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悪役令嬢の残り六十日、私は牢獄の精神科医でした  作者: 夜凪 蒼


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第二十四話「あなたも座ってください」

残り十五日。


エドモンドが今日も来た。一人で来た。


遥は鉄格子の前に座っていた。椅子などない。床に直接。エドモンドは立ったまま、話し始めた。


「昨日ヴィヴィアンと話しました。牢から帰った後に。最近家でどう過ごしているか、聞こうとしたんですが——どうも私の聞き方が尋問のようになっていると、彼女に言われて」


「尋問のように、というのはヴィヴィアンさんの言葉ですか」


「はい。そんなつもりはないのに、と思いました。ただ情報を確認したかっただけで」


遥は黙って聞いた。エドモンドが少し動いた。足が一歩動いて、また戻る。部屋の端まで行って、戻ってくる。歩きながら話している。


「あなたも座ってください」


遥は言った。


エドモンドが止まった。振り返って遥を見た。


「床に?」


「床に。椅子はないので」


しばらく間があった。エドモンドが、床を見た。石床だ。貴族が座る場所ではない。でも遥は促すわけでも退くわけでもなく、ただ座っていた。


エドモンドが、ゆっくりと床に腰を下ろした。遥と同じ目の高さになった。


侯爵家の長男が石床に座るのは、それなりの決断だったと思う。体裁を守ることを、少しだけ後回しにした。遥はその行動を大事に受け取った。人が変化するときの入り口は、こういう小さな「いつもと違うこと」の中にある。


「——こんなところに座ったのは初めてです」


「そうですか」


「変な感じがします」


「どういう感じですか」


「下から見ると、天井が高く見えますね。こんなに高かったのか、と」


「そうですね」と遥は言った。「立っているときと、見える景色が変わります」


エドモンドは少し黙った。遥も黙った。


廊下の外で何かの音がした。エドモンドの手が、反射的に膝の上で動いた。でも今日は、すぐ止まった。


その動きを、遥は見ていた。不安のシグナルに対して手が動いた。でも止まった。自動的な反応を、意識的に止めた。小さいけれど、それは意識が働いているということだ。変化が動き始めるとき、こういう小さな「止まれた」が先に来ることが多い。


「……私は、尋問していたわけではなかったんですが」


「そうだと思います」と遥は答えた。「でも、ヴィヴィアンさんにそう感じさせてしまった」


「それが問題なんですか、私が」


「問題というより——エドモンドさんは、情報が不揃いだと不安になる。だから確認する。その繰り返しが、相手には尋問に見える」


「情報が不揃いだと不安」


「はい。それは、あなたのせいではないです。ただ、そういう状態にある」


エドモンドは少し下を向いた。石床を見ていた。


「……苦しい、と言いましたね。先日」


「はい」


「苦しいのかもしれないです」と彼は静かに言った。「思っていたより」


それが今日の、いちばん大事な言葉だった。


「苦しい」と言えるようになることは、回復の入り口の一つだ。苦しさを認識できなければ、変わる理由が生まれない。エドモンドは今まで、自分の確認行動を「几帳面さ」として処理してきた。苦しさではなく、性質として。だから変えようとは思わなかった。今日、「苦しいのかもしれない」という言葉が出た。そこから何かが変わりうる。


次話:「止まらない確認」

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