第二十六話「不安の形」
残り十三日。
「不安の正体を、少し探れますか」
遥が聞いたのは翌日だった。
エドモンドは床に座っていた。昨日から、自分から床に座るようになっていた。それだけで、何かが変わっていた。
「不安の正体」
「何が起きると、確認したくなりますか。出かける前だけですか」
「いいえ。書類を提出する前にも。ヴィヴィアンに何か頼んだ後にも。人と話した後にも——言ったことが正しかったかどうか、が気になります」
「話した後に」
「はい。言い間違えていたのではないか、相手を不快にさせていたのではないか」
「今この会話でも気になっていますか」
エドモンドが少し止まった。「……はい。今も少し」
「何が気になっていますか」
「私の話し方が、あなたに失礼に見えていないかどうか」
遥は少し間を置いた。「失礼には見えていないです」
「そう言ってもらっても、少ししたらまた気になります」
「そうですね。そういう仕組みだとわかりました」
エドモンドは頷いた。「なぜ、そうなったんでしょう」
「絶対的な答えは出せないです」と遥は言った。「ただ——失敗することへの恐怖が、人より強い人がいます。完璧でなければならないという感覚が、強くある人が」
「完璧でなければならない」
「それはどこから来たか、少し教えてもらえますか」
エドモンドが黙った。今日の沈黙は長かった。
「父が——厳しい人で」とエドモンドが言った。「間違えることを、非常に嫌っていました。書類の誤字一つでも、叱責された」
遥は静かに聞いた。来た、と思った。確認行動が十代に始まったなら、その前に何かがある。子どもが「間違えてはならない」と深く学ぶのは、間違えたときの経験が繰り返されたときだ。叱責が一度や二度でも形成されることはあるが、何年も続いた場合、体の奥まで刻まれる。
「子供のころから」
「はい。失敗したとき、父が黙って見る、という表情があって……その表情が、今も怖いです」
「今も父の表情が怖い」
「実際には、もう父は……三年前に亡くなっています。でも」
遥は何も言わなかった。エドモンドが続けた。
「今も書類を見るとき、父が後ろで見ているような感覚があります。馬鹿にされる、と思う。そうすると、何度も確認します」
「そうですか」
「——おかしいですか」
「おかしくないです」と遥は静かに言った。「亡くなった父の目が、まだそこにある。それはとても辛いことだと思います」
エドモンドが少し、目線を落とした。石床を見た。指先が、止まった。
今日、指先が止まったのは初めてだった。
三年前に亡くなった父が、まだ書類の後ろに立っている。その話を、エドモンドは誰にもしていなかったと思う。几帳面だと見られ、有能だと見られ、仕事ができると評価され——その内側で、見えない父の視線を浴び続けてきた。今日その話を、石床に座りながら遥に話した。指先が止まった。おそらくエドモンド自身も気づいていない。でも遥には見えた。話すことで、何かが少しだけ、外に出た。
次話:「消えていく意見」




