第九話「なぜ聞くんですか」
残り三十八日。
「なぜ聞くんですか」
ライアンがそう言ったのは、夕方のことだった。唐突ではなかった。何日か、胸の中にあったのだろうと思う。
この問いが来るだろうとは、遥も予想していた。信頼が生まれ始めたとき、人は必ず「なぜあなたは私に関わるのか」と問う。それは疑念ではなく、確認の問いだ。関わる理由を知って、受け取ってもいいかどうかを判断しようとしている。前世のクリニックでも、通院が続いた患者からこの問いが来たことがあった。そのたびに遥は、できるだけ正直に答えようとしていた。
遥は少し考えてから答えた。
「聞かずにいられないんです。職業病と言いましたが、本当にそういう感じで」
「でも、私の話を聞いたところで、あなたには何の得もない」
「そうですね」と遥は認めた。「得はないと思います」
「……なのに、なぜ」
遥はしばらく黙った。うまく説明しようとする必要はない。でも、ちゃんと答えたかった。
「ただ、聞きたいんです。あなたが今どんな状態にいるのかを、知りたいんです。それに、あなたが話してくれると——なんというか、ここにいることが少し違う質感になります」
「質感」
「六十日、石の床にいるわけですから。話せる人がいるというのは、ありがたいことです」
ライアンが少し黙った。遥の答えが予想と違ったのか、返す言葉を探している様子だった。
「あなたのためになっているかどうかは、正直わかりません」と遥は続けた。「話してもらって、それで何かが変わるかどうかも。ただ聞いています」
「……それだけ?」
「それだけです」
また沈黙。今日の沈黙は、不快な質ではなかった。ライアンが何かを処理している沈黙だった。
「あなたは……死刑囚なのに」
「そうです」
「怖くないんですか」
遥は少し考えた。「怖い、という感覚はあります。ただ、今ここでできることを考えていると、怖さを考える時間があまりない感じです」
「……変な人だ」
「よく言われます」
「それは同じことを繰り返して言ってもしかたないでしょう」
遥は笑いそうになって、口元を引き締めた。ライアンが珍しく、少し軽い声で言った。責めているわけではないような、からかいとも違うような、微妙な声だった。
「あなたが話してくれるから、私も話せます」と遥は言った。「それだけは確かです」
ライアンは何も言わなかった。
でも今日の立ち方は、少し違った。剣の柄から手が離れていた。腕が、体の横に自然に下りていた。張り詰めた姿勢ではなく、ただ立っている姿勢だった。
緩んでいる。
わずかな変化だけれど、確かな変化だった。
夜になって、遥は今日の会話を振り返った。ライアンが問いを持ってきたこと。それ自体が、進展だった。なぜあなたは私に関わるのか。その問いは、関わりを受け取ってもいいかどうかを確かめようとしている問いだ。
答えは伝わっただろうか。
わからない。でも遥は嘘をつかなかった。それだけは確かだった。
次話:「眠れた、という朝」




