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第はち話 偶発的暴発


 目的地に着いたのか馬車が止まってしばらく経つ。

 レイラはしきりに身体を揺すりながらもチラチラと外の様子を伺っている。


「女神様、お外におりませんの? みんな何処かにいっちゃいましたわ」


 今のレイラは一応はインユリアの護衛だ。

 彼女が降りなければレイラも降りないのが普通である。

 

「私は降りないわねん」


 言うとインユリアはゴロンと寝転がった。

 本来なら積荷を運ぶ硬い馬車内でもお構いなしに瞼を閉じる。

 そんな姿を見てレイラは少しだけため息をついた。


 そんな些細な行動を見逃す彼女ではない。


「日常に変化がないと言うことは幸せなのよん。貴方が今に満足しているのならここで大人しくしてなさい」


 現状に満足しているか?と聞かれればレイラは満足していると答えるだろう。


 しかしレイラはもう時期姉になるのだ。

 満足など出来るわけもない。


「わたくしおトイレに行ってきますわ。女神様も一緒に行きましょう」

「それが貴方の出した答えなら一人で行き……一人でいきなさい」

 


……


 レイラが茂みで用をたすと辺りを見渡した。

 沢山の足跡がある。きっと他の人たちはこの先にいるのだろう。

 すぐに馬車に戻り長い時間待機するのも億劫なのでレイラはスタスタと歩を進めた。



「いましたわ」


 声をかけようかとも思ったがリドヴィアと隣にいる男の真面目な顔つきには覚えがある。

 散々両親の同じ顔を見てきた。なんらかの仕事の話だ。


 自分の好奇心が出しゃばる所ではない。




「遠路はるばるご苦労様ぁ。ウィリアムによろしくねぇ」

「……その名を口に出すな。何処で旦那様が聞いているかしれんのだ」


「ヘッヘッヘぇ。余計な事を言われたくなければ悪どい事はしなきゃいいんだよぉ。ウィリアムもこれのシノギは捨てきれないかぁ。主な仕事は全部嫁さんに譲ってるのにねぇ?」

「……帰れ。もうお前とは取引をせん」


「うそうそ、じょうだんじょうだん。誰もいないのは確認済みだからさぁ。お互い手早くすまそうよぉ」



 





「何をしてるのかしら?」



「アレは人を売り買いしているのでしょうね。嘆かわしい事です」

「ひゃっ——」


 レイラが声に出した疑問に答えが返ってきた。

 驚きながらも振り返ると驚くほど痩せ細り、何より男は腕が他とは違い四本ある。


「驚かせてしまいましたね。私は怪しい者では——ふむ、もしかしたら怪しいですかね?」


「……少しだけ」




 レイラが手でちょっぴりを示すと男は感心したかのように薄く笑みを浮かべた。


「おやおや、存外に素直な子ですね。私はそこにいる彼女、リドヴィアを粛正する為に参ったのですが。貴方のような美しいお嬢さんに心を奪われてしまったようです。よろしければ少々お話しをよろしいですか?」


 レイラと男は木の影に身を潜めながら黙って事の成り行きを見守っていた。


 金の入った袋といくつもの書類を交換して人を粗雑な荷台に押し込んでいく。

 




「お美しいお嬢さん、貴方はあそこで売られる人たちを見捨てるのですか?」

「別に……何も出来ませんのよ」


 男の問いに対してもレイラは淡白だった。

 どんな理由があってこんな辺鄙へんぴな場所で人身売買などしているのかはわからない。


 下手にその場から連れ出してもどうして良いのかわからない。

 仮に売られていく人間が助けを求めていたのなら、その時は考える。その程度だ。


 その態度すらも男は酷く気に入ったのかレイラと同じ目線へと立つべく腰を落とした。



「お美しいお嬢さん、貴方は多くの美徳と罪を纏っています。ですので助言を一つ与えましょう。そんな貴方でも耐え難い苦悶が訪れたのならば、それは間違いなく私の業です。どうか夢夢思い出しなさい」


 男はリドヴィアの方へ歩こうとして、止まった。

 大事な事を告げていなかった。何が起きるかなどわからない。この姿のまま探しても前の身体のように滅ぼされているとも限らない。やはり自身が持つ唯一の名こそを告げるべきと——


「私の名はメネント。七つの美徳……もう私一人ですので名乗れませんね。価値なき摂生のメネントです。どうか貴方には災厄が降りかからず奇跡の末へ至れますよう祈っておりますよ」



 レイラはメネントに少し気味の悪さを覚えた。


「ああ、そこ、威力は弱いですが片足を吹き飛ばすほどの地雷を埋めてますのでお気をつけて」



「え、じら?何ですの——」


 カチリという不気味な音にレイラは不意に足を上げ——



 そこから先は覚えていない。

 フラフラとした足取りで馬車に乗り込み日付を跨いで帰り着くまで眠りこけてしまったのだから。



 



「疲れましたわ。お仕事って大変なんですわね」


 大した事はしていないが服にはいつの間にか泥や埃で汚れていた。今日は暖かいお風呂に入りグッスリ眠ろうと思い邸宅の門にたどり着いた。


 しかし、門兵の二人を素通りしようとした所を止められた。


「ここはカーター様のお屋敷だ。寄るな寄るな」



「  え?   」



 思考能力が鈍っているのか一瞬何を言われたのか意味が理解出来ないかった。


「……わたくしのお家ですわよ」



 レイラの言葉に作業的な態度であった門兵の表情がこわばった。



「何処の子供か知らんがそれ以上は言うなよ」


 見れば掲げている槍に幾ばくかの魔力を込め始めている。

 しかしそんな事はつゆ知らずレイラは家に入れてくれない事にイラだたしく思い始めていた。


「貴方は本当に何を言ってますの!?わたくしはレイラ。レイラ・カーターですわよ」



「——あ」


 言うよりも速く、槍の一撃がレイラの首筋へと走った。

 

 よりにもよってカーター家の目の前でカーターの名を騙ったのだ。子供だからと言って許される範疇を明らかに超えている。

 良くて死刑、最悪一族にまで危害が及ぶ事を慈悲と思ったのか門兵の一撃はあっさりとレイラの首筋を穿ち、




「ぐひゅ——」


 レイラには傷一つなく門兵の首筋から鮮血を吹き上がらせた。



「予備動作もなく魔法を使った!? 何者だこいつ」


 無事な門兵の一人が一大事と笛を口にし仲間を呼ぼうとし、



「もう、探したのよ!ほら、あっちで遊びましょう。門兵さんもお勤め中にごめんなさいね。この子にはちゃんと言って聞かせるから」


 不意にレイラの手を取った。

 レイラよりも一つか二つ年上の長い赤栗髪の左腕がない女性。


「こ、心ちゃん!?」

「……?バルザッ君、死んでないと思うけどそっちは大丈夫なの!?」


「大丈夫みたいだね。それにしてもペインの条件をまるで満たしてないのに……彼女が着ているローブ、途方もなく長い期間魔力を込めている」


 柊心の視線に目を向けると先程致命傷を負った門兵は傷一つない状態で立ち上がった。


「あ、あぐぐ」


 門兵二人はバルザックと柊心を見て僅かながらに勘付いた。


「お二方、お嬢様のご友人と言えどお戯れが過ぎます。私の門兵キャリアに傷がつく所でしたよ」


「そんなのないでしょ?まぁ、ちゃんと言っておかなかったあたし達も非があるから今日のところはお互い忘れましょ」


「お嬢様にはくれぐれもご内密にお願いしますよー!私の、私のキャリアが!」


 柊心がお辞儀をしてその場を離れていく。

 レイラにとっては何が何だか理解出来ない。


「心ちゃん!バルザック!わたくし——」


 レイラの言葉を聞いて二人とも顔を見合わせた。

 そして事情に疎い柊心よりもバルザックが口を開いた。


「何処の誰か知らないけどさ。遊びと言ってもカーターを名乗ったら重罪なんだよ。イタズラならもう少し考えなよ」



「だ、誰って、バルザック?わたくしですわよ……レイラ——」


「知らないよ。それとさっきから馴れ馴れしいんだよ」



 心臓の鼓動が短く早く鳴っている

 汗は出し切っているかのようにピタリと止まり、縋るようにレイラは柊心に目を向けた。


「まさか心ちゃん……わたくしの事……覚えてますわよね?」



「……ごめんなさい。あたしは貴方のことを知らないわ。覚えないだけかもしれない。」



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