた表情に老婆は笑みを崩さない。しかし内心どう思っているのか。たぶん禄でもない意地悪な事でも思いついたのだろう



「ああそうだよ。アタシはシングルハート、シグなんて呼ばれ方もしているね。せっかくの願い事だ。あんたの好きに呼んで構わないよ」


 シグは片手で追い払うような仕草をした。

 レイラはキョトンとしたが目的を忘れた訳ではない。


「わ、わたくしシグにお願いがあって——」


「ダメだ。レイラ・カーターの質問には答えた。あんたの願い事は幽霊の正体がアタシかどうか知りたかったんだろう?タナトスの頼みだから無条件で願い事を聞いてやる約束だったがつまらない奴だね」


「タナトスが……じゃ、じゃあお願いごとは聞いてもらえませんの?わたくしここまで来たのに」



 目に涙を浮かべるレイラに対していよいよ我慢の限界だったのかシグは吹き出すように笑ってしまった。


「こいつはおかしいねッ!お前の頼みは願いなんて迷信じみたものじゃあないよ。世界中の生命を盾にした脅迫って言うんだ」


「脅迫……そんな事ありませんわ!わたくし無理矢理なんて事は一度も思ってませんもの!」




「ああそうだろうとも。お前は思う前に、考える前に行動に移す奴だ。その結果王都の生命は泥に飲まれて死んだよ」


 シグはレイラが知らないのを良い事に嘘を並べた。アイシャは王都の生物を一匹残らず避難させている。


 しかしそれを知っている人物は限られている。


「次は獣人どもを皆殺しにするか?それとも東邦族か?お前の身勝手な願いはどこまで世界を不幸にしたか理解しているのか?」



 シグは地面に降り立ち大きく手を広げた。



「 去れ レイラ・カーター。

  さもなくば天国の名簿からお前を除名してやる 」

 






 


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