第二十一話「エドモンドという人」
残り十八日。
エドモンドは翌日も来た。
遥は少し驚いたが、表情に出さなかった。昨日は初日だったので話を聞くだけにした。今日は少し、エドモンド自身のことを探れると思っていた。
「昨日はありがとうございました」
エドモンドは礼儀正しく言った。正確に言えば、礼儀正しさが少し強張っていた。正しい言葉を選ぼうとして、それに少し力がかかっている印象だった。
「またいらしてくださって、ありがとうございます」
「……続けて聞いていただいた方がいいかと思って。話が途中でしたし、帰宅してから整理したいこともあって」
「整理」
「はい。昨日話したことで、確認したいことが出てきて」
遥は頷いた。帰宅後に話を整理して、確認事項を持ってくる。これは几帳面な性質の表れかもしれないし、あるいは話したことを反芻して、もっと正確に伝えたいという欲求かもしれない。前世でも、几帳面な患者ほど「先週言ったことを確認したいのですが」と手帳を開いて来ることがあった。几帳面さ自体は問題ではない。問題になるのは、確認することが安心のためではなく、不安を和らげるための手段になったときだ。
「確認したいことというのは」
「妻が、その——私の言うことを聞かない、ということです。最近、返事はするのに行動が伴わないことが多くて」
「行動が伴わないというのは、具体的にはどういうことですか」
「例えば、書類の整理を頼むと、はい、と言うのに翌日になっても終わっていない。夕食の時間を伝えると、わかりました、と言うのに五分遅れる」
「それが続いていますか」
「ずっとそうです。改善しない。私が何度言っても」
遥は少し考えた。「エドモンドさんは、それが怖いですか」
「怖い?」
「変わらないことが、不安になりますか」
エドモンドは少し止まった。予想していない問いだったようだ。「……不安というより、困ります。物事が計画通りに進まないと、なぜうまくいかないかを考え続けてしまって」
「考え続ける」
「はい。理由がわからないと、気になって仕事にも集中できなくなります。確認が増えます。書類も何度も見直して……そうすると時間がかかって、また別のことが遅れて」
なるほど。
遥は静かに聞いていた。
妻の問題ではなく、エドモンド自身が話していた。妻のことを話すつもりで来て、自分のことを話し始めている。それに気づいていないようだった。
「確認が増えるというのは、書類以外でも」
「……最近は、扉の鍵もそうで。何度確認しても、また確認したくなります。出かける直前に戻って確認するので、妻に心配されます」
「戻ってもまだ不安になりますか」
「なります。確認した瞬間は安心するのに、少し経つと……また確認したくなる」
「それは苦しいですね」
エドモンドが、わずかに表情を変えた。苦しい、という言葉を、誰かに言われた経験がなかったような顔だった。
これまでの人生で、おそらくエドモンドの確認行動は「真面目さ」「几帳面さ」として見られてきた。侯爵家の長男として、父から「確認は二度三度」と育てられた人間が、大人になって宮廷で土地登記や課税台帳を扱えば、誰もそれを問題とは言わない。むしろ有能とされる。しかし当人の内側では、確認のたびに安心できず、また確認したくなり、確認しても不安が残る——その循環が続いている。それを「苦しい」と言ったのは遥が初めてだったかもしれない。
遥は相手の目を、静かに見ていた。
次話:「妻の話だという男」




