第四十八話「賞賛という空腹」
残り一日。
「眠れなくなったのは、いつ頃からですか」
遥が聞くと、王は少し考えた。
「……三十年ほど前だろうか」
「何かきっかけはありましたか」
「側近が死んだ。古い人間が一人減り、また一人減り、今は周りが皆若い。若い者はよく動くが——何も言わない。私が言ったことに、常に賛同する」
「賛同する人間が増えた」
「皆が私を褒め称える。正しいと言う。素晴らしいと言う。だが——」
王が少し止まった。
「だが、満たされない」と遥は続けた。
王が遥を見た。
「……そうだ」と彼は言った。静かな声だった。「賞賛されるたびに、一瞬は満ちる。しかしすぐ、また空になる。次の賞賛を求める。それを繰り返している」
「食べても食べても満腹にならない感覚に似ていますか」
王がわずかに目を細めた。「……そうかもしれない」
「それは、賞賛が足りないのではないです」と遥は言った。「賞賛では埋まらない何かが、空いているのかもしれない」
「何が空いているというんだ」
「私にはわかりません。ただ——賞賛ではない何かを、求めているのかもしれないです」
王の言葉が途切れた。
遥も口を開かなかった。
廊下の外に、夜の気配が来ていた。松明が揺れる音だけが聞こえる。護衛の呼吸が後ろでかすかに動いていた。
「……批判を恐れている」と王が言った。「批判されることが、一番恐ろしい」
「そうですか」
「私が間違えることが——あってはならないことに思える。だから、批判する者を排除してきた。間違いを認めてしまうと、何かが崩れるような感覚がある」
エドモンドと同じだ。
遥は静かに思った。父の言葉を内側に持つエドモンドと、王という立場が作った孤独を内側に持つこの人。構造が似ていた。
エドモンドは父の「確認は二度三度」という声を内側に飼っていた。この王は何を内側に飼っているのか——長年の批判への恐怖が、今や「間違えてはならない」という固定した信念になっている。信念になると、もはや恐怖ではなく、それが当たり前のことになる。当たり前のことを「苦しい」と感じる感覚さえ、薄れていく。
「崩れると思っているものは、何ですか」
「自分だ」と王は言った。
それが今日いちばん正直な言葉だった。
「自分が崩れる」——王がそれを言えたことが、遥には意外だった。権力の中心にいる人間が、「自分が崩れる」という恐怖を持っている。それを口にするには、かなりのところまで来なければならない。三日間でここまで来た。遥の残り時間は明日だけだ。明日、この人はまた来ると言った。来たとして、何ができるかはわからない。でも今夜、「自分が崩れる」という言葉が石床に落ちた。それは消えない。
「自分が崩れる」という恐怖を言葉にできたのは、それを感じているということだ。感じていることを言葉にできた。感じていることを感じていると認識できた。その三段階が揃っている。権力を長く持った人間は、感じていることを感じないようにすることを学んでいることが多い。その人が今日「自分が崩れる」と言えた。それが、三日間の最後の話になった。
次話:「冤罪を知っている」




