57話 そしていざダンジョンへ 6
転送陣から出た俺たちを迎えた光景。それはあたり一面に広がる……墓、墓、墓。
薄暗い風景が広がるこの第11階層。そこには無数の墓が聳え立つ光景だった。
今にも墓の下から手でも出てきそうな雰囲気漂うこのエリアは正直に言って薄気味悪いとしか言いようがない。今この瞬間にでもバイオなハザードが始まってしまいそうだ。
「あー、不味い。このエリアは非っ常に不味い。不味いったら不味い」
「何が不味いのだマイフレンド。まったくもって平気そうにしているように見えるが?」
そう、俺は別に平気なのだ。地球にいた頃もバイオなハザードは結構やったし、実況動画もいろいろ見てる。まあリアルで見たことはないからどんだけグロいんだろうかと思わなくもないが、まあ多分大丈夫だろう。問題は……。
「ガタガタブルブルガタガタブルブル……」
「あーやっぱりこうなったか……」
きつく目を閉じながら俺の背中にしがみついてマンガみたいに震える1人の女の子。彼女こそ俺の大事な幼馴染の愛梨その人である。
可愛らしい容姿にメリハリのある体。性格も良く料理も上手で成績だってもちろん良い。そんな完全無欠に見える彼女の弱点。それは……ホラーだった。
昔まだ小学生だった頃、俺の家でバイオなハザード2をプレイしているとき、序盤のガンショップでの衝撃的なシーンがトラウマとなってそれ以来ゾンビどころか幽霊等のホラー全般がダメになってしまったのだ。
「とまあこんな感じだから15階層を突破するまで愛梨は戦闘に出れない。俺たちだけで何とかするぞ」
「それはいいのですけど融お兄さん、愛梨お姉ちゃんは大丈夫なんですか?」
「このエリアを抜ければ元に戻るだろ。ウィオも安心してくれ」
俺たちは【標の光】の指す方向へと歩き始める。愛梨が背中にしがみついているので非常に歩き辛いがまあ戦闘に支障はないからまあいいか。スライムの体に感謝だな。
5分ほど歩くとようやく敵が現れた……いや、地面から出てきた。
地面のいたるところから突き出た手、手、手。いづれも生きてる人間とは思えない土色の肌を持ち、例外なくどこかが腐敗している。
やがて呻き声を上げながら地面から這い出た彼等彼女等はいたるところが腐敗し、一部が白骨化している者もなどバリエーション豊かであり、ある者は眼球が零れ落ち、ある者は腸がはみ出ている。またある者は割れた頭から脳みそが零れかけていた。もうまごう事なきゾンビ軍団大集合である。誰かハンドガン持って来て。
「――――#$%&+*?@¥&#@ーーっ!!」
声にもならない悲鳴を上げた愛梨はより一層力をこめてしがみついてくる。
「とりあえず、見た目も悪いから早いとこ始末するか」
「そうですね、私もちょっと臭いが酷くて……。獣人には厳しい状況です」
「ふむ、レディを怖がらせる不逞の輩は早々に成敗せねばならんな。このギュスターヴの剣の錆にしてくれる!」
ううーっ、と呻き声を上げながらゆっくりと前進してくるゾンビ共。生きている人間を妬むかのような声には怨嗟や憎悪が込められているようにも聞こえる。
近寄ってくる足音が徐々に大きくなってくる。構図で言えば大軍のゾンビVS俺たち4人。うち1人は恐怖で戦闘に参加できないと来てる。
多勢に無勢、普通ならあっと言う間にゾンビに群がられて喰い散らかされて彼等の仲間入りをするところなんだろうが、強力な剣士であるギュスターヴに、火や風の魔法を操るウィオ、物理攻撃が一切聞かない俺たちの敵ではない。
ゆっくりと包囲を狭めてくるゾンビを迎撃しようとした時、ついに愛梨の恐怖が臨界点を突破した。
「ぃやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!」
劈く様な悲鳴を上げた愛梨の突き出した右手に光が集まってくる。白い輝きが収束していき、限界まで集められた光は極太のレーザーとなってゾンビの群れへと放たれた。
GYAAAAAAAAAAAAっ!!
光の奔流に飲み込まれたゾンビ共が断末魔の悲鳴を上げる。光の属性を持つレーザーはゾンビの腐った体を塵の1つも残さず消滅させていく。
ゾンビを滅ぼす極光に恐れをなしたのか、運よく光に飲まれなかったゾンビが後ずさっていく光景が見える。理性のないゾンビでも本能は残っていたようだ。
やがて徐々に光は終息していく。光りの後には余波でやや抉れた地面とゾンビ共のドロップアイテムだけが残っていた。
「愛梨お姉ちゃん……物凄い威力です……」
「うむ……並大抵の威力ではないな。ゾンビはおろか上位種のグールすらも直撃すれば消滅か」
どうやら上位種もいたようだが愛梨の魔法の前では無力だった様だ。
とりあえずしがみついている愛梨は魔法を放って若干落ち着いたのかパニックは落ち着いたようで、再び俺の背中に顔を埋めて震えている。
碌に動けそうもないので体を引き伸ばしてドロップアイテムを回収しようかとも思ったが、万が一ゾンビの魔石なんぞ回収して間違って融合なんざした日には俺があの極光の餌食になるに違いない。それだけは全力で勘弁願いたい。
「とりあえず道は出来たし、ゾンビが怖気づいてる間にさっさと――ん?」
不意に視界の隅に何かが映ったのに気がついた。
なんかぼんやりとした人型のシルエットがフラフラとこっちにやってくる。手に該当する部分には槍のような物が握られていた。
「なんだあれ? 槍持った幽霊?」
「恐らく【ファントムスピア】っていう槍の魔物です。魔力で近くのゴーストを操って自身を使わせるそうです。本体である槍を破壊しない限りゴーストはいくらでも補充されるみたいです」
「なるほどな。ギュスターヴ、いけるか?」
「任せたまえマイフレンド。対処法さえ分かれば倒すのは容易そうだ」
自信満々で剣を構えるギュスターヴ。彼はすぐさま武技を発動しファントムスピアとの距離を詰める。
猛然と襲い掛かってくるギュスターヴに対して敵もただやれるわけにはいかないのか槍を構えて迎撃の姿勢と取った。
本来剣と槍とではリーチの長い槍のほうが圧倒的に有利である。それは剣の間合いの外から一方的に攻撃が出来るからだ。
だがギュスターヴはその不利をものともせずに斬り掛かり、10合もしない間にファントムスピアの本体である槍を叩き斬った。
ファントムスピアは槍の魔物。操ったゴーストに自身を使わせることは出来ても、使いこなさせることは出来なかったようだ。
ファントムスピアのドロップ品は魔石と鉄の穂先だった。俺は穂先を【無限胃袋】へと仕舞うと、残った魔石を一息に飲み込んだ。
『魔石の摂取を確認。【融合】を実行します』
もう聞きなれたアナウンスが頭の中に響く。
『【融合】が完了しました。スキル【変幻自在】のリストに【ファントムスピア】が追加されました』
「よし、無事に融合も完了したしっと。ウィオ、ギュスターヴこっちに来てくれ」
2人を呼び寄せると俺はすぐに巨大な鳥の姿へと変身した。言わずと知れたスラッシャーホークである。
「乗ってくれ。地上を歩いて行ったんじゃ愛梨の精神と魔力が保てそうにないから空から行くぞ」
「なるほど。ゾンビたちは空を飛べませんからね」
すでに背中の羽毛に顔を埋めるようにしがみついている愛梨の傍にウィオが陣取り、同じ様に顔を背中の羽毛に埋めて感触を楽しんでいる。
「それでマイフレンド、私はどうすればいいのだ?」
「ん? ああ、お前には特等席を用意してある。きっと眺めがいいはずだぞ」
「眺め? それはいったい……」
「こういうこと……さっ!」
ウィオと愛梨を背に乗せた俺はギュスターヴを置いて空へと舞い上がる。
地上に取り残されてポカンとしているギュスターヴの姿に笑いがこみ上げてきたが何とか我慢し、空中で大きく宙返りをすると勢い良くギュスターヴ目掛けて滑空する。
「ちょ、ちょっと待てマイフレンド! まさか特等席とは……!」
「そのまさか、だよ!」
「やはり私は地上を――ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!!」
鋭い爪を持つ両足でギュスターヴの左右の肩をがっしりと掴み、そして滑空した勢いを殺さないように再び空中へと舞い上がった俺は、【標の光】が指し示す方向へと向かって全力で飛び始めた。
正直どんよりと薄暗い空間と下は墓場とゾンビやスケルトンの大集合。以前ウィオを乗せて飛んだ時の爽快感なんて一切ないが、まあ仕方ないだろう。ギュスターヴの悲鳴も聞こえるが仕方ないだろう。
そんなこんなで飛んでは階段で降りて飛んではまた階段で降りてを繰り返し、今まで1階層突破するのに1日掛かっていたところ、なんとたった1日で15階層の階層主の部屋まで辿り着いた。
やはり徒歩よりも早いうえ、空は邪魔が入らないのが一番の要因だろう。ギュスターヴが恨みがましそうな目で俺を見るが気付いていない振りを貫き通す。何か言って来たら「ウィオか愛梨にしたほうが良かったか?」と聞けば何も言わなくなるだろう。そういう奴だギュスターヴは。だからこそ協力してるんだが。
「さて、ここを突破すればようやくこの辛気臭い階層からおさらばだ。準備はいいか?」
「はい、いつでも大丈夫です!」
「任せたまえ! 階層主にはいろいろ溜まっていたものを吐き出させてもらおう」
やる気満々の2人に対し、未だ愛梨は俺の背にしがみついたままだ。まあそれもこの階層が終われば元に戻るだろうし、大丈夫だろ。
「よし、それじゃあ行くぞ!」
扉を押し開いて階層主の部屋へと侵入する。薄暗いのは相変わらずだが今までのように乱立する墓はなく、ただ広い更地が広がっていた。
少し歩くと部屋の中心部に怪しく光る魔方陣が展開され始める。揺らめく光は徐々にその明るさを増しているのにもかかわらず、眩しいという感じはない。ただただ不気味なのだ。
はじめに朽ちた王冠のような物が見え始め、それを乗せているのはどうやら骸骨。肩から昔は豪奢であっただろうマントをなびかせた骸骨は、胸辺りまで出てくると喋り始めた。
「フハハハ、良くぞここまで来た冒険者よ。だが貴様等の命運はここで尽きる。なぜならこのリッチである儂率いる死者の軍勢が「イヤアァァァァァァァァァッ!!」あわびゅっ!?」
どうやら死者の軍勢という言葉に反応したのだろう。悲鳴を上げる愛梨から再び放たれた極太の極光が口上途中かつ未だ上半身しか出ていないのリッチを体を呑み込む。
光が収束した後、残されたのはようやく魔方陣から出てきた足だけ。その足もリッチが死亡しているためかすぐに砕け散り、魔石と漆黒のマント転がっていた。何処となく魔石が物悲しげに光って見えたのは気のせいだろうか……。
「う……うん、まあ、おつかれ」
「はい……おつかれさまです」
「うむ……おつかれ……」
言いようのない空気が漂う。
今回の階層主、俺達3人は何もしていない。というかボスすらも何もさせてもらえなかった。ボス自身まさか口上の途中で殺されるとは夢にも思わなかっただろう。まるでネタの途中で切られる芸人のような扱いだ。
そして一番の功労者兼無慈悲な監督(笑)の愛梨は未だに俺の背中で震えてる始末。
「とりあえず先進むか……」
「「そうですね(だな)」」
ドロップ品を回収し俺たちは転送陣へと向かう。とりあえずリッチの魔石は融合しないことにする。理由は前にも言ったが、パニクった愛梨の極光に呑まれるのは勘弁願いたいからだ。間違いなく即死するし。




