第四十三話「どんな気分だ」
残り三日。
「私の話を聞く、とは何のことだ」
王の声に、少し鋭さが加わった。
「あなたが来てくださったので、話を聞こうと思いました」
「私は聞かせに来たのではない。見に来た」
「見に来た」
「処刑を控えた囚人が、宮廷の者を癒しているという話が耳に入った。どういう手を使ったのか、確かめに来た」
「手は使っていないです。話を聞いただけです」
「話を聞くだけで、あの几帳面なエドモンドが変わるはずがない」
「変えたのは私ではないです。エドモンドさん自身が変わったんです」
王が少し間を置いた。遥の言い方が、期待と違ったようだった。否定もしない、謝罪もしない、怯えもしない。
「……お前は、何者だ」
「アネット・クロイスです」
「反逆罪の囚人が、私の前で平気な顔をしているのは何故だ」
「怖くないわけではないです」と遥は言った。「ただ、今日ここであなたに会えたことが、少し嬉しかったので」
「嬉しい」
「はい。来ていただいたことが」
王がわずかに眉を動かした。この反応は想定外だったようだ。蔑まれると思っていた。あるいは命乞いが来ると思っていた。嬉しい、という言葉は計算に入っていなかった顔だった。
「……ふん」
王が少し体を動かした。帰ろうとしているようだった。でも足が動かなかった。
遥は動かなかった。松明の脂が弾ける音が、廊下の奥まで届いていた。
前世でも、こういう人に会ったことがある。「もう来ない」と言って帰ったのに、次の週に何事もなかったように戻ってくる人。足が向いてしまう、という経験は、自分でも気づかない何かが動いているときに起きる。理由を言葉にできない。でも体が知っている。王の足が止まったのも、そういうことだと遥は思った。
「お前が癒した、というのは何をしたんだ」
「話を聞きました。その人が今どういう状態にいるかを」
「それだけで人が変わるのか」
「変わる、というより——自分で気づく、という感じです」
「何に気づくんだ」
「自分が何に苦しんでいるかに。一人でいると、気づかないままのことがある。話すことで、形が見えてくる」
王の口が閉じた。何かを飲み込んだような、不自然な止まり方だった。
時間が伸びた。松明の火が一度大きく揺れて、また戻った。
護衛と御側近が、少し後ろで動いた。そろそろ、という空気だった。でも王は動かなかった。
「……苦しんでいるか」と王が静かに言った。
誰に言ったのか、わからない声だった。
遥は答えなかった。
「苦しんでいるか」という言葉は、誰かに向けた問いではなかった。自分に向けた言葉が、外に漏れた——そういう声だった。王という立場の人間が、そういう声を出す場所は少ない。いや、ほとんどない。誰もが正しいと言い、誰もが賞賛し、誰も「それは違う」と言わない場所に長くいると、自分の声が自分に届かなくなる。今日、ここで少し届いた。
遥は遥で、答えなかったことを確かめた。あの言葉に答えを返す必要はなかった。問い自体が出てきたことが、大事だった。「苦しんでいるか」という自問は、苦しんでいることをどこかで知っている人間から出る言葉だ。知っていなければ、問わない。この人の中に、何かが残っている。
次話:「眠れていますか」




