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第なな話  偶像崇拝


「その時ですわ!わたくしがゴブリンにクリティカルヒットでしたわ!」


「……」


「わたくしは魔物達の包囲にも臆せず一点を睨みつけましたの!視線の先にはゴブリンの親玉。わたくしは拳を握り締めましたわ。そしてゴブリンの眉間目掛けて鋭い一撃——その時ですわ!わたくしが親玉にクリティカルヒットでしたわ!」


「……」


「えーっと、あの、それで、あっ! わたくしの致命の一撃を受けて親玉は崩れ去りましたわ。しかし周りにはいっぱいの魔物達……誰もが諦めてもわたくしは諦めませんわ。闘志を燃やし拳に宿す。その時ですわ!わたくしが——」

「もういいわ!何度目のクリティカルヒットをだすつもりなのよん!」


「ぴょえ!?」


 レイラの武勇伝にいい加減うんざりしたインユリアがとうとう一喝した。


 しかしすぐさま自分の失態を恥じた。

 インユリアは自分でも認めているが感情のコントロールが下手だった。自分唯一の弱点と言ってもいい。


 少し怯えてしまったレイラに対して咳払いをして向き直った。



「その起伏がありそうで全くない話で私になんて言ってほしいのかしらん?」


「だって女神様が暇だから何かお話ししてって言ってましたから、わたくしのこれまでの武勇伝を——」


「だったらせめて真実を話しなさい」

「ほ、ほほほ本当ですわよ!わたくしとっても凄いんですわよ。小指ピーーンですわ!」


「なによそれん」

「小指をぴーーんってしたら相手はバラバラになりますのよ」



 レイラが本当に凄いのは十分に承知の上だ。

 ロスト・ヴィントを始めとしてシングルハートやアサシンバグまで彼女の行動を見守っていた。


 ただインユリアからして見れば何がそうさせるのか全くわからないのだ。


 だからこそ決めあぐねている。レイラを計画に引き込んだ方が良いのか。それとも放って置く事が最善なのか。


 少なくとも現時点でレイラをどうこうする気は微塵もない。適当に話しをして別れるだけ。


 その方がお互い後腐れなく殺し合えるはずだ。

 そもそも未だに彼女を出し抜けるビジョンなど浮かばない。



「別に魔物を倒しただのは関係ないわよん。貴女のお話しを聞かせてちょうだい。私が気になる話しを出来たら——」


「出来たら?」

「加護を渡してあげるわよん」


 インユリアは長年シグに仕えていたり様々な仕事の経験でかなり察しのいい女だ。

 だからレイラの目的も多少なりとも理解出来た。


「言っておくけど貴女が気に入りそうな加護はないわよん」

「そんな事ありませんわ。ニーチェ先生様も何事も使い方が大事って時々言ってましたもの」


「そう……ニーチェがそんなことを」


 インユリアの少し寂しげで誇らしげな表情をレイラは見逃さなかった。そもそもリドヴィアとの話しもしっかり耳に入ってきていた。


「女神様ってニーチェ先生様を知ってますの?」

「知らないわよん。私は世界の様子を知れないの。だからニーチェってのが誰なのかなんて知らない。リドヴィアに凄い魔法使いがいるって聞いたから覚えてただけよん」


 突き放した言葉であったがレイラは少し唖然とした。


「そうですわよね。女神様がそんな——。ニーチェ先生様のいつものジョークですわよね」


「えっ、なに!? ニーチェは私のことを言ってたのかしらん?」



 インユリアがスズぃッッっと身を乗り出した。

 今まで一歩引いた感じであったが明らかに食い付いてきている。


「だ、だってさっき知らないって言ってましたわ」

「知らないわけないでしょう! 知ってても教えちゃダメって決まりがあるの! わかったら早く答えなさい!」


 いや、これが釣りならば針まで飲み込んだ状態だった。



 レイラはちょうど足を崩した状態のインユリアの背後に回り込みうなじに顔を近づけた。


「クンクン……とってもいい匂いですわ」


「なによそれん。もしかして私は甘い色香を纏う極上の女って言ってたんでしょう!? ほんっっとうにニーチェってば仕方のない子ねぇ。もうっ。今回は報告はなしにしてあげるわ——「臭いって言ってましたわ」——わよん……」




 一人で上機嫌になったところでレイラは非常な現実を突きつけた。


「今、なんて言ったかしらん?」

「クサいって言ってましたわ」


 キョトンとした顔をしたインユリアだったが何を我慢する訳でもなく盛大に笑い飛ばした。


「キャハハハ! ニーチェが私のことを——キャハハ! イズヴィでもなくあのニーチェが! あーおかしい」


 ひとしきりに笑った後涙を拭うような仕草のあとにレイラに向き直った。


「いいわよん。あいにくと持ってきた加護は少ないけれど貴方に仮染の力を与えてあげるわ」


 加護を与えると言った栄光よりもレイラは先ほどの言葉が気になっていた。


「どうしたのん?」


「ニーチェ先生様とイズヴィちゃんってどっちがお姉さんなんですの?」



「……その質問に答えるなら加護は渡せないわ。私は貴方の本質なんて理解出来ない。だから何故真実を与えれば加護を渡さないかなんて聞かないでちょうだい。選ぶのならどちらか一つよ」


「ニーチェ先生様のことを聞きたいですわ」

「即答なのね」


 レイラには悩むそぶりもなかった。

 何よりも誰よりも尊敬する人の部分だ。

 それを知ることは自らの歩みを、いずれ姉となる自分を必ず前進させてくれると信じている。


 それがほんの少しだけ、インユリアの琴線に触れた。



「ニーチェは神様に『頼れる姉が欲しい』って願ったのよ。その時与えられたのがイズヴィ。ニーチェより早く産まれてたわけじゃない。生まれた時からイズヴィは意味も理解出来ないまま姉だった」


「つまりニーチェ先生様はお姉さん?妹?」


「妹は別にいるわ。そのイズヴィがあまりに乱暴で期待した姉ではなかったから今度は『自分を慕ってくれる妹が欲しい』って願ったわ。その結果ロクシリーヌって女の子が創られた……貴女はロクシリーヌには会ったことある?」


「うん」


 小さく返事をしただけのレイラが何を思っていたのかはわからない。本来このような真実は永劫隠し通すべきだった。


 事実、何年も苦楽を共にし親交の深かった者達でさえロクシリーヌの出生を知った時は少なからず動揺しニーチェに愛想を尽かす者、憎む者さえいた。


 それからはニーチェもイズヴィの事は出来る限り隠し通していた。嫌われたくないという純粋で卑怯な一心で。




「……貴女が何を思っても構わない。でもニーチェは有象無象が理解出来る場所にはいなかった。何度も誘惑に耐え葛藤だけは誰よりもしていたのだから。何より他の誰も彼女を助けようとしなかった。誰も彼女を助けられなかった結果があんなしょうもない願いでも神様に縋るしかなかったのよん」



「女神様、一つだけ教えてほしいですわ」


「一つと言わず好きなだけ質問なさい。答えるかどうかは私が決めるのだから」



「神様ってなんですの?」


「——っ」


 それは世界の本質を問う質問だった。

 世界が創られて一度も姿を見せたことのない人物、

 それは確実に存在している。


 しかし全ての生命がその存在を疑っている。

 それがなんなのか。



 善人か悪人かと問われればインユリアは平気な顔をして『この世界を貶めた極悪人』だとほのめかしただろう。


 しかしレイラの問いは違う。

 それは今一度インユリアの覚悟を穿つかのような一矢。



「神様は——奴はなんの力もない忌々しい偶像よ」


 インユリアはただ真実をこれ以上ないぐらい簡潔に説明する事しかしなかった。


 


 



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