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悪役令嬢の残り六十日、私は牢獄の精神科医でした  作者: 夜凪 蒼


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第四十七話「二度目の訪問」

残り一日。


王が来た。三度目だった。


今日は昨日より遅い時間だった。夜に近かった。護衛が少なかった。御側近は一人だけだった。


「……来てしまった」


王が言った。またしても、自分に言い聞かせるような声だった。


「ありがとうございます」と遥は言った。


「礼はいい」と王は言った。でも今日は、それ以上咎めなかった。「昨日は怒って帰った」


「そうですね」


「なぜ怒ったのかが、自分でもわからなかった」


「そうですか」


「……怒りたくなかったが、怒りが出た。それが、腹立たしかった」


遥は少し間を置いた。「何に怒っていたと思いますか」


王は少し考えた。「——お前が、何も欲しがらないことに怒っていたのかもしれない」


「何も欲しがらない」


「恩赦を求めない。命を求めない。権力を求めない。なのに平然としている。それが——理解できなかった」


「そうですか」


「お前のような者は、初めてだ」


「おそらく、状況が特殊なので」と遥は言った。


「処刑を前にしているのに、平気なのか」


「平気ではないです。ただ——今日することがあるので」


「今日することがある、とまた言う」


「あなたの話を聞くことが、今日することです」


王が少し止まった。


「私の話を聞いても、お前には何の得もない」


「得はないです」


「なのに聞く」


「聞きたいから聞きます」


王の視線が遥の顔から壁へ移り、またゆっくり戻ってきた。何かを量っている目だった。怒りではない。遥の言葉を、どこに置くか決めかねているような表情だった。


「——眠れていない」


王が静かに言った。


遥は何も言わなかった。


「三十年ほど、よく眠れていない。夢を見ない。深く眠れない。朝になると疲れている」


三十年。遥はその言葉を静かに聞いた。三十年前に何があったかは聞かなかった。今日は「言いたかっただけ」と王は言うだろう。それでいい。初めて言えた言葉を、理由ごと解体する必要はない。


三十年間眠れていない人の体と心がどういう状態にあるか、遥には見当がついた。慢性的な睡眠不足は、感情の調整を難しくする。些細なことに怒りが出やすくなる。判断が歪みやすくなる。孤独が深く刺さるようになる。表向きは堂々として見える人間でも、内側で何かが少しずつ削れていく。王の口元の両側に刻まれた線は、長年何かを堪えてきた人の線だと思っていた。三十年という数字は、その線に重さを与えた。


「そうですか」


「それだけだ」と王は言った。「言いたかっただけだ」


「聞けてよかったです」と遥は言った。


王の口元が一瞬動いて、止まった。それから、床に向かって短く言った。「……明日も来る」


遥は答えた。「待っています」


王が帰った後、遥は静かに今夜を過ごした。明日は処刑の日だ。王が来ると言った。来るかどうかはわからない。でも、「明日も来る」という言葉が出た。三日間で、「見に来た」という人間が「また来る」と言うようになった。それは変化だ。遥の残り時間はもうない。でも今日、この人は初めて「眠れていない」と口にした。それがすべて。


「眠れていない」と言えた意味を、遥は静かに考えた。眠れないことは弱さではない。でも王の立場では、弱さとして扱われてきた可能性がある。誰かに聞かせる言葉ではなかった。誰かに「それは大変でしたね」と言われるために持ってきた言葉でもない。ただ、言いたかった。それだけの言葉だった。そういう言葉が出てくるとき、その人はまだ誰かに届こうとしている。


次話:「賞賛という空腹」

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