第五十五話「最後の朝」
執行の朝。
扉が開いた。
ライアンではなかった。別の衛兵が二人。それと、書記のような男が一人。
「アネット・クロイス。本日、執行を行います」
書記の声は、事務的だった。
「わかりました」
遥は立ち上がった。
石床から離れるとき、少しだけ名残があった。六十日間、この石の上に座って、眠って、話した。冷たくて、硬くて、何もない石だった。でも今は、少し違う感じがした。
六十日間、この石の上でどれだけのことが言われただろう。ライアンが「逃げていない感じがする」と言った。エドモンドが「疲れた」と言った。ヴィヴィアンが「私の意見を、言っていいですか」と言った。王が「眠れていない」と言った。誰も、自分の場所では言えなかった言葉が、この石床の上で出てきた。
ライアンが壁に寄りかかって話した石。エドモンドが初めて腰を下ろした石。ヴィヴィアンが両手を膝の上でつないで座った石。王が俯いて見つめた石。この石の上で、何かが言われた。何かが聞かれた。それは消えない。
服を整えた。髪を手で直した。前世の習慣が出た。誰かに会うとき、身だしなみを確認する。
衛兵が鉄格子を開けた。
遥は外に出た。六十日ぶりだった。廊下の石の感触が少し違う。通路が広い。天井が遠い。外の空気が少し動いていた。
体が、少し戸惑っていた。狭い空間に六十日いると、広さに対して体が反応する。足が少しだけ慎重になる。それは前世でも読んだことがある——長期入院の患者が退院するとき、廊下の広さに戸惑うということが。遥が今感じているのは、それと似たものだった。
廊下の松明の火が揺れていた。火が揺れるのは、空気が動いているからだ。外につながっているからだ。六十日間、この牢に外の空気が届いていた。それに気づかなかっただけで、ずっとつながっていた。
廊下の端に、ライアンがいた。
担当ではない時間だったが、来ていた。遥を見た。目が、少し赤かった。
最初に会ったとき、ライアンは壁に背を向けて立っていた。毎夜うなされ、まともに眠れていなかった。今は、廊下に立っていた。眼が合った。何かを言おうとして、言えないまま、ただ遥を見ていた。
三ヶ月前のライアンと今のライアンは、どう違うか。夢にうなされる回数が減り、「軽くなった」と言えるようになった。故郷に帰ることを考え、逃げずにいられるようになった。それは完全な回復ではない。でも今日の廊下に立つライアンは、ちゃんとそこにいた。遥が最後に見るライアンは、そこにいる人間だった。
遥はライアンを見た。
次話:「ありがとう、ライアン」




