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悪役令嬢の残り六十日、私は牢獄の精神科医でした  作者: 夜凪 蒼


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第三十話「それは誰の言葉ですか」

残り十日。


翌日、エドモンドは穏やかな顔で来た。


昨日の荒れた空気は、なかった。むしろ少し、静かになっていた。


「昨日は取り乱してしまいました」


「取り乱してはいなかったですよ」と遥は言った。「自分の本音が出てきた、という感じでした」


「……そうですか」


エドモンドが少し間を置いた。


「昨日帰ってから、考えていました」と彼は続けた。「変われない、と言いましたが——本当にそう思っているのか、という話です」


「どうでしたか」


「私が変われない、というのは——父に言われた言葉に近い気がして」


遥は少し止まった。「どういうことですか」


「父はよく『お前は変われない、根性がない』と言っていました。子供の頃から。それが今も頭の中にあって、私が自分で言っているのか、父の声なのか、わからなくなっていた」


「それは誰の言葉ですか」


遥が聞いた。


エドモンドが少し黙った。


前世でも、この問いは使っていた。「それはあなたの声ですか、それとも誰かの声ですか」。親の言葉、先生の言葉、かつての上司の言葉——それらが内面化されて、自分の内なる声になってしまっている人が多い。自分に厳しいのではなく、誰かの厳しさを抱き続けている。その違いに気づくことが、一つの入り口になる。


「……父の言葉だと思います」


「そうですね」と遥は言った。「エドモンドさんが変われないと思う根拠は、今のエドモンドさんには関係ないかもしれない」


「関係ない」


「子供の頃の父の言葉が、今もエドモンドさんの中で動いている。でも、それはエドモンドさん自身の評価ではない」


エドモンドは少し時間をかけて、その言葉を受け取った。


「……昨日、帰ってからヴィヴィアンに少し話しました」


「どんなことを」


「確認が止まらないのは、自分でも苦しかったと。それを言ったことが、なかったので」


「言ったんですね」


「はい。ヴィヴィアンが驚いていました。苦しかったことを、知らなかったと言って」


「ヴィヴィアンさんはどうしていましたか」


「……泣いていました。私のせいで苦しかったのかと思ったと言って。私もそんなつもりはなかったと言って」


前世で学んだことがある。「苦しかった」と打ち明けると、相手も「私もそうだった」と言えることがある。こちらが隠している間は、相手も隠していた。エドモンドが「苦しかった」と言ったとき、ヴィヴィアンに何かが届いた。それが二人の間で初めて通ったやりとりだった。


「二人で話せたんですね」


「久しぶりに、長く話しました」


遥は少し、胸の中が動いた。


「よかったです」と言った。


「あなたのおかげです」


「エドモンドさんが話そうとしたんです。それはエドモンドさんの行動です」


エドモンドが少し黙った後、「……私はまだよくわかっていないですが」と言った。「続けていいですか」


「もちろんです。残り十日、来てください」


エドモンドが帰った後、遥は静かに今日を振り返った。十日前、「妻を診てほしい」と来た男が、昨日「疲れました」と言い、今日「ヴィヴィアンに話しました」と言いに来た。変わるには十分な時間があったとは言えない。ここから先のことは、遥にはわからない。ただ、二人が久しぶりに長く話した、という事実がある。それは、この十日間にあったことだ。


次話:「一人でいるヴィヴィアン」

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