第24話 失喪
初めましての記憶は何処だったのだろう。
産まれてすぐじゃない。
あたしは知らなかったから幸せだった。
田畑を耕している時でもない。
あたしは知らないから幸せだった。
お隣に住む同い年の女の子がなんでも出来た時……
こんな素敵な子が身近にいるんだとあたしは幸せだった。
……そうだ。身近にいた。
その子が魔法適正を測った時、当時三人しかいないSランクを計測された時、
あたしはごく普通のDランクと知った時。
その子はすぐにこんな田舎を捨てて煌びやかな王都に行く事になったとき、あたしの世界はとても小さく終えていくのだと、
あたしは何一つ特別なんかじゃないと、
このまま何一つ残さずに死ぬのだと理解してしまった。
知らなければ良かった。会わなけば良かった。
天才がいるなんて知識だけで知っていれば、
貴族様なんておとぎ話だけで本質を知らなければ。
世界を知れば知るほど、世界は矛盾に満ち溢れている。
力ある者は矛盾を正そうとしない。自分さえ良ければいいと考えていた人ばかりではない。
追いつかない。それどころか新たな捻れはより複雑化している。
与えられた力には使命が宿る。
きっと誰でもいい訳ではない。
その子が力を貰ったのも必然で、あたしがなんの力も貰えなかったのも必然で……
それならば何かあるはずだ。
全て偶然の産物で済ませられるほどこの世界は完璧ではない。
見えない場所で声も届かない遥か彼方で
それはきっと何かをしている。
あたしはソレを神様と呼ぼう。
誰でも良いのではなく、誰を決めきれない。
ほんの少しでも目に留まれば、ほんの少しでも見込みがあれば
「あたしは誰よりも特別になれる」
時間も要らない。命も要らない。ただあたしのような真実の一端に気付いてしまった不幸な人を生まない為に
だからあたしは神様に願ったんだ。
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「あ、あは、ははぁ、あはっ!アハハハは!!」
呆然と立ち尽くして動かないミリアムに対してアイシャは最後の力を振り絞り声を張り上げた。
愚者の一撃、
寡欲の美徳【奇跡の欠片】により極限まで引き上げられた強運が、偶然の産物が引き起こした奇跡はアイシャにロイヤルフラッシュという役を与えた。
対象にどのような命令をしても嬉々として従わせる最強の役。本来ならばレイラに対して使う予定だったが最早必要ない。
目の前には最強たる存在のミリアムがいる。
アイシャはミリアムの手を握り優しく語りかける。
「さぁ、一緒にレイラちゃんを殺しに行こう」
「……ああ」
アイシャは内心もしかしたら効かないかも?と思っていたが短い返事を聞いて杞憂に終わったようだった。
レイラはずっと動いていない。
急がなくとも追いつける。しかし時間をかけては次にどんな邪魔が入るのかわからない。
もうアイシャには力など残っていないのだから。
一晩でも、最悪でも完全に数分眠ることが出来れば回復するだろう。万全を期すならば、
「ミリアム、あたし休んで行くから先に行ってて」
ミリアムを盾にして自身は回復に務めるべきと判断した。
「……出来ないね」
「どうして?」
「あたいの足、消えかかってるだろう?」
アイシャは目を見開いた。ミリアムの足元が光の粒となり世界から消失している。
これは死に逝く状態ではない。
一度だけ見た事がある。メイデンと共に遠目から確認していた。
レイラがこの世界に召喚されて、魔力切れで帰還する際に起こった現象。
「……ミリアムは召喚されてこの世界に来たの?だって、だって、ミリアムは……」
「あんたが最後の最後、追い詰められてから【愚者の一撃】を使う事は知っていたよ。ウィル・カーターがいないんだから回避する術はない。だから対策はしているよ」
してやったりな顔をしたミリアムとは対照的にアイシャの狼狽は当然だった。
もっとも厄介な敵だから永別を使っていち早く排除した。
もっとも強いと思ったから柊刀の肉体を創り出し魂を入れ込んだ。
だからこそ危険を犯してまで分身で絶対に殺そうとした。
それでも無理だから、奥の手を、全ての力を使ってでもミリアム・ジェントを味方に引き込んだのに。
「そろそろ帰る時間だ。天使さんや向こうでのアイシャがあたいを引っ張ってくれる手筈になっている」
「……。……あ。あ、え?レイラちゃんを道標に来たの?それだと今いるレイラちゃんって」
アイシャは冷静さを失わないようにゆっくりと不可能な可能性を口に出した。
「レイラちゃんはたった半年で、誰も知る人がいない世界で自分の居場所を作ったの?」
「こっちでは十日だね。なんにしても別の世界の住人を殺せる理由は用意出来ているのかい?出来る訳がない。お前は誰もが納得のいく理由を優先するからね」
「……だって……だったらあたし……知ってたら……」
「何もしなくても帰るあたいに対して必死になって無駄撃ちをしてご苦労だったね。もうあんたはレイラ・カーターを殺さない」
「……あ。わぁああぁぁぁあああ!!!!」
アイシャは事態を飲み込むと我を忘れて殴りかかった。なんの特別も込められていない右拳を振るい、避けようともしない鼻面に何度も何度も叩きつける。
「卑怯者!卑怯者!卑怯者ぉ!あたしが、あたしがレイラちゃんの為にとっておいた全部を使ったのに!なんにも残ってない!あたしの特別が全部……知らなかったら!気付かなかったらまだやれたのに!こんな馬鹿みたいな終わりなんて許されない!」
罵声を浴びせながも何度も殴打する拳をミリアムはようやく掴んだ。
「いいや、あんたは空っぽで挑むべきだよ」
掴んだ左腕が消失していく。
アイシャにはその左腕がなんなのか、そしてミリアムは何故今になって消え去ったのかわかった。
「……もういい。ミリアムに命令なんてない」
「人間は強さを得る為に優しさを捨てていく。レイラだって例外じゃなかった。その中であんたは、アイシャ・ウィーンだけは優しさを一欠片すらもこぼさなかった。だからこそ末となる奇跡の道導はあんたが成すんだ」
アイシャは左腕を抑えながらトボトボとレイラの居るであろう場所へと歩いて行く。
その背中をまるで慈しむように見つめながらミリアムは上空を見定めた。
「帰れる手筈なんてない。アイシャの分身とはいえ、あたいは殺してしまったんだ。もう時期死ぬ運命なんだよ……だから」
上空から飛来する一粒の影は着弾と共に鮮明に大きくミリアムの瞳に映った。
「だから柊刀、死ぬ前に本気のあんたと手合わせを願いたい」
「……地獄に行けばお主の死をなんとかしてやれる。そこでやり合うのはどうじゃ?」
「これはあたいのワガママだ。あたいの身体はあの日に途絶え、魂の灯火はとっくの昔にレイラに捧げている。あたいに慈悲をかけるのなら一度だけ本気を出してくれ」
柊刀はついぞ使う事のなかった二振りの武器を空気に晒した。
「ミリアム・ジェント。お主の高潔なる魂をワシは生涯忘れんじゃろう」
「柊刀、あんたはあたいの目標だったよ。結局あたいは追い付いたのか、はたまた手のひらで転がされたままなのか試させてもらう」
「 幕引きまでの僅かな時」
「 邪魔が入るまでの間隙の刹那」
「「 今宵は存分に 殺し合おう 」」
ーーーーレイラとミリアムのおまけーーーー
「あたミリぃ、あたミリ〜」
「リドヴィアも言ってたけどあたいの事を『あたミリ』って愛称で呼ぶのはどうにかしてほしいものだね」
「事あるごとに『あたいはミリアム』って名乗るからですわよ。そんな事より知らないうちにわたくしを助けてくれたのは感謝しますわ。でもお顔ぐらい見せてくれても良かったのに」
「すまないね。あたいには時間が残されてなくてさ」
「ふーん、その僅かな時間は柊刀様とイチャイチャ決闘する為に使ったと?」
「耳が痛いね。あっちの世界のみんなにも申し訳がないよ。みんなが協力して作ったお土産を渡せないなんてさ」
「おみやげ……あっ!もしかしてラスボス直前に手に入る伝説のホニャララですの!?それなら大丈夫ですわよ!向こうに置いてある模型を弄ればわたくしに届く手筈に出来ますから!」
「それは良かった。本来ならコレを届ける為だけにレイラに会おうとしていたからね。向こうでのメネントやアイシャを始めとしたみんなで作った至高の一品だ」
「この聖剣さえあればラスボスはイベントバトルに早変わり……ん?剣ではなくて、なんですのこれ……タネ?」
「何度も品種改良を施したピーマンの種だ。遥かな未来でもどんな環境でも立派に育つピーマンは存在しないよ。レイラは客人って事で遠慮がちにピーマンを食べてたろ?これからは四六時中好きなだけ食べるといい」
「あーうん。はいはい。そのパターンですのね。でも本当に、心底残念ですけどあそこの模型はヘリックス以外動かしちゃダメって約束しましたのよ。わたくしは弟との約束を反故にする姉にはなりたくありませんのよ!あー食べたかったですわねー。暇さえあればピーマンもぐもぐしたかったですわ〜」
「ティオなんて寝ずに遺伝子学に基づいた究極のピーマン理論を完成させてね。蒔けばたちまち芽を出し実をつける。肥料も水も要らずに連作障害も起こらない。これならレイラは間違いなく喜んでくれるって自信を持ってたんだが、渡せなかったあたいが悪いんだ。気を遣わせてすまないね」
「あぅ、ううぅ……たしかダイアルをこうして……次はこっちに回してひっくり返して……ちなみにそのタネを食べたらとんでも力が発揮されるって事は?」
「ないよ。繁殖力が意味不明に強いだけの普通のピーマンだ」
「これでわたくしのバッグの中にピーマンのタネが送られますわよ。ひと段落したらお庭に植えますわ。あーたのしみーですわー」
「すぐに実るから絶対に食べておくれよ」
「……」
「忘れたとか失くしたはなしだからね」
「わたくしそれどころではありませんのに」




