第十九話「従兄弟がいるらしい」
残り二十日。
「実は、従兄弟に話してしまいました」
ライアンが言ったのは朝だった。少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「話した?」
「あなたのことを。牢屋に死刑囚がいて、その人と話すようになっていて、最近眠れるようになったという話を」
遥は少し驚いたが、驚きを表情に出さなかった。「それはいいんですよ。誰に話してもいいです」
「でも……従兄弟が、会いたいと言っています」
「私に?」
「はい。その……従兄弟は宮廷に勤めていて、貴族で。あなたのことを聞いて、興味を持ったようで」
遥は少し考えた。
「ライアンさんはどう思いますか」
「私は——複雑な気持ちで。あなたと話せる時間が減るのは、少し惜しい気がして。でも、従兄弟も最近しんどそうで」
「しんどそうというのは」
「……妻との関係が難しいと言っていました。妻が問題だと思っているようで。ずっと悩んでいるみたいで」
「そうですか」
遥の中で、少し歯車が回った。妻が問題。でも悩んでいる。そのパターンは——ある種の人間が、自分の問題を相手の問題として見る構造に似ている。
「従兄弟さんのお名前は」
「エドモンドといいます。エドモンド・ファルクです」
遥はその名前を、静かに繰り返した。エドモンド・ファルク。貴族で、妻との関係に問題があって、しんどそうで、ライアンの従兄弟。情報としてはそれだけだ。でも、ライアンが「しんどそう」と言ったことは重要だった。ライアン自身が三週間前まで、自分がしんどいとも気づいていなかった。そのライアンが「しんどそう」と感じた人間は、おそらく相当なところにいる。
「そのかたが来たいと言っているなら、来てもらえますか。ここに来られるかどうかはわかりませんが」
「……牢の面会は、手続きがいるんですが。従兄弟なら通せると思います。あの人は顔が利くので」
「では、来られたら会います」
ライアンは少し安心したような顔をした。「あなたが嫌でなければよかった。こちらから押しつけるようなことをしてしまって」
「押しつけではないです。むしろありがたい」
「……あなたは本当に、不思議な人ですね」
「よく言われます」
ライアンが静かに笑った。今日で四度目だ。
夜、遥は壁に背を預けながら、考えた。
ライアンが人に話した。自分のことを。回復の実感を。それは大きな一歩だ。治療の中で「誰かに話した」という行動は、自分の変化を外に出したということだ。外に出すことで、変化は固定される。「あの人に言った」という事実が、自分の回復の証拠になる。
そして、従兄弟に話すことで、ライアンは「戻れる場所」を作り始めている。今まで誰にも言えなかった人間が、一人に話せた。次に、別の一人に話せた。そうやって、少しずつ世界との繋がりを作り直していく。それは、治療の場を超えて続いていく変化だ。遥がいなくなった後も、続いていく変化。そのことが、遥には何よりも大事だった。
よかった。
扉の外から、かすかに夜風の音がした。
次話:「扉の向こうの声」




