第49話 礼節の建前
前回のあらすじ
ブレドリパがやっつけた。
「さて、唄の続きを楽しむとするかのう」
この場においてもはや騒音を出す者はいなくなった。ならばブレドリパ本来の目的である雨唄の詩を聴かせる為にニーチェとマキナへと振り返った……が。
「今からロクシリーヌ母様に会いに行くから。バイバイ」
「……ニーチェちゃんは——」
「あぅぅ、タウカスに会いに行かなくちゃ!ありがとブレドリパ」
ニーチェとマキナはスタスタと歩き始め数歩でその姿が急に消えてしまった。
「ほあぁ……ふっ、元気な子たちじゃわい」
そこには素っ気なく姿を消した二人を呆然と見送りながら痩せ我慢をしているブレドリパが残された。
そしてもう一人。
「あの……助けていただいてありがとうございました」
「なんの事かわからんが礼は受け取っておこうかのう」
ミズーリは改めてブレドリパを見た。
全身が欠けている。
およそ戦闘の出来る身体ではないどころか一人での生活も満足に出来るはずがない。
それなのに、
「聞きたいのですが——」
ミズーリの言葉にブレドリパがピクリと身体を硬直させて跪いた。
「ワシのなにが聞きたいのかな?お美しいお嬢さんにならワシの全てを教えてしんぜようぞ」
「……。貴方は……どうしてそんなに強いのですか?」
「愚問、と一蹴するのは容易いが改めて聞かれると答えなど用意してないのう……うーん」
ブレドリパが唸りを上げながら考え込んだ。
「私も貴方のように強くなれる事は可能で「無理じゃ」
言い切る前に即答された。
ミズーリ自身もわかっていた事だが本人を前にキッパリと否定された。
「ワシは強い訳ではない。結構な頻度で負けとるし客観的に見れば弱い部類じゃろう。ただ自分にだけは負けなかっただけじゃ。今回はワシの漢らしさがお嬢さんの瞳には強く映った。それだけじゃ」
「……恥を承知でお願いします。私にその強さを教えてもらえませんか?」
「困ったのう……お嬢さんにいくつか質問してやろう。それ次第で考えてやらんでもない」
「は、はい!頑張ります!」
「何故強さを求める?」
「私の父を殺されました。その人達に復讐する為です」
「だったらワシがそのクズを今すぐ斬り殺してやる。それでいいじゃろう?仇は此奴を含め何人——何千人じゃ?」
ブレドリパが先程チラリと見せた短刀を抜き無造作に刃を振るった。空間がねじ曲がり溶けた景色が映し出される。
その中で煌びやかな一室で蜘蛛のような男が笑っている姿を見たミズーリの表情が強張った。
「——アズタロサ!」
「質問の答えを聞いておらん。正味な話しお嬢さんが男じゃったらこの時点で斬り殺しておるぞ」
「すいません……家族の仇は私の手で討ちたいのです」
「その意気や良し、ワシ程度で良ければ手解きしてやらんでもない」
「本当ですか!?」
「本当じゃとも、しかし、その前にそこのションベン漏らしておる薄汚い小娘は捨てて行け。これが条件じゃ」
ブレドリパの視線の先には水溜りがあった。ミズーリは一瞬だけシラを切ろうかとも思ったが視線の圧力に耐えられず水溜りにそっと手を伸ばした。
すると水溜りが形を変えて傷穴を粘液で塞がれた柊心の姿が映し出された。
「彼女はまだ怪我をしています。何処か休ませられる場所を探してからでも——」
「ダメじゃ。今すぐ捨てろ。弱い者を拾っていくうちにお主はいずれ弱さに押し潰される。強さを求めてやがて目的を履き違えた愚かな輩をワシは数え切れんほど見てきた。お主も片足を突っ込んどる。じゃからこそ今ここで決めろ。弱さを取るか。強さを取るか……じゃ」
ミズーリは一瞬だけ目蓋を閉じて硬い決意の眼差しでブレドリパを見定めた。
ミズーリと柊心の思い出などさしてない。
出会って数日。話した時間だけを見れば知人とも呼べない。他人と称しても構わないほどの仲、
だからこそミズーリは
「勝手な事ばかり言って申し訳ありませんでした。私は心さんを休ませられる場所を探しに行きますのでこれで失礼します」
ミズーリは柊心を背負い頭を下げて降りしきる雨の中
「3ヶ月じゃ」
「——え?」
「3ヶ月ここで待ってる故、小便漏らしの馬鹿娘を安全な場所へ移して尚もワシの手解きを受けたからったら戻ってこい」
待ってる期間が長過ぎる。と、心の中で思うだけに留めたミズーリはいくらか大人なのだろう。
実際に3ヶ月以上待たせても面白いのかも知れないが、生憎とミズーリはブレドリパの気が変わらないうち、半日以内にすぐに戻ってくる。
…
……
数時間後にミズーリはブレドリパの前に姿を見せた。気を失っていたはずのミリアムの姿はそこには無かった。
「お待たせして申し訳ありません」
「思ったよりも早かったのう……さてはもう面倒臭くなって埋葬してきたな?見所のある良き判断じゃ!たむけとしてその墓にネズミの死骸でもバラ撒いでやるとするかのう」
「してません!宿屋で事情を話して安静にしてもらえるようお金を渡しました!」
「カッカッカッ!冗談じゃよ冗談。しかし……ワシの修行は厳しいが……ついて来れるか?」
「——ッ!はい!」
「良い返事じゃ!まずは茶屋でお喋りでもしようかのう!」
「……それも冗談ですか?」
「本気じゃ!」
「もうじき日付も変わりますし、どこも空いてませんよ?」




