第31話 きび団子よろしく その3
「シノブ様!?今までどこに行ってましたの!?」
明らかにレイラが覚えているシノブよりも歳を取っていたが間違いなく柊シノブに他ならない。
シノブは労うようにレイラの肩を叩いてシグの前に跪いた。無視をされるわけではない。それでもどこか他人行儀な振る舞いに違和感を覚える。
「大婆様、そこな少女が拙者の依頼人ですか?」
「ああ。説明は面倒だから自分でかき集めてかな……シノブの事だ。とっくに現状を理解した後にここに来たのだろう?」
「いやはや流石は大婆様、それにしても此奴がヘリックスか」
シノブはヘリックスをまじまじと観察して興味をなくしたようにレイラに向き直った。
現状を上手く飲み込めないレイラがまごまごしているとシグが優しく、シノブの使い方を教えてくれる。
「こいつは現金なやつでね。報酬によって仕事を変えるんだ。だからレイラ・カーターが持つ要らない物は差し出した方がいいよ」
「……シノブ様もわたくしの身体が目当てですの?」
「拙者は任務で手を抜いた事など一度もない。それにそんな物を貰って拙者にどうしろと?大婆様の頼み故に形式だけだ。そのバッグに入っている物でいい」
レイラは自身のバッグの中身を確認した。
元からたいした物など入ってないが、先程シグに腐った餅を渡そうとした際は本気で怒られたので……
「身に覚えのない種、これが報酬でもよろしいですの?」
シノブの表情は分からないが納得したように頷いた。
そしてレイラに諭すように語りかける。
「この世界の全ての存在がヘリックスを嫌っている。同時にお主は愛されている。多数が少数を抹殺するのは人間が古来より持つ法だ。ならば方法など一つしかあるまい」
シノブは首筋に手を当てる。
途端に声色の違う声がシノブの口から放たれた。
「第一に年代と座標を固定
第二に対象を柊シノブ、レイラ、ヘリックス・カーターの三名を捕捉、システムオールグリーン、いつでも射出可能
第三に神威は懐かしい存在——黙っていろ」
シノブがヘリックスを抱き上げてレイラにそっと渡し、手を肩に置いた。
「これからお主とヘリックスは遥かな未来に行く。その時代ならばヘリックス程度を脅威と感じる事もない。むしろ崇め奉られる可能性すらある」
シグに目配せをして僅かに会釈をして片手を空に向けて掲げた。
「次元跳躍砲……しゃ「まって!」
合図の前にシノブは首を掴まれた。突然の行動に驚く素振りは見せないものの何事かと振り返る。
「……なんだ?」
「それだと逃げただけですわよ!」
「それの何が悪い?逃走という行為は虫や動物も当たり前に持っている本能だ。現状の打破に最も効果的な方法は【逃げ】の一択より他ない」
それはレイラが望んだ解決策ではない。その程度で事が済むのならシノブになど頼らなくともなんとかなっている。
しかし現状ヘリックスを守る為にはこの方法を思いつかなかった訳ではない。遥かな未来、とまではいかなくとも何処か遠くに、今いる地獄に住んだとしても変わらない。
「なにも……なにも変わりませんわよ」
レイラがぽつりと呟いた。
「そうだ。人間などそう簡単には変わらない。変わる為には時間をかけて変える必要がある。お主たちを失った世界はゆっくりとだが変わるだろう……結果は未来で見定めるのも悪くないだろう。お主はただ、そこに立ち会えぬだけだ」
黒だと教え込まれた者達が今更白だと言われて納得するはずがない。仮に本当に白だとしても大多数が赤と宣言すればその色は赤以外の何物でもない。
それはいつの時代の歴史でも証明され続けている。
一人の人間がどれ程に力を持とうとも、なんの力もない弱者百万を相手どれる訳がない。
レイラは子供扱いされても、いつまでも子供ではない。完璧に皆が納得する解決策などこの世界にはない事は薄々感じていた。
だから奇跡を、願いは己の内に封じ込めたままにシノブに対して違和感を感じていた。
「シノブ様はその方法が最善だと本気で言ってますの?」
「最善かどうかは残された者たちが決める事だ。少なくとも拙者は……お餅を粗末にする奴に味方したくはない」
急に的外れな事を言い出したシノブにレイラは困惑した。何故餅の話しが出てくるのかと。
バッグからおどろおどろしい色に変色した餅を摘んだ。
「これの事ですの?だってメイデンが『誰かにあげろ』って言いましたけど貰う人がいませんでしたもの。地獄なんていう丁度いいゴミ捨て場があるから捨てちゃいますわね」
汚物を摘んでポーイっと投げようとした瞬間、言いようのない感覚に襲われた。
シノブの視線が汚物に釘付けなのだ。
あっちに投げる素振りを見せれば瞳を見開き、
こっちに投げる素振りを見せれば跳躍する構えをとる。
「もしかして……このお餅が欲しいんですの?」
「馬鹿を抜かすな。拙者は忍者だ。なんの変哲もない食い物をわざわざ欲しがる理由もない」
「だったら地面に叩きつけますわッッ!その後はダンダンに踏みつけますわ!」
レイラが癇癪玉を弾けさせる勢いで思い切り振りかぶった。
「 やめんかッッ! 」
シノブの怒号の前にレイラは手を止めていた。
互いに見つめあい、わりと気不味い空気が周囲を包んだ。
「……知らんのか。餅を踏めば地獄に落ちるぞ」
「……ここが地獄ではありませんの?」
それはレイラの知っているシノブだった。
老いた風貌だろうとも【忍者】などと言った訳のわからない言葉を使って面倒な性格も変わらない。
「シノブ様って木の根っ子も食べるって本当ですの?」
シノブからして見ればそんな事をレイラに言った覚えはないが事実は事実だ。
「違いないな」
「だったらこのお餅を食べられますわよね?一度でいいから『忍者』ってどれ程なのか見せてほしいですわ」
「……仕方あるまい。依頼主が実力を見たいとあらば披露するのも吝かではない」
レイラが腐った餅をシノブに手渡した。
その見た目に思わず生唾を飲む。
どれ程この時を待ち侘びたのか。
シノブは一口だけ餅を頬張り、感慨深く咀嚼した。
かと思えば餅は全てシノブの口の中に放り込まれていた。
「間違いなく乙女殿の手作りきな粉餅……ようやく……この至極を口にする事が出来た」
「メイデンが作りましたのよ」
レイラの戯言は間に受けず片膝を着き両の手で印を結んだ。
「その顔を見るにまるで忍者の凄さを納得していないな。ならばこれでどうだ!
転生せし忍耐 分身の術 」
レイラは目を離していなかった。
しかし目の前にはシノブが2人いる。
そして瞬きをすれば16人に
「え、あぇ、シ、シノブ様?」
レイラが素っ頓狂な声を出した間にも増え続け、10秒にも満たない間に周囲は柊シノブで埋め尽くされた。
「世界中の全てがヘリックスを許さぬのなら、それ以上の数を用意してやればいい。世界中の全てが不安を孕んでいるのなら拙者が一人一人付きっきりでその不安を晴らしてみせよう」
僅かな言葉を喋る間もシノブは増え続け、もはや別の意味でこの地は地獄絵図と化していた。




