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悪役令嬢の残り六十日、私は牢獄の精神科医でした  作者: 夜凪 蒼


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第四十話「ありがとう、という声」

残り五日。


エドモンドが来て、「ありがとうございました」と言った。


いつもより深く頭を下げた。ヴィヴィアンも隣で頭を下げた。


「お礼はいいです」と遥は言った。「二人が来てくれたことの方がありがたかった」


「そういうわけにはいかない」とエドモンドは言った。「私は——本当に、来る前と今では、見えているものが違います」


「どう違いますか」


「ヴィヴィアンの表情が見えるようになりました。前は見ていなかった。もっと正確に言えば、見ることを怖れていた。見ると、確認しなければならないことが増えると思っていた」


「今は」


「見ることができます。今朝も、ヴィヴィアンが少し疲れているように見えて、声をかけました。昨日はよく眠れたか、と」


「なんと答えていましたか」


ヴィヴィアンが口を開いた。「少し眠れなかった、と正直に言えました。前は大丈夫と言っていたと思います」


「そうですか」


「エドモンドが心配するかと思ったんですが——」


「心配しましたが」とエドモンドが続けた。「ヴィヴィアンに何を確認しなければいけないか、ではなく——何が辛かったのかを聞きました」


「どうでしたか」


「少し楽だった気がしました」とヴィヴィアンが言った。


二人の間に、今日は別の空気が流れていた。


最初に二人を見たとき、エドモンドが確認し、ヴィヴィアンが合わせ、その輪が回っていた。今日は二人の間に少し違う動きがある。エドモンドがヴィヴィアンを見て声をかけ、ヴィヴィアンが正直に答え、エドモンドがその答えを確認ではなく問いとして受け取った。その順番が変わっていた。


「残り五日で来られなくなります」と遥は言った。「最後に、一つだけお願いがあります」


二人が遥を見た。


「覚えておいてください」と遥は言った。「治らなくていい、ということを。行き詰まったとき、一人でなければ続けられる、ということを」


「……忘れません」とヴィヴィアンが言った。


エドモンドが頷いた。「忘れません」


遥は二人の顔を見た。


二人とも、少し違う顔をしていた。何かが変わった後の顔だった。


「ありがとうございました」と遥は言った。


二人が少し驚いた顔をした。遥から礼を言われるとは、思っていなかったようだった。


「こちらの言葉です」とエドモンドが静かに言った。


二人が帰った後、遥は今日の会話を一つずつ拾い直した。エドモンドがヴィヴィアンの表情を見るようになった。ヴィヴィアンが「少し眠れなかった」と正直に言えた。エドモンドが確認ではなく問いとして返した。それぞれは小さいことだ。でも三週間前の二人には、どれも起きていなかったことだ。遥がいなくなった後も、この変化は残る。それが遥の仕事だった。


次話:「王の来訪を待つ夜」

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