49話 そして貴族にからまれて
「なにあれ? 生きてる……よね?」
「たぶんな」
あまりに突然の出来事に俺達は唖然としている。
それもそうだろう何せマンガのよう吹っ飛んで地面をバウンドした挙句に壁に叩きつけられてズルズルと地面に落ちているのだ。地球だったら良くて重症最悪死亡だろう。
にも拘らず吹っ飛ばされていた張本人は店から飛び出してきた護衛らしき男達の手を借りる事無くむくりと起き上がる。あれだけ盛大に吹き飛ばされていたはずなのに、服が多少汚れた程度で当の本人には傷一つ無く、元気一杯に喚き始めた。
「貴様! この私を誰だかわかっての暴挙なのか!? 私は栄えあるアルカンロイド教国において伯爵の位を賜っているカルトロ・フォン・ゲオルギウスが第一子、ギュスターヴ・フォン・ゲオルギウスだぞ!」
どうやら彼はトレイズの街から見て北にある宗教国家【アルカンロイド教国】の貴族らしい。その体は運動を得意としていないのかはたまたしていないだけなのか分からないが太っており、贅肉の鎧を全身に身に纏っている。
「いくらこの街が中立だからと言ってこの私に対する暴挙は……」
文句を垂れている途中、ギュスターヴが不意にこちらへと顔を向ける。そしてその目が愛理とウィオを捉えた瞬間彼の口から出ていた文句は一瞬のうちに止まり、何事もなかったように立ち上がると服についたほこりを払い太った体つきが嘘のような速度で俺達、もとい愛理とウィオの傍までやってきた。
「やあ美しいお嬢さん、そして可愛らしい小さなお嬢さん。初めまして、私はギュスターヴ・フォン・ゲオルギウス。お気軽にギュスターとその可憐な口で呼んでいただければ幸いだ。どうだろう? お近づきの印にこの街の喫茶店でお茶でも。ああ、もちろん支払いは私が持たせてもらうよ」
さっきまで散々鍛冶屋に向かって文句を飛ばしていた事人間とは思えないほど紳士的に振舞うギュスターヴ。太っているのに輝く白い歯のおかげでさわやかに見えるから不思議だ。
醜態を晒していた本人とはとても思えない変わり身の早さにある種の感動を不覚にも覚えてしまう俺。
そして声を掛けられている愛理とウィオは突然の事態にどう反応していいのか分からず唖然としていた。
その間もギュスターヴの口からは愛理とウィオに対する歯の浮くようなセリフが絶え間なく溢れ出ている。
さすがにそろそろ助けないとマズイか。
俺はギュスターヴの褒め言葉の濁流に晒されている愛理とウィオを守るように両者の間に割って入った。
「そろそろいい加減にしてもらおうか貴族様よ。俺の愛理とウィオが困惑しっぱなしだろうが」
「ん? なんだね君は。僕と彼女達の愛の語らいの邪魔をしないでくれたまえ」
「語らいじゃねぇよ。お前さんが一方的にまくし立ててるだけだろうが」
俺がギュスターヴから二人を庇うようにして立ち塞がったのが功を奏したようで、再起動した二人、愛理は俺の腕を握り、ウィオは俺の服の裾を掴んだ。
「ふむ、なるほど。どうやら彼女達は君のほうがいいらしい。ここは大人しく引き下がるとしよう」
「「「へ?」」」
そう言ってあっけなく引き下がるギュスターヴに俺達は呆気にとられる。ここは異世界の貴族のテンプレ通り権力を笠に着て無理矢理二人を連れて行こうとする場面じゃなかろうか。
「随分簡単に引き下がるんだな。普通は持ち前の権力で無理矢理連れて行こうとするもんじゃないのか?」
「ああ、確かに中にはそういった貴族も多いね。むしろほとんどだ。だけどそれでは私の理想が叶うことは絶対にないからね」
「理想ですか?」
「そう、私の理想だよリトルレディ。私の理想はね、すべての女性は幸せになるべきだと思っているのだよ。だから私は彼女たちを無理矢理連れて行くことはしない。彼女たちの幸せは君といることのようだしね。逆に、君が彼女たちを無理矢理奴隷として引き連れているのだとしたら、私はどんな手を使ってでも君から彼女たちを助け出し共に幸せを探すだろう」
キリっと自分の理想を語るギュスターヴは男の俺から見てもかっこよかった。太ってさえいてもかっこいいのだから細身だったら更にかっこいいのだろう。
よく見れば顔に余分な肉がついてるが整っている。どう見てもイケメンの素質ありです。
「ところで君たちはなぜここに? もしかして私と同じでドボルザク師に剣を打ってもらいにきたのかい?」
「ああ、愛理の装備を一新しようと思ってな」
「私もね、当代最高の鍛冶師と歌われるドボルザク師に剣を打ってもらいに来たのだがね、ついつい目の前の花に目が行ってしまっていつもの調子で声を掛けたら殴り飛ばされてあの様さ」
肩をすくませて伊達男風に語るギュスターヴ。
「(こいつは女がいたら口説かずにはいられないのか?)ドボルザクってのは女なのか?」
「いや、ドボルザク師はいたって普通のドワーフ族だよ。私が声を掛けたのは彼の孫娘さ」
「その孫娘に声掛けてぶっ飛ばされた直後にお前はウィオと愛理を口説いたってのか? おまえさん、節操って言葉知ってるか?」
「節操? 知っているとも! 貴族たるもの様々な知識を身に着けているのは当たり前のことだからね。だがそれ以上に……可憐な女性を目にして口説かないのは、女性に対する冒涜だと私は思っているのだよ。女性達が美しいのは彼女達の努力の賜物。男ならばそれを褒め称えるのは当然の義務だ!」
「お、おぅ……」
あまりに力強く熱弁するギュスターヴに思わず頷いてしまう。いや、なんか賛同しなきゃいけないって気持ちにさせられてしまって……。ギュスターヴ、恐ろしい子!
「融ちゃん、そろそろ……」
「ユウお兄さん……」
俺にしがみついていた二人が服の裾を引っ張る。二人ともまだ警戒の色が若干残っているのはいきなり口説かれたからだろうか。
ついついこいつの勢いやらなんやらにつられてついつい話が続いてしまったがそろそろ当初の目的を果たすとしよう。
「っと、そろそろ俺達は行くぞ。早いとこ愛理の装備を整えたいからな」
「おおすまんすまん。私としたことがレディ達を立たせたままにしてしまうとは不甲斐無い。それでは行こうか」
そう言ってギュスターヴは歩き出す。俺達がこれから向かおうとしているドボルザク師の工房へと向かって。
「ほら、ドボルザク師のところに行くのだろう? そんな所に立っていないで早くしたまえ」
「は? お前も来るの?」
「当たり前だろう? 先程も言ったが私の目的はドボルザク師に剣を打ってもらうためだからな」
「はぁ、まあいいけど。また孫娘口説いてぶっ飛ばされるなよ? こっちまでとばっちり喰らったら堪ったもんじゃない」
「ハハハ! それは約束しかねるな! 言っただろう? 目の前に可憐な華がいたら褒め称え口説くのは男の義務だと!」
高らかに笑うギュスターヴの姿に諦めながら俺達はギュスターヴ(とその護衛)の後をついて行く。と言っても俺達がいた場所は工房のすぐ近く。あっと言う間に俺達は工房の扉の前へと辿り着いた。
閉じられた木製の扉の奥からは金属に金属を叩きつけるような音、たぶん鍛冶作業をしているであろう音が聞こえてくる。
「さて、今度こそ本来の目的を果たすとしよう!」
バン!と音を立てて勢いよくギュスターヴが木製の扉を押し開ける。
「さあ再び私が来たぞ! 今度こそ私の剣を打ってもらおうか!!」
「うるせぇ! 二度と来んなっつっただろうが!!」
「フン甘いわ!」
開いた扉の奥から飛んでくる怒声。そしていきなり体を捻って何かを回避するモーションをとる俺の目の前のギュスターヴ。太った体からは想像もできないほど華麗なモーションだ。
「へ?」
そして……ギュスターヴの頭があった場所を通過し俺の眼前へと物凄い勢いで迫る猛回転するハンマー。
「(あ……ダメだこりゃ。避けらんね)」




