第八十一話「数字に出ない収支」
残り二十二日。
フォルクはその週、三度施療院に通ってきた。
監査の仕上げだという。移送可能と判断した品に印をつけて回る。寝台の脚に、薬研の底に、白い蝋で小さな記しをつけていく。印のついたものは王立救護所へ運ばれる。印のないものは建物とともに処分される。男の手つきには相変わらず迷いがなく、帳面の項目と目の前の品とを一つずつ照らし合わせていった。
テスはその作業の間、自分の仕事をしていた。
廊下を拭き、薬草を干し、ミオの食事の支度をする。フォルクの邪魔はしない。フォルクもテスを気に留めない。二人は同じ建物の中でそれぞれの仕事をして、交わるところはなかった。
昼が近づくとダンテが来た。
中庭の長椅子に腰を下ろし、ゲオルグに包帯を巻き直してもらう。古い傷の手当て。それがこの施療院に通う口実だった。手当てが済むと井戸の水を一杯もらって飲み、長椅子でしばらく日を浴びていた。酒の匂いはしなかった。
フォルクがその様子をちらと見た。帳面から顔を上げて、テスに聞く。
「あの者は、患者ですか。怪我はもう治っているように見えますが」
「治っています。水を飲んで少し座って、帰ります」
フォルクはそれを書き留めなかった。書き留めようがなかった。怪我の治った男が水を一杯飲んで帰る。目録のどの項目にも当てはまらない。男はわずかに眉を寄せて、また自分の作業に戻った。
テスはその横顔を見ていた。
——あなたの帳面には、載らないものですね。
怪我の治った男が水だけ飲んで帰る昼。その昼がこの男に何をしているのか。飲まずに眠れた夜が一つ増えるのか。それは帳面のどこにも書かれない。
午後、フォルクは診察室に入った。
寝台に印をつけ、薬棚に印をつける。その隅に脚の短い椅子があった。子供用の、低い椅子。フォルクはそれをしばらく見ていた。目録にない。寸法も用途も記載がない。帳面をめくって確かめても、やはりない。
「この椅子は、移送の対象ですか」
その椅子にミオが座っていた。
少女は膝を揃え、手を膝に置いてフォルクを見上げていた。逃げなかった。前のように薪小屋の陰へ隠れもしなかった。ただ座ったまま、知らない男を丸い目で見ている。フォルクはその視線に気づいて、一瞬、言葉を止めた。
九歳の少女が椅子に座っている。
帳面には住み込み二名、としか書かれていない。その二名のうちの一人がいま目の前で、低い椅子に腰を下ろしている。男はその光景をどう記載すればいいのか、わからない様子だった。寸法を測る目が少女の上で定まらない。
「……あとで」と、フォルクは低く言った。「あとで、伺います」
椅子に印はつけなかった。
男は診察室を出て廊下へ戻った。けれどその足が戸口でわずかに止まった。振り返りはしない。何かを置き忘れたような間が一つあって、それから男は次の部屋へ移っていった。
夕方、フォルクが帰る支度をしていると、ゲオルグが薬を調合していた。
老医師の手はその日もよく止まった。乳鉢を持つ指が宙で動かなくなる。フォルクはその手を廊下から見た。三十年薬を作ってきた手。閉鎖の通達が来てから止まるようになった手。男はそれをしばらく見て、何も言わずに目録に戻った。乳鉢には印をつけた。手の止まる時間は目録に載らない。
テスは門までフォルクを見送った。
「滞りなく進んでいます。移送可能な品の選別は、ほぼ終わりました。あとは局長の再計算が出れば、執行の日程が決まります」
「数字は」とテスは言った。「嘘をつきませんね」
フォルクがテスを見た。皮肉でも媚びでもない言い方だった。男はわずかに間を置いて、頷いた。「ええ。数字は」と。続きは言わなかった。
馬車が来た道を戻っていく。
テスは門の内側に立っていた。説得しようとは思わない。水を飲んで帰る男の昼を、椅子に座る少女を、手の止まる老医師を数えてほしいとは言わなかった。数字を信じる人に、数字に出ないものを無理に見せはしない。見たければいつか自分で見る。見たくなければ、見ないままでいい。
厨房の方でミオが芋を洗う水の音がしていた。
テスはその音の方へ歩き出した。今日は何も起きなかった。怪我の治った男が水を飲み、子供が椅子に座り、老医師の手が止まった。帳面に載らない、いつもの一日が暮れていく。
次話:「あの娘、誰かに似ている」




