第二十七話「消えていく意見」
残り十二日。
ヴィヴィアンが一人で来た日があった。
今日はエドモンドが仕事で来られない、とライアンを通じて連絡があった。ヴィヴィアンだけが来た。
「一人で来られたんですね」
「……エドモンドが、来てもいいと言っていたので」
「そうですか。いらしてくれてよかったです」
ヴィヴィアンは少し安心したような顔をした。でも、エドモンドがいないことで落ち着かない様子もあった。どこかに視線が彷徨う。自分の判断で行動することに、慣れていないようだった。
遥は、ヴィヴィアンの手が膝の上でつながれているのに気づいた。エドモンドと来たときも同じだった。両手を膝の上でつなぐのは、落ち着くための行動でもあるが、「自分を小さくする」姿勢の現れでもある。場に自分の存在が多すぎてはならない、と体が覚えているような姿勢だ。
「今日は、ヴィヴィアンさん自身のことを聞かせてください」
「私自身の」
「はい。エドモンドさんのことではなく、ヴィヴィアンさんが最近どう感じているか」
ヴィヴィアンは少し間を置いた。「何を話せばいいのか……よくわからないです」
「好きなものはありますか」
「好きなもの」
「食べ物でも、景色でも、なんでも」
ヴィヴィアンが少し考えた。「——果物が好きです。秋の、桃が好きです」
「そうですか。甘いものが好きなんですね」
「はい。でも、エドモンドが糖分を控えてほしいというので、最近はあまり」
「控えているんですか」
「はい」
「ヴィヴィアンさんは、食べたかったですか」
「……食べたかったですが、体に良くないのは確かですし」
「エドモンドさんの意見に同意して、控えているんですか。それとも、ヴィヴィアンさんも食べたくないと思っていますか」
ヴィヴィアンが少し止まった。
「……どちらかというと、控えることは嫌ですが。でも、エドモンドがそういうなら」
「エドモンドさんがそういうなら、ヴィヴィアンさんの気持ちはどこに行きますか」
ヴィヴィアンが黙った。今日の沈黙は、少し重かった。
「……消える、と思います」
「消えるんですね」
「はい。意見を言おうとして、でも言っても仕方ないかと思うと、消えてしまいます」
「言っても仕方ない、というのはなぜですか」
「エドモンドは変わらないので。言っても変わらないなら、言わない方が楽で」
「楽、というのは」
「争いたくないというか。私が黙っていれば、事が進みます。波風が立たない」
遥は頷いた。「ヴィヴィアンさんが意見を持っているのは、わかります。それを引っ込めるのは、賢い方法に見えるかもしれないけれど——ヴィヴィアンさんには、どうですか」
「どう、とは」
「引っ込めることで、何かが楽になりますか。それとも別のものが残りますか」
ヴィヴィアンが少し間を置いた。「——残るものがあります。うまく言えないですが」
「今日、ここで言えなくても大丈夫です。ただ、残るものがあることは、わかりました」
ヴィヴィアンの目が、わずかに揺れた。
意見を消して生きてきた人が、「残るものがある」と言えた。それは小さいようで、大きいことだ。消えないものがあると認識すること——それが、自分の感情を「あってもいいもの」として扱う最初の一歩になる。ヴィヴィアンは今日、エドモンドなしに来て、自分の言葉を少し話した。エドモンドがそういうなら、という言葉で自分を消す回数が、今日は昨日より少しだけ少なかった。
次話:「ふたりで作った牢獄」




