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悪役令嬢の残り六十日、私は牢獄の精神科医でした  作者: 夜凪 蒼


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第三十一話「一人でいるヴィヴィアン」

残り九日。


ヴィヴィアンが一人で来た。


「エドモンドには言っていないんですが」と彼女は言った。「今日一人で来てもいいですか」


「もちろんです」


ヴィヴィアンが床に座った。初めて自分から、先に床に座った。それが遥には少し嬉しかった。


最初に来たとき、彼女はエドモンドの後ろに立っていた。次に一人で来たとき、両手を膝の上でつないでいた。今日は自分から床に座った。小さな変化だ。でも、場に自分を置く仕方が、少しずつ変わっている。


ヴィヴィアンは伯爵家の三女として、二人の姉と比べられて育ったと聞いた。そういう育ち方をした人間は、自分から行動することを躊躇いがちだ。目立つことが安全でなかった経験が、大人になっても体に残る。今日、その人が自分から床に座った。それは小さな「自分が決めた」という行動だった。


「エドモンドから、話したと聞きました」と遥は言った。「昨夜」


「はい。驚きました。エドモンドがあんなふうに話すことは、なかったので」


「どう感じましたか」


「私のせいで苦しかったと思って、謝りたかったです。でも——エドモンドに謝ると、今度はエドモンドが私を気遣いすぎて、また確認が増えるのではないかと思って、謝えませんでした」


「それはよく気がついていますね」


「気がついていたのに、言えなかったということですが」


「いや——その判断は、ヴィヴィアンさん自身の意見です。エドモンドさんへの影響を考えた上での行動です。それは、ヴィヴィアンさんの意志による選択だと思います」


ヴィヴィアンが少し間を置いた。「……私が、自分で考えて行動した、ということですか」


「そうです」


「いつもエドモンドの判断に合わせている、と思っていたんですが」


「全部ではないと思います。意見を引っ込めることもある。でも、昨日はヴィヴィアンさんが判断して、謝らないことを選んだ」


ヴィヴィアンはしばらく黙った。


「自分がどう思っているか、ということを——あまり考えてこなかったかもしれないです」と彼女は言った。「エドモンドがどう思うか、の方が先に来ていて」


「それはいつ頃から」


「……子供のころから、だと思います。実家が厳しかったので。母の機嫌を損ねないように、ずっと気をつけていて。それがそのまま、大人になっても続いているような」


「自分より、周りを先に気にする」


「はい。そうしていると、楽なことも多かったので」


「楽なこともあった」


「はい。決めなくていいので。何かが起きても、自分のせいではなかった。でも——」


ヴィヴィアンが少し止まった。


「でも」と遥は繰り返した。


「残るものがある、と先日言いましたが。その残るものが、最近大きくなっている気がします」


「それは何だと思いますか」


ヴィヴィアンはしばらく考えた。「……自分がいなくなっていく感じ、かもしれないです」


遥は何も言わなかった。ただ、聞いていた。


「自分がいなくなっていく感じ」——その言葉が出てきたということは、まだそこに「自分」はいる。小さくなっているだけで、いなくなってはいない。


次話:「私は、どうしたいのか」

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