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悪役令嬢の残り六十日、私は牢獄の精神科医でした  作者: 夜凪 蒼


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第十五話「前世の話でいいですか」

残り二十六日。


「前世の話を、少し聞いてもいいですか」


ライアンが言ったのは夕方だった。遥はすこし驚いて、それから頷いた。


「どんなことを聞きたいですか」


「……精神科の医者というのは、どういう仕事なんですか。話を聞くだけですか」


「話を聞くだけ、ではないですが、話を聞くのが仕事の核心にあります」


「話を聞いて、どうするんですか」


遥は少し考えた。「聞きながら、その人が今どういう状態にいるかを把握します。それで適切な方法を提案したり、薬を使ったりする。でも最終的には、その人自身が変わっていくのを支えるのが仕事です。こちらが変えることはできない」


「……その人自身が変わる」


「はい。私が何かをするのではなく、その人の中にある回復する力を、じゃまにならないように支える」


ライアンは少し黙った。


「じゃあ私は、自分で変わっているんですか」


「そうです」


「あなたは何もしていない、ということ?」


「聞いています」と遥は言った。「でも話したのはあなただし、変わったのはあなたです」


ライアンはその言葉を、少し時間をかけて受け取った。


「……そういう仕事を、なぜやろうと思ったんですか」


遥は少し考えた。正確に思い出せるかどうか、自分でも定かではなかった。


「誰かの話を聞くことが、苦じゃなかったんだと思います。それと——学生のころ、身近に苦しんでいた人がいて。その人の話を聞けなかったことが、ずっと引っかかっていて」


「聞けなかった」


「どう聞けばいいかわからなかった。何を言えばいいかわからなかった。だから何も言えなかった。その人はある日、姿が見えなくなって……それ以来です」


「……わかります」


ライアンが言った。静かだった。


「言えなかったことが残る感覚は、わかります」


「ええ」


二人は少しの間、黙っていた。同じ種類の残り物を持つ者同士の沈黙だった。違う理由で、違う形で。でも何かが重なっていた。


遥には、前世の記憶がある。その学生のことを、今でも思い出す。名前は言わない。でも顔は覚えている。どんな声をしていたかも、覚えている。姿が見えなくなった後、遥は長い間、何かを聞けなかったことを引きずっていた。どう聞けばよかったのか、何を言えばよかったのか、何も言えないまま黙っていたことは正しかったのかどうか。その答えは、今でも出ていない。出ないかもしれない。でも、その引っかかりが、精神科医になった理由の一つだった。誰かの言葉に耳を傾けることを、仕事として続けることを、選んだ理由の一つだった。


その経験が、遥の医師としての軸になっていた。「何も言えなかった」という後悔は消えない。でも、消えない後悔を持ちながら、次の人のそばにいることはできる。それが前世の遥の選んだ道だった。ライアンが「言えなかったことが残る感覚はわかります」と言ったとき、遥には自分の話をした気がした。


「あなたが医者をしてよかったです」とライアンが言った。


遥は少し、胸が動いた。


「ありがとうございます」


「……変なところで言いましたね」


「変なところです。でも嬉しかったです」


ライアンがまた、口の端を少し上げた。今日で二度目だ。笑い方を、少し思い出している。


次話:「精神科医という話」

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