第32話 罪業
装填換装を使用した影響なのか溢れ出る血液は口や目鼻に止まらず下半身からも生暖かいものが流れ落ちていく。
不快だった身体が開放感に包まれていくのがわかる。
『準備は整ったのかい?だったら優劣をつけようじゃないか!そしてあたいを楽しませるんだ!』
『楽しませる?』それどころか殺してやるわよ。
幎も宵闇もあたしでは倒せないと言ってたけど……あたしの記憶では7つの美徳はそれ程強いようには思えなかった。
相手が悪すぎるので参考にもなりはしない。
弾丸は——跳弾演舞を使う
あたしが死ぬ前にこの一撃を魂にぶち込んで……あたしが死ぬよりも疾く、12時の鐘と同時に塵にしてやる。
もう一人の男は知らないわ。後の事なんて考える余裕はない。
掴んでいた弾丸がぬるりと滑り落ちた。
「あ……。あれ、どう——して……」
しっかりと掴んでいたはずだしこの局面でこんなヘマをするなんて信じられなくて——
もしも弾丸に意思があるのなら、
もしも弾丸が心を持っているのなら
あたしの手から弾丸が離れるのは当然だった。
他の弾丸も同様、全てがあたしの手からすり抜けるように地面に転がり落ちた。
呆れたようにミリアムがため息をついた。
先程までの楽しそうな顔は一切見えない。
『ッチ……こんな幕切れとはつまらないね。これはあたいに奇跡を使わせた代償だ。贖罪には程遠いがしっかりと支払ってもらうよっ!』
振り下ろされた手刀は綺麗な弧を描き
「ぎ……ぐ ぁあああ!!あぐぅぅうぅ……」
『お嬢ちゃんもあたいの腕を破壊しただろう?お互い様であり、ようやくお嬢ちゃんのことは羨ましくなくなるよ』
あたしの腕をミリアムが掴みとり咀嚼し始めた。
肘を食べるにつれてミリアムから肘が再生され始める。
手を食べるにつれて手が再生され始める。
あたしの腕は……食べられたの?
終わった出来事を考えても仕方ない。
腕を圧迫させて止血を試みる。
しかしミリアムの一連の動作はまだ終わっていない。
腕を食しながら自らを回転させ摩擦により灰色の炎を纏い——
『奇跡の末子様はこれを喰らってもピンシャンしてたが……お嬢ちゃんはどうなんだい?
断滅 灰火葬 』
あたしの防御なんて意味をなさず心臓を狙った刻み突きにより身体はいとも容易く壁を破壊しながら外へとふき飛ばされた。
ミリアムは自身の手の感触を確かめながら頭を乱暴に掻きむしった。そして後ろから今まで何処かに消えていたジャサファがゆっくりと姿を見せる。
『まいったねぇ……しくじったよ』
『殺す勢いで殴っていたな。あれを喰らって生存できるのか甚だ疑問ではある』
『奇跡の末子様を一度は灰にした断滅を放ったんだ。まだ生きているが今更ナノマシンを打ち込んでも回復しないよ。経過につれて弱くなる人間なんて興醒めもいいところだ……それに『人間は殺すな』と言っておいて子供の人間を殺したジャサファもお互い様だろう』
『俺はミリアムの気が散らぬよう邪魔者を排除したまで……だ。あの少女の脳が燃える前に回収すれば済む話しだ』
『あのお嬢ちゃんが灰になるまであと10秒だよ。それと雷鋒を纏ってるからね。触れたら感電爆破するから先に誰かに触らせて……まぁ頑張んなよ』
あたしが燃えている。身体中の細胞が燃えている。
灰に灰に灰になっていく。
ああ、こんなにも簡単にあたしは死ぬんだと今更ながらに実感している。
飛ばされた先であたしの手は血に塗れていた。
あたしの血ではない。とても綺麗な色をしている。
少し隣でレイラが寝ている。
すっかり忘れてたけど待ちくたびれたのかしら?
あたしの身体はもう動かないけど……せめて……
「……レイラ……寝てないで……ここから逃げ——」
「ひゅ——ひぃゅ——」
レイラはうつ伏せで地面に倒れ伏している。
お腹に大きな穴が穿たれていて、あたしとは比にならないほどの血溜まりの上で倒れ伏している。
倒れ伏しているのにレイラの頭は仰向けになっていて浅く短い吐息を何度もしていた。
あたしの血がレイラのであろう血と混じりあった。
雷鋒を纏った血を伝い
「!? あ。 ぁ ぁ 逃げ……あたし から離 れ て……やめ——」
「——」
ボシュリと小さな音を立ててレイラの全身の水分、目玉も含めて破裂して
レイラの遺体、口や耳鼻、毛穴からブスブスと煙が立ち昇り
あたしが内心羨ましいと思っていたレイラの綺麗な白い柔肌は黒焦げになっていた。
どうか……どうか夢であってほしい。
ーーーー
『肉体の死滅及び魂の剥離を確認。柊太郎様の命令を実行。
第一に本体の破壊に対してフェムトセルを再始動』
それはゆっくりと動き出した。
傷や怪我に留まらず身体のみならず破れた衣服すらも完璧に復元し、無垢な姿のまま立ち上がり壁に開けられた穴に目を向けた。
『第二に襲撃者をスキャン——完了。対象をジャサファ・ルイノック並びにミリアム・ジェントのニ体を指定。危険度を最大値のレベル5に設定……訂正。本体の性能を考慮した結果、危険度を最低値のレベル1に再設定。特殊起動条件を設定——クリア』
それは喉を押さえて声を震わせた。
自分に出せる限界を、自分が届かせる限界を今、この瞬間に確認する為に、
『第三に【殲滅の呼び声】を演算——最大出力時、最高条件時5300Km先を射程範囲とする事を確認。
上記に基づき防衛プログラムを構築——完了
迎撃プログラムを構築——完了
殲滅プログラム——完了』
地面には柊心が倒れ伏している。
まだ死んではいないがそれも時間だけの問題。
それは数瞬の思考もなく自身にとって最適解を導き出す。
『3秒後に本体を起動。
3——2———— 神威停止』
自身の唯一治っていない傷を軽く触りレイラは意識を覚醒させた。




