第26話 先へと巣立つ者
しばらく歩いているとレイラちゃんは木にもたれかかって小さな寝息をたてていた。
すぐ側には大の大人ぐらいならスッポリと入れてしまうほどの底の見えない穴。
当然だけど地獄に繋がっている。
レイラちゃんはたどり着いたは良いけど行き方がわからないんだ。
当たり前だ。生きてる人間は地獄には行けない。
だからレイラちゃんは地獄に行けないはず……でも大昔に魔法で地獄に行った人はいたらしいから、いずれその人が協力してしまうのだろう。
あたしがやりたい事をやる前にどうしても確認したい事がある。
メイデンちゃんは事あるごとにレイラちゃんのパンツをチェックして場合によっては強行策も辞さずに盗んでいた。
そーゆー性癖なのかも知れないけど普段のメイデンちゃんを知っているとその行動はあまりにもおかしい。
まずメイデンちゃんならバレずにやるはずだ。盗んだのならその痕跡なんて絶対残さない。頻度もかなり抑えるはず。
それが出来ない理由、
何度も頻繁に確認する必要があるのだ。
寝ているレイラちゃんのスカートをたくし上げる。
「…………え?もしかして……オーム02?」
心臓が警鐘を打ち続ける。
なんで、なんで、なんで、
あたしの中にいてくれるもう一人から出てきた言葉だ。
「未来の遺産をどうしてレイラちゃんが身に付けてるの?」
レイラちゃんの脈をとる……動いてる。
規則正しく一定に脈打っている。
おかしい。おかしい。
レイラちゃんは指二本を失う怪我をしている。
ここに来るまでに相当消耗している。
当たり前だ当たり前だ。
魂の灯火が乱れないわけがない。それが乱れないのは……
「レイラちゃんには……この肉体には魂が入ってない肉体の残った意思、残滓が動いてるだけなんだ」
つまり今のレイラちゃんは空っぽの器、魂さえ入れてしまえば動かせるんだ。人でも動物でも魔物でも……
あぁ、やっぱりそうだよ。
シグお婆ちゃんが何をしたいのかハッキリわかった。
あたしの役目はレイラちゃんにを地獄に連れて行くこと……
「我と汝を天の頂と地の獄へ誘え
青の罪 公正公平なるデボラ 」
青白い光が解き放たれるとレイラはあたし諸共世界から消失した。
ーー
ーー
ここはたぶん天国の一歩手前だ。
本来ならここで魂の行末を決められるのだろうけど……インユリアさんが居ないんだから何処にでも行ける。
だからあたしは天国に行こう。
一面が白銀の世界を見渡す。
あの変な螺旋階段……あそこは絶対に上ったらダメだ。
あそこは神様……もしくはそれに等しい何かが存在している。そして耳障りの良い言葉をこちらに投げかけて来る。
「……そう……言ってた……うん。そうだった」
随分昔だから忘れてたけどあたしも数度だけあの場所に行った事があったんだ。
だからあたしには資格がある。
あの人には最後まで出来なかった資格がある。
左手に力を込める。
心ちゃんは一切この力を使わなかった。
ミリアムも一度もこの左腕を使わなかった。
螺旋階段を昇る。グルグル上る。
あたしの覚悟を固める為の時間と思うほどに長く、
『あれ?まだ本編中ですわよ。わたくしアイシャちゃ——』
一切目を向けない。
一切聞く耳を持たない。
一切勝負なんてしない。
あたしはやりたい事をやるから勝ち負けなんて要らない。
次に繋ぐ為に捕らえた魂は……
ここにある魂はあたしが全部焼き尽くす。
「 終幕の炎 」
左腕の炎がこの世界全体に拡散し全てを灰に落とす。
狂った世界に囚われた魂を、
天の世界から下へ下へ。
もっともっともっと下へ。
「あともうひと踏ん張りだからね……」
…
……
ずっとずっと歩き続ける。
何処かは確信は持てないけど間違いない。
この光があたしが探してた場所だ。
僅かでもズレていたら失敗する。
でも自信がある。間違いなくこの時代だ。
だからあたしはこの希望の光に手を伸ばして
「おいおいおい〜。ストップすとーーっぷ!!」
何処か懐かしい声に呼び止められた。
久しぶり過ぎで、生まれて初めて会ったその人は相変わらずの悪人顔だった。
「なに?」
あたしの質問にその人は当然のように微笑んだ。
「行き過ぎだって。神様ってやつは性格が捩れてんだよ。お前が行くべき場所はもう少し手前」
その人はあたしの前を歩いてくれる。もう振り返ってはくれないのだろうからしっかりと顔を見れば良かったと思ってしまう。
「あたしも自信があったけどどうして違うって言いきれたの?」
「俺は一度だけ案内されたんだよ。だから今まで待ってた」
「案内って誰に?」
「アイシャが会うべき人物にだよ。ほらここだ。適当に飛び込まないでくれよ。待ってた俺の労力パァだからな」
鼻から息が出てきた。口元が思わずに上がってしまう。
これは楽しいって感情なのだろう。
「ありがとう……ロスト君」
「未来に持っていける言葉は一言だけに絞れよ。全部持って行こうとしたら一番大切なものを忘却されるからな」
「ふふ、それって経験者は語るってやつ?」
「俺は忘れないの。まぁ……頑張れ」
うん大丈夫。みんなのおかげで、
あたしはもう……空っぽだから。
ー
ーー
ーーーー
視界が赤い。
全身のヌルヌルを拭き取られて優しく抱かれている。
白髪混じりの男の人は両腕を組みながらもとても嬉しそうにしていた。その隣では若々しい女性が嬉しそうにしている
「これで拙者もお爺さんか……」
「やっぱり女の子は可愛いですね」
白髪の男は女性に向き直り畏まった。
「さて……と、乙女殿、こうして初孫も産まれた事だしどうだろうか?祝いに乙女殿の餅を振る舞うと言うのは!?」
「せっかくなら孫が成人する年齢まで待ちましょう」
「……そう……か。二十年前は孫が産まれた時にと言っていたが、そうか。そうか」
白髪の男は見るからなガッカリした様子であたしを抱き上げると悲しそうにあやす素振りをしていた。
いえ、言え、口を開け!声を、言葉を、
必要な、この男を動かす一言をこの瞬間に言えさえすれば、
「あ、えいあ、おほち、たふへて」
伝わっただろうか?
「おお、もう喋ったぞこの娘は、才能がありおる。なになに?
『早くお餅食べたい』とな?まったく食いしん坊め」
……伝わったのだろうか?
あたしは眠ってしまって起きた時には全て忘れていたから何があったのかわからない。
でも神様でもないその人へのお願いは……通じたはずだ。
白髪混じりの男は生まれたばかりの赤子を預けて口元を布で覆った。その行為の意味を知っている周囲にほんの僅かに緊張が走る。
「シノブさん、仕事は片付けて来たのですよね?」
「……いや、依頼があったのを思い出した」
「もしかして私がお餅を作らないから拗ねてます?」
「そうではない。随分長い事忘れていた。すぐに終わらせて戻って来る」




