表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の残り六十日、私は牢獄の精神科医でした  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/24

第二十一話「エドモンドという人」

残り十八日。


エドモンドは翌日も来た。


遥は少し驚いたが、表情に出さなかった。昨日は初日だったので話を聞くだけにした。今日は少し、エドモンド自身のことを探れると思っていた。


「昨日はありがとうございました」


エドモンドは礼儀正しく言った。正確に言えば、礼儀正しさが少し強張っていた。正しい言葉を選ぼうとして、それに少し力がかかっている印象だった。


「またいらしてくださって、ありがとうございます」


「……続けて聞いていただいた方がいいかと思って。話が途中でしたし、帰宅してから整理したいこともあって」


「整理」


「はい。昨日話したことで、確認したいことが出てきて」


遥は頷いた。帰宅後に話を整理して、確認事項を持ってくる。これは几帳面な性質の表れかもしれないし、あるいは話したことを反芻して、もっと正確に伝えたいという欲求かもしれない。前世でも、几帳面な患者ほど「先週言ったことを確認したいのですが」と手帳を開いて来ることがあった。几帳面さ自体は問題ではない。問題になるのは、確認することが安心のためではなく、不安を和らげるための手段になったときだ。


「確認したいことというのは」


「妻が、その——私の言うことを聞かない、ということです。最近、返事はするのに行動が伴わないことが多くて」


「行動が伴わないというのは、具体的にはどういうことですか」


「例えば、書類の整理を頼むと、はい、と言うのに翌日になっても終わっていない。夕食の時間を伝えると、わかりました、と言うのに五分遅れる」


「それが続いていますか」


「ずっとそうです。改善しない。私が何度言っても」


遥は少し考えた。「エドモンドさんは、それが怖いですか」


「怖い?」


「変わらないことが、不安になりますか」


エドモンドは少し止まった。予想していない問いだったようだ。「……不安というより、困ります。物事が計画通りに進まないと、なぜうまくいかないかを考え続けてしまって」


「考え続ける」


「はい。理由がわからないと、気になって仕事にも集中できなくなります。確認が増えます。書類も何度も見直して……そうすると時間がかかって、また別のことが遅れて」


なるほど。


遥は静かに聞いていた。


妻の問題ではなく、エドモンド自身が話していた。妻のことを話すつもりで来て、自分のことを話し始めている。それに気づいていないようだった。


「確認が増えるというのは、書類以外でも」


「……最近は、扉の鍵もそうで。何度確認しても、また確認したくなります。出かける直前に戻って確認するので、妻に心配されます」


「戻ってもまだ不安になりますか」


「なります。確認した瞬間は安心するのに、少し経つと……また確認したくなる」


「それは苦しいですね」


エドモンドが、わずかに表情を変えた。苦しい、という言葉を、誰かに言われた経験がなかったような顔だった。


これまでの人生で、おそらくエドモンドの確認行動は「真面目さ」「几帳面さ」として見られてきた。侯爵家の長男として、父から「確認は二度三度」と育てられた人間が、大人になって宮廷で土地登記や課税台帳を扱えば、誰もそれを問題とは言わない。むしろ有能とされる。しかし当人の内側では、確認のたびに安心できず、また確認したくなり、確認しても不安が残る——その循環が続いている。それを「苦しい」と言ったのは遥が初めてだったかもしれない。


遥は相手の目を、静かに見ていた。


次話:「妻の話だという男」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ