第四十六話「怒りと一緒に去る」
残り二日。
王は午後に来た。昨日と同じ時間帯だった。
扉が開いて、靴音が止まった。護衛と御側近が後方に控える。昨日と同じ配置だった。
「また来た」と王が言った。自分に言い聞かせるような口ぶりだった。
「ありがとうございます」と遥は言った。
「礼を言われる筋合いはない。確かめに来ただけだ」
「何を確かめに」
「昨日のお前の言葉を。眠れているか、という問いが——何のつもりだったのかを」
「気になったので聞きました。それだけです」
「気になった」と王は繰り返した。「私が眠れているかどうか、お前には何の関係もない」
「そうですね」
「なのに聞いた」
「はい」
王が少し動いた。苛立ちを持て余しているような動きだった。
「何者なんだ、お前は。なぜ私が怖くないんだ」
「怖いですよ」と遥は言った。「ただ、あなたが来てくださったのが、うれしかったので」
「繰り返し同じことを言うな」
「本当のことなので」
王が少し間を置いた。「……眠れていない、とは言っていない」
「昨日もそう言っていましたね」
「だから、眠れていないとは言っていない」
「そうですか」
王の口が閉じて、廊下の空気が少し重くなった。
「……なぜ死刑囚が宮廷の者を癒せるんだ」と王が言った。「お前には何もない。権力もない。財もない。なのに、あの貴族の男まで変えた」
「変えたのではないです。話を聞いただけです」
「話を聞くだけで変わるはずがない」
「変わったのは、エドモンドさん自身です。私は何もしていない」
「何もしていないのに変わるのか」
「するなら——話を聞いたとき、批判されなかった。否定されなかった。それが初めての経験だったんだと思います」
王の顎がわずかに引かれた。言葉を押し戻すような動きだった。
今日の間は、重い。遥はそれを崩さなかった。
「——何が言いたいんだ、お前は」
「何も言いたいことはないです」と遥は答えた。「ただ話を聞きたいと思っています」
「私の話など聞いても仕方ない」
「そうですか」
「仕方ない、と言っている」
「そうですね」と遥は静かに言った。「でも、聞きたいと思っています」
王の顔が、少し歪んだ。怒りだった。今日初めて、はっきりした怒りが出た。
「——帰る」
短く言って、王は向きを変えた。今日の靴音は荒かった。廊下を速く歩いた。扉が閉まった。
遥は一度、目を閉じた。
怒りが出た。それは、何かが動いた証拠だ。
ライアンが最初に遥に怒ったのは、三週間目だった。そのとき遥は「これは前進だ」と思った。怒れるということは、感情が動いているということだ。感情が動いているなら、何かが届いている。今日の王の怒りも、そういうことだった。
前世でも、治療の途中でこういう怒りが来ることがあった。静かに来て、静かに話して、ある日突然「なぜこんな話をしなければならないんだ」という怒りが出る。それは退行ではない。むしろ、本音に近いところに触れている証拠だ。王は今日「話を聞きたい」と言われることに怒った。聞いてもらいたい気持ちと、聞いてもらえるはずがないという信念が、ぶつかっているときに怒りが出る。
遥は目を閉じたまま、松明の火が弾ける音を聞いていた。明日も来るかもしれない。残り二日——来るなら、来ればいい。
次話:「二度目の訪問」




