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第23話  得た者と失う者



 逃げた逃げた逃げた。

 情けない声を出しながら、その場から消えるように

 アイシャという存在から、この世界にとどまる事すら恐れるようにただ逃げて逃げて、




 一面が黄色の泥に塗れた土地でミリアムは足を止めた。

 まるで吸い寄せられたかのようにその場に向かっていた。そして何もない場所で一つの武器を拾い上げる。


「ピースメーカー……柊心が持っていた武器」


 こんな物でアイシャには立ち向かえない。

 強さをなくしたミリアムには何も残ってない。


 生きるという強さすらも失っている。

 ひたすらに強さだけを追い求めた彼女にはいったい何が残されてのだろうか。


「嗚呼、どうか……どうか」


 しかしミリアムは見ていた。この武器に持って遥かな格上に挑んだ者たちを。


「あたいでなくともいい。何処かにいる誰かが……どうか」



 ミリアムは銃口を咥えた。


 弾丸を込めたのは他でもないレイラなのだ。

 ならば、これには確実に殺すであろう弾丸が装填されている。

 絶対に自身の最後の救いとなる死が込められている。



 引き金を引く前に最後の時まで叶わぬ願いを綴る。

 


「現実でなくとも、空想であってもいい。レイラを守れた誰かが存在しているのなら、どれだけ羨望しても永劫届かぬ存在よ。どうかこの願いが届いたのなら」


 柊心の武器で、レイラ・カーターが込めた銃弾を、

 


「我が羨望の美徳を道導にし世界に現出せよ

   レイジ・エンド  」


 ミリアム・ジェントが撃ち抜いた。



 突如して空間が、時間が、世界が切り裂かれ一人の女性が姿を現してミリアムを抱き上げた

 そして死体となったミリアムの眼を優しく閉じる。



「あんたの熱情が、羨望なる眼差しが、あたいに届いたよ」



 その女性はミリアムの亡骸を裂け目の奥にいる人物に預けた。

 奥には何人かの人物が不安そうに見つめている。


 中でも三角帽子を被った女性はありのままを告げる。



「この世界にいられる時間はレイラ・カーターがこの世界に召喚されて滞在出来た時間と同じだけ、つまり四分だけッスよ。それ以上は世界から異物として認定されるからそうなる前に無理矢理こっちに引っ張る」


「ありがとう天使さん、それにしてもここがレイラが夢に見た世界なのか。世界中にドス黒い感情が渦巻いている。その全てがレイラの敵となるのなら、あたいがこの世界に来た意味は一つなんだろ」


 裂け目の奥から申し訳なさそうにしている女性がおずおずと顔を出した。


「ごめんね。この世界は呼ばれてない人以外は入れない。同一に強い奇跡によって導かれたミリアムだけが特別なの。あたしにはこれが精一杯なの」

 


「感謝こそしても謝られる筋はないよ。それじゃあ行ってくる」



 

 ミリアムが連続する時間を薙ぎ払うほどに跳躍し、アイシャの前に姿を見せる。




………



 柊刀の肉塊が武器を手に構えている。

 ほんの僅かでも動けば、一呼吸でもおけば自身の行動よりも速く、瞬時に切り裂かれるだろう。


 ミリアムはそれがわかっていて白い歯を覗かせ——


 ミリアムの口元から火花が散った。

 振り抜いた一閃は確かに顔面を両断する射程だったはずだ。


 しかしミリアムに傷はない。それどころか柊刀の持っていた武器は破壊されていた。


「プッ!……その程度かい?」


 ミリアムは食い千切った刃先を地面に吐き捨てた。

 柊刀よりも先に動き、柊刀の動きを完全に見切り、

 防ぐ事も避ける事もなく無力化しただけに過ぎない。


「永別よ、ミリアムの速さを切り離せ」


 後ろからアイシャが万象を断ち切る永別を振るった。


「  ツキにカクス  」


 この武器に射程などない。切った事実など必要ない。動作などあり得ない。ただ愚直なまでに命令を遂行する至高の武器は、


 一直線に放たれ確実に被弾したはずが陽炎のように消えたミリアムに対して効果を失った。


「え……消えた……どこ?」

「にゅーとりのとかいうやつじゃ。見ることも触れる事も出来んぞ」


 アイシャは動揺しながらも、柊刀は黙して周囲を探ったがどこにも居ない。

 あるのは今もゆらゆらと揺れるミリアムであったモノだけ。


 それには一目見ただけで無駄と悟った柊刀は手刀を作りただ己の足元だけに狙いを付けていた。


 自身が持てる最速を、これ以上ないタイミングで、

 その全ての力に自身のチカラが乗せられる形で腹部に密着された足が形成されていく。


「  ツキをウガツ   」

「  断崖  絶勁    」


 ミリアムは柊刀の腹部を上空へ向けて蹴り抜き、

 柊刀は股先から頭頂に向けて手刀を振り下ろした。


 ミリアムの身体はゆらりと揺れただけに対して

 柊刀は圧倒的なスピードによる摩擦で全身を燃やしながら雲を貫いて遥かに駆け上がっていく。

 


「流石に戻るまでには二分はかかると信じたいね」


 いとも簡単に柊刀を撃退したミリアムは息一つ切らしていない。

 アイシャが生唾を飲み込んだ。


 


 アイシャが柊刀を無力化するまでにどれ程の労力を、どれほど世界の力を費やしたのか。少なくともミリアムを相手取って同じ事が出来ても敵わないであろう実力差がある。


 その差を埋めるのにいったいどれ程の力があれば、

 事態はもっと単純だ。



「はぁ……ちょっと待ってね。本気出すから」



 アイシャは本来なら使いたくなかった切り札を出す。

 今まで使ったことはないが効果を知れば知るほど自分の手に負える物ではないと判断したからだ。



「   転生なる忍耐の奇跡  分身    」



 一秒にも満たない時間の流れ、

 その僅かな時にアイシャという存在は8人に増えていた。


 冷や汗を流しているのはアイシャ自身だ。

 増えたであろう他の7人はオリジナルの命令をきくなどと言った気の利いた事はしない。


 アイシャが同じ存在に対して命令されてもきかないように、分身で得たアイシャ達も同様に好きに暴れるだろう。


 だからこの奇跡の本来の持ち主はこの奇跡を極力使わなかった。

 そして使った挙句に全員が全員、我先にと餅を頬張り喉に詰まらせ間抜けのように死んだ。



 しかしこの場においての暁光は二つ。

 アイシャ達はミリアムを敵として判断している。ミリアムを殺した後はもうどうしようもない。


 好き勝手暴れようともオリジナルの手に余る。場合によっては同士討ちすらも覚悟の上だ。


 それほどまでにアイシャは追い詰められていた。



 そしてもう一つの暁光、


「それは見過ごせない。ここで一人でも取り逃してまた丸一日やり合うほどの時間はあたいにはないんだ」



 ミリアムがゆっくりと、腕を上げた。


「   一度だけ、ただ一度だけ本気で殺す

     月を消し逝く   」



 瞬きすらもしていない。

 それでも視えない。理解出来ない。


 なんの変哲もない直突きが同時に分身を破壊していた。

 そしてオリジナルであるアイシャには寸止めで拳を突き立てられている。


 これでミリアムの回避方法、迎撃方法、攻撃方法を見たことになる。そこで疑問、と言うよりも当然の帰結が訪れる。


「……ミリアムの技はレイラちゃん放ってた弾丸の効果と同じ」


「レイラが同じ事を?……まったく、人の極致をなんだと思ってるんだか。やはり最初からあたいなんて必要なかったんだろうね」



 僅かに怯えた眼球はギョロギョロと動いている。まるで自分にとっての不都合を誤魔化すように。


 その行動の真意をミリアムは知っている。

 別世界で散々やり合った仲なのだから。


「再生と復元換装を使えないほどに疲弊していたのか。誰にやられたんだい?あたいがいた世界のお前はもう少し手応えがあったよ」


「はぁ、はぁ、並行世界の……あたし……どうなったの?ミリアムに殺されたの?」



「最初に言っただろう。極力人と関わりを持たずに農作業をしているって。あんたもそうするなら見逃してやるよ」



 突き付けられた絶対なる力の頂点に、諦めきれない願いを前に、

 アイシャは奥歯が割れるほどに噛み締め、




「……あたしはレイラちゃんを殺す。死ぬ方が絶対幸せになれる。あたしは世界の意志を担ってるの。だから終わらない。でもその後は大人しくするから見逃してね」



 ミリアムの一撃によってアイシャは頭を撃ち抜かれ、大の字になった身体からは荷物が散乱し、多くのカードが翻り、

 

 奇跡的に、偶発的に五枚のカードだけが表を向いていた。




「  ああ

   あ

 みりあむがつよくてよかうた

 これたけつよかうたられい 

 らちゃんころ

 すのはかんたんだよね

 みり

 あむ


 あたしのめーれーきいてね


 





      愚者の一撃(ラストドロー)  」

 


 



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