第四十一話「王の来訪を待つ夜」
残り四日。
夜中に目が覚めた。
理由はない。ただ目が開いた。石床が冷たい。体を起こして、壁に背を預けた。
明日、来るかもしれない。
来ないかもしれない。でも、来ると思う。ライアンの話と、廊下の空気から察するに、もう調整の段階に入っている。
遥は暗がりの中で、王について考えた。
ライアンが言ったこと。自分が優位であることを確認しに来る。怒ると場の空気が変わる。声が大きい。
自己愛性パーソナリティ障害の特徴と重なる。
確定はできない。でも、傾向として。自分が特別で優れているという感覚。批判への極端な敏感さ。共感の乏しさ。賞賛への強い欲求。それが長年にわたって機能していると、権力と結びついて、ますます固定される。
王という立場は、自己愛的な人間にとって最高の環境かもしれない。周りがすべて賞賛する。批判が来ない。
ただ——それは後天的に形成されたものかもしれない。生まれたときから王として育てられた人間と、途中から権力を持った人間とでは、形成の仕方が違う。この国の王がどういう人かを遥は詳しく知らない。ライアンの断片的な言葉だけだ。「自分が正しいと思っている方」「怒ると場の空気が変わる」——そこからわかるのは、今の状態だけで、どこからそうなったかはわからない。
でも、その人は孤独だ。
賞賛で動いている人間は、本当の意味でつながれない。賞賛をもらったとき、賞賛した相手ではなく、賞賛された自分が見えているから。
十二歳で即位した王の話は、遥は断片的にしか知らない。幼くして権力を持った者の孤独は、また別の種類だと思う。批判を学ぶ前に、批判が危険なものだと学んだかもしれない。成長の途中で、誰かに「違う」と言われる経験が消えていったかもしれない。そういう環境に長くいると、「違う」と言う声が世界からなくなっていく。自分の内側の声も含めて。
眠れているだろうか。
遥は少し、頭の中で問うた。権力の中心にいる人間の眠りは、どういうものだろう。
明日、聞いてみようと思った。
怖くはなかった。来るなら、来ればいい。遥は六十日のうちの残り四日を、どうするかだけを考えていた。
前世のクリニックで、初診の患者を待つときのことを思い出した。どんな人が来るか、何を抱えているか、事前の情報だけで判断しないようにしていた。来てみたら違う人だった、ということも多かった。王についても同じだ。ライアンの言葉から想像した輪郭は、あくまで想像だ。実際に来て、話してみなければわからない。来るかもしれない王に対して、遥は構えるのをやめた。ただ待つだけにした。
前世で学んだことの一つに、権威のある人間との面接は普通の面接と違う準備がいる、という教えがあった。向こうが上の立場だから萎縮する、という逆のことも起きるし、遥のように「それほど怖くない」と感じることもある。今の遥にとっては、立場の差より、その人の状態の方が気になっていた。来ても来なくても、今夜できることをするだけだ。
ライアンの咳は、もうほとんどしなくなっていた。今夜も静かだった。
松明が揺れる音だけが、牢の中にあった。
次話:「王の靴音」




