第二十二話「妻の話だという男」
残り十七日。
「妻を、診てもらえますか」
三日目、エドモンドが言った。
「妻さんのことは聞いていますが」と遥は答えた。「エドモンドさん自身はどうですか」
「私は——特に問題はないと思っています」
遥は少し間を置いた。
「確認の話をしてくださいましたね。鍵の確認が止まらない、という」
「あれは……まあ、多少気になる性質というだけで」
「確認した後も不安が収まらない、というのは、多少気になる、という程度を超えているかもしれません」
エドモンドが黙った。
遥は続けた。「苦しくないですか」
「……苦しい、とは思っていませんでした」
「思っていなかった」
「他の人もそうだと思っていました。几帳面なだけだと」
「几帳面と、止められない確認の間には、差があります」
エドモンドは少し俯いた。両手の指先が動く。今日は昨日より顕著だった。この話題になると、指先が動く。
「妻を診てほしいというお気持ちはわかります」と遥は言った。「ただ、エドモンドさん自身も、少し話せませんか。今日でなくてもいいです」
「私が、精神的な問題があると言いたいんですか」
「問題という言い方をするつもりはないです。ただ、苦しいことがある、とは思います」
エドモンドはしばらく黙っていた。遥は急かさなかった。否定もしなかった。ただ、そこにいた。
「……妻が、私の言うことを聞かない、とずっと思っていました」
ゆっくりと、エドモンドが言った。
「でも、昨日話してから——私が言っていることは、多すぎるのかもしれないと、少し思いました」
「多すぎる、というのは」
「確認の回数が。指示の細かさが。妻が聞かないのではなく、妻が対応できないほど私が細かいのかもしれない、と」
自分を見始めている。
前世でも、こういう瞬間は必ずあった。「相手の問題だ」と思って来た人が、話すうちに「自分も何かを変えているかもしれない」と気づく瞬間。それは誰かに指摘されて気づくのではなく、自分の言葉が自分に返ってきて気づくものだ。遥が何かを言ったわけではない。エドモンド自身が話して、自分で辿り着いた。
遥は静かに受け取った。
「そう思ったのは、昨日話してからですか」
「はい。以前は考えたことがなかった」
「そうですか」
「……これは、私の問題ですか」
「問題というか——エドモンドさんが苦しい状態にある、ということです。妻さんも、それぞれの苦しさがあると思います」
エドモンドは少し間を置いてから、「妻も連れてきていいですか」と言った。
「はい、ぜひ」
エドモンドが帰った後、遥は今日の会話を振り返った。「妻を診てほしい」と言ってきた人が、三日間で「私も関係しているかもしれない」という場所まで来た。それは速い変化だ。エドモンドには、何かを誠実に考える力がある。几帳面さはそのまま、自己観察の力として働きうる——遥はそう感じた。問題は、その力が今まで「自分の正しさの確認」の方向にしか働いていなかったことだ。妻との間に何があるかは、まだわからない。ただ、明日は妻の声を聞ける。
次話:「ヴィヴィアンの声」




