第33話 敗走
『——寡欲から連絡が来た。『会いたいのなら今すぐに来い』との事だ。行くぞ』
『何度も交信を無視しておいて今更かい?あのお嬢ちゃんはどうするんだい?死んでるかも知らないけど連れて行くならジャサファが運びなよ』
『言い争う時間も惜しい程に奴は時間にうるさい。1秒でも遅れれば二度と信用されん。確実なる情報が優先されるのは当然。よって今回は了承した』
ジャサファとミリアムは悠々とその場から離れようとした。壁を破壊された音に気付き周囲には野次馬が溢れていようとも気にも止めはしない。
しかしジャサファとミリアムは同時に足を止めた。
お互いが足を止めた理由はそれぞれ別にある。
『何故生きている?魂を剥離し肉体を死滅させたはず……まさか……な』
『どうして雷鋒を纏った奴に触れて平気なんだい……それどころか灰火葬も治っている?……違う、治癒じゃない。再生でもない——まさか罪を……消したってのかい?』
「心ちゃん!大丈夫ですわよ。血はもう止まってますから」
レイラが柊心を覚束ない手付きで介抱していた。その甲斐もあり柊心の血色は良くなっており今や小さな寝息を立てていた。
『ジャサファ、判断をくだしな。場合によっては次の瞬間からあんたは敵だからね』
『?……ミリアムに敵対される覚えがない。意見を聞こう』
『あの子こそ捕まえる。あたいが探していたのはあの子の可能性がある。邪魔するのなら捻れた信仰達も、七つの美徳全員を敵に回しても構わないよ』
『ミリアムにそのような勤勉さがあったとは驚きだ。そして同感でも……ある』
二人がレイラに近づこうとしたところを、
「はい確保お!売買所に忍び込んだ盗人を確保ぉ!衛兵さん!その隣の子も確保だよぉ!」
柊心は手錠をかけられ驚く間もなくレイラにも後ろ手に手錠をかけられた。
「な、ななななんですの?わたくし達なんにもしてませんわよ!それに心ちゃんは腕を幽霊に食べられちゃったんですのよ!」
「言い訳は向こうで聞くよぉ。まったく今日の今日で強盗二組とか……リドヴィアちゃんはどれだけダロス王都の平和を担っているのか……自分にご褒美あげたいねぇ」
「せっかく隊長の奢りで酒を飲んでたのに……」
「しかしこの検挙は俺たちにとって大きな一歩であります。また後日飲み直すであります!」
リドヴィアが連れてきた衛兵によって柊心とレイラは捕まり大衆の面前で連行されて行く。
そして柊心を背負った衛兵が当然の事に気づいた。
「この子……お前の知り合いじゃなかったのか?」
衛兵はつい半日前にリドヴィアと柊心が強盗に襲われかけたと認識している。なのに今は強盗犯がいると酒場まで通報に駆けつけて来た。
「え?……うおっ心ちゃん!?……あ。あー、どうしてわからないかなぁ?あ れ は この子に脅されてたの!リドヴィアちゃんは目で合図してたでしょう?それなのに宝石に目が眩んで——ブツブツ」
「とりあえずリドヴィアも調書を取るからな」
「いやいや、リドヴィアちゃんは大丈夫だから。売買所でなにか盗まれてないか調べなきゃだしぃ」
「それも含めての調書だ。俺だって夜中に働きたくないんだよ」
『これ以上は寡欲を待たせる事になる。ミリアムだけでも先に行っていろ。ここは俺が引き受ける』
『あたいを出し抜くつもりだろう?違うのならここはあたいに任せてジャサファが先に行きなよ』
『……』『……』
『あの子は運がいいんだね……そしてあたいは運が悪い……本当に羨ましくなるよ』
『勤勉さが産んだ賜物という事……か』
ミリアムとジャサファは光に包まれるように姿を消した。
ーー
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柊心を衛兵が背負いレイラはさして抵抗する事も無かったのですんなりと詰め所にたどり着いた。
しかしそこには老齢とは思えぬ程の出立ちをした男がいた。衛兵は老人を知ってはいない。しかしレイラは良く知っている。
「あ、セバス爺」
「お迎えにあがりました」
レイラの言葉に衛兵二人が顔を見合わせた。
セバスと言えばラウンジ家当主の執事からウィルの執事に鞍替えしたという経歴がある。
そして鞍替え理由は確執からではない。
ならば目の前にいる老人はラウンジ家にも顔が効く。
セバスが衛兵二人に頭を下げて静かに顔をあげた。
「迷子のお二人を保護していただきありがとうございます。あとは私目が責任を持ってご自宅までお送りしますのでこちらにお引き渡しください」
「あ、……し、しかしですね。この子らは売買所に忍び込んだと情報が。簡単に引き渡す訳には」
簡単に引き渡す気がないと知るとセバスは懐から紙を取り出し自身の身分証明書を衛兵に見せつけた。
「……貴方達のような非番にも関わらず愛国心に溢れるお方ならば貧民街の警備をも任せられる。——そうラウンジ様に進言しておきます」
「貧民街!?あんな場所に行ったらどんな目に遭わされるか」
「や、やめて下さい。俺たちは職務に則り行動しているだけなのです。」
衛兵二人が怯えた。貧民街の警備など下の下。3年持たずに逃げ出すか水死体に変わるかだ。
貧民街の暮らしに馴染みでもすれば一生浮かび上がることはない。それを衛兵になった者は全員知っている。
「こ、この子達を引き渡せばよろしいのですか?」
質問をしながらも柊心とレイラの手錠を解きそっと背中を押した。一衛兵には厄介ごとが過ぎている。
「このような場所に判断力のあるとても素晴らしい人材が埋もれているのですね。後日改めて挨拶に向かわせてもらいます。それでは失礼」
セバスは柊心の襟首を掴みレイラの手を引き暗闇に消えていった。
「俺たち……どうなるんですか?」
「たぶん明日から無職だな。冒険者でもやるか?」
「いいですねっ!せっかくだから隊長も誘って3人パーティにしましょう!」
「あー……隊長は俺たちの責任取らされるから……どうかな?生きて会えるかな?」
「……隊長可哀想ですね。それと通報してきた商人はどうしますか?この子のせいで俺たち無職になったようなものでしょう?」
目から覇気がなくなった元衛兵二人がリドヴィアを見つめた。二人の眼差しにリドヴィアはハッと身をよじった。
「ひょっとしてひょっとして、リドヴィアちゃん……犯されちゃう流れぇ?」
「どっからそんな思考出て来るから知らないけど、そんな元気ねぇよ。もうお前の調書を取る必要もないからな——はぁ……帰っていいよ」
「貴方は性欲なんてくだらない欲に支配されてない素晴らしい人だねぇ。職に困ったらリドヴィアちゃんがお仕事紹介してあげるから元気出してねぇ」
「今まさに現在進行形で困ってるけどなっ!」
「ないないっ!大丈夫だから希望を持って生きてこぉよお!……そうだっ!リドヴィアちゃんこれから珍しいお酒を貰える予定だから一緒に飲もっか!?美味しいかどうかはさて置き絶対飲んだ事ないお酒だよぉ!」
「酒っ!?飲まずにはいられない!酒場へ行くぞ!」




