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悪役令嬢の残り六十日、私は牢獄の精神科医でした  作者: 夜凪 蒼


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第五十七話「ふたりによろしく」

執行の朝。


廊下の先に、光が見えた。


外へつながる扉が、少し開いていた。朝の光が床に細く入っている。その手前に、ライアンが追いついてきて、小さな声で言った。


「エドモンドさんとヴィヴィアンさんが、外の門のところにいます」


遥が止まった。衛兵が少し振り返った。


「中には入れないので……外で待っていると言っていました。あなたが通るかもしれない場所に」


「そうですか」


「——何か、伝えることはありますか」


遥は少し考えた。


「ふたりに、よろしく伝えてください」と遥は言った。「治らなくていい。一人じゃなければ大丈夫だということを、忘れずにいてほしいです」


「伝えます」


「それと——ヴィヴィアンさんに、桃を食べ続けてほしいと」


ライアンが少し、口元を動かした。「伝えます」


「エドモンドさんには——間違えても崩れないということを、これから少しずつ確かめていってほしいと」


「伝えます」


「それだけです」


衛兵が促した。


遥は歩いた。光のある方へ。外の扉が近づくにつれて、朝の空気が流れてきた。冷たかった。でも、昨夜の石床の冷たさとは違う。外の空気の冷たさだった。


エドモンドとヴィヴィアンが外で待っていると聞いて、遥の中で何かが動いた。来なくてよかった、とは思わなかった。来てくれた、ということが大事なことだった。二人が自分でここに来ることを選んだ。それは二人の意志だ。来ようとヴィヴィアンが思い、来ようとエドモンドが判断し、二人で決めた。それがこの二週間の変化の中にある。


最初、ヴィヴィアンはエドモンドに連れられて来た。自分から動いていなかった。今日は二人で門まで来た。ヴィヴィアンが「行こう」と思ったか、エドモンドが「来ないか」と聞いてヴィヴィアンが「行く」と答えたか。どちらでも、それは二人の間で交わされた言葉だ。一方が決めて一方が従う形ではない。最初の頃にはなかった形だ。


ライアンの「伝えます」という言葉を、遥は三度聞いた。毎回の「伝えます」に、少し力があった。ライアンは伝える。それがわかった。


扉の隙間から、少しだけ外が見えた。


空。青い色。


六十日ぶりの空だった。


青い。


それだけのことが、少し遥の胸に触れた。空は変わらなかった。変わったのは自分だ。六十日前にここに来た自分と、今ここを出る自分は、少し違う。何が違うかは、うまく言えなかった。ただ、違う気がした。


六十日前は、一人だった。今日は、外に二人が待っている。廊下にライアンがいる。それだけで、充分だった。六十日前より少し多いものが、今日の遥にはあった。


次話:「石の床が、ぬくい」

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