35話 そして誤解は膨らんで
「お前ら退けぇーー!!」
俺の声に気づいた村の男達が一人の男の指示で一斉に下がり村の入り口を固める。基本的に短絡的な思考しか出来ないゴブリン達はこれ幸いと耳障りな鳴き声をあげながら村の入り口へと攻め込んだ。空から迫る俺に気づかないまま。
もっとも物理攻撃の一切効かない俺の襲撃に物理攻撃しか出来ないゴブリンが気づいていたとしてもその結果はまったく変わらない。警戒されて多少面倒になるだけだろう。
俺は【変幻自在】のスキルを使い以前取り込んだ【フライングブレイド】の体を両手から作り出し握り締める。本来なら腕ごと変化させればいいのだが流石に事情を知らない他人に見せるわけにもいかないだろう。魔物扱いされでもしたら堪らんしな。
「おらぁぁ!」
二体のゴブリンを着地のついでに踏み潰し絶命させ、それと同時に振りぬいた両手のロングソードを振り抜き更に二体のゴブリンを仕留める。
首を刎ね飛ばされたゴブリンも上半身と下半身を斬り分けられたゴブリンも醜い笑みを浮かべ自分が殺されたことに気づかないまま死に、周囲のゴブリンは突如降ってきた人間に仲間を殺され呆然としていた。
俺はゴブリン達が呆然として動きを止めたのをいい事に更に剣を振るう。手近な所にいるものからその首を刎ね、胴体を横に、あるいは縦に斬り裂き、また別のゴブリンにはその醜い顔に剣を突き立てる。
「グギャギャギャ!!」
更に何体もの仲間を殺されようやく正気に返った弓を持ったゴブリンがあげた鳴き声で他のゴブリン達も我に返る。先ほどまでは村の入り口を執拗に攻め立てていたゴブリン達も村を攻めるのをやめ、群れの中心で暴れる俺へと向かって一斉に踊りかかってきた。
とはいっても所詮はゴブリン。奈落で戦った【ブレイドモンキー】や【フライングブレイド】に比べればその速度は圧倒的に遅く、力も【アイアンゴーレム】とは比べ物にならないほど弱い。
ゴブリンの脅威を強いてあげるとすればその数だが、それでもオークが複数襲ってくる時の脅威に比べればどうと言うことはない。物理的にも精神的にも。
「こっちから近づく手間が省けた……なっ!」
いの一番に飛び掛ってきたゴブリンを両断する。その後も次々と飛び掛ってくるゴブリンを順番に斬り伏せ死体へと変えていった。
「なんなんだあの人は……」
「急に空から降って来たと思ったら次々とゴブリン共を倒して……。しかもあれだけの数のゴブリンを相手にしてるのに一切怪我をしてない」
「ああ、きっと高ランクの冒険者なんだろうな」
村を攻め立てるゴブリンがいなくなり余裕が出てきたのか村の男達は入り口を固めたまま観戦モードになっている。まぁ一緒に戦うと言われても色々困るからありがたいと言えばありがたいか。
「あ、危ねぇ、矢が!」
「!?」
村の男達の叫び、矢というキーワードに慌てて弓持ちゴブリンへと振り返る。次の瞬間俺の目に飛び込んだのは眼前まで迫った一条の矢だった。
「ああっ!」
「グギャギャギャギャ!」
顔に矢が突き立ち仰け反った俺の姿に村の男達からは絶望の声が、そして矢を撃ったゴブリンからは勝利を確信したのだろう歓喜の声があがる。
「グギャ?」
歓喜が伝播しゴブリン達全員が歓声を上げる中、仰け反った俺が一向に倒れないのを不思議に思ったのか一体のゴブリンが近づいてくる。死んでいるかの確認をしようとゴブリンが手に持った棍棒を振りかぶった瞬間ゴブリンの首が宙を舞った。
ゆっくりと宙を舞うゴブリンの首が地面へと落ちたドサリという音で歓声を上げていたゴブリン達が水を打ったように静まり返る。
「ぺっ。あーあぶねぇ、矢が刺さったらどうしてくれんだよ」
痛くも痒くもないが人間じゃないってバレるだろうが。
「グギャギャ!」
「遅せぇ!」
口で受け止めた矢を吐き出し、ズボンに隠れた足をバネへと変化させ再び弓に矢を番えようとするゴブリンへと向かって一直線に跳ぶ。
弓持ちゴブリンは猛スピードで直線上のゴブリンを蹴散らしながら突っ込んでくる俺の姿に動揺し、番えようとしていた矢を取り落としてしまった。
慌てて落とした矢を拾おうとした弓持ちゴブリンへ俺は一気に詰め寄りその頭へと剣を振り下ろす。何匹ものゴブリンを斬り殺しても切れ味の落ちない【フライングブレイド】の刀身はまるで豆腐を斬るかのようにあっさりと弓持ちゴブリンの頭蓋を切断し、そのままの勢いで体を縦に二分した。
リーダー格だった弓持ちゴブリンが死んだ後は楽勝……いやもはや虐殺に近かった。
弓持ちゴブリンに率いられていたからこそ多少なりと連携をとって攻撃をする事ができた――正確には弓持ちゴブリンが矢を射るための囮だけど――ゴブリン達だが、その知能は元来驚くほどに低い。ほとんど本能で生きていると言ってもいいだろう。そんなゴブリン達がリーダーを失えばどうなるか、それは火を見るよりも明らかだ。
今までは、村人はともかく格上の俺相手でも果敢に――無謀にとも言う――攻めかかってきたゴブリン達だが、弓持ちゴブリンが死んでからは逃げ始める個体が出てきた。もっとも逃がすつもりは一切無いので弓持ちゴブリンを殺った時と同様一息に近づいて切り伏せたのだが。
そんな事を繰り返し行っていると、いつの間にか周囲に生きているゴブリンは一匹もいなくなり、辺りにはゴブリン達の斬殺死体が散らばっていた。
「ふぅ、なんとか終わったな」
流れる汗なんかないのだがつい人間だった頃の感覚で額を拭う。
剣に変えていた体の一部を元に戻し終わった頃、村の入り口を固めながらこちらを見ていた村の男が一人俺の方へとやってきた。
「あ、あんた冒険者かい? 助かったよ」
「ん? ああ気にするな。見捨てるのも気分が悪かったからな。ただ……」
「ただ?」
「俺は冒険者だ。魔物退治の報酬を貰いたいんだが?」
「ほ、報酬と言われてもこの村には払えるだけの金なんてないよ」
まあ見た目からしてお世辞にも裕福とはとてもじゃないがいえない村だし俺も金をせびる気は毛頭無い。
「うん知ってる。でも他に払えるものがあるだろう?」
チラリと俺が村の中に視線を向けるとそこには戦いが終わったのを知った村の老人や女性達が事の成り行きを見守っている。
俺の視線の先に女性達がいる事に気づいた男は一気に殺気立ち手に持っていた鍬を構えた。
「ふざけるな! 確かにあんたにゃゴブリン共から村を助けてもらったしそれに見合うだけの金も出せない! だからって村の女を差し出せるわけないだろう!」
ん? 村の女? 差し出す? 俺はただ日も暮れてきたから一晩泊まる寝床を貸してもらいたかっただけなんだけど……。ってあー俺の視線の先にいる村の女の人達を変わりに寄越せって言ってると思われたのか。ゴブリンに犯される危険は去ったけど今度は俺がってそりゃ殺気立つのも無理ないか。
俺がそんな事をのんきに考えていると怪我が軽い他の村の男達もそれぞれの得物(武器とは言ってない)手に俺を包囲する。
「いやね? 俺はただ一晩宿を……」
「そこまでじゃ!」
辺りに響く一喝に俺を包囲していた男達が体を竦ませる。やがて男達の包囲を割って現れたのは一人の老人と少女だった。
杖を突きながら歩くその姿はどう見ても弱々しい。しかしその目には未だ衰えない力が宿っており、若かった頃は相当強かったのだろうと容易に予想できた。
一方老人の斜め後ろを歩く少女は決して美人といえる顔立ちではないが、素朴な可愛らしさがある。
「村長!」
「村を救ってくれた方に何をしているのじゃ!」
「しかし村長!」
「いいからおぬし達は黙っておれ! 冒険者の方、村の者が失礼しました。村を代表してお詫び申し上げる。報酬を支払いたいのは山々なのですが如何せん村には払えるだけの金など無いのですじゃ。代わりといってはなんですがこの娘をお好きになさってくだされ。儂の孫娘なのですが気立ても良く働き者ですじゃ。本人も是非にと言っております」
「アンと言います。冒険者様、どうか私一人で報酬のほうは許していただけないでしょうか」
いやいやいや、なんか勝手に話が進行していってるんですけど! 俺別に女の子宛がって欲しいなんて一っ言も言ってないんですけど! そして爺さん、いくら本人が良いって言ってるからって孫娘差し出すなよ。そりゃあ村長として他の村娘を差し出すわけには行かないんだろうけど!
「ちょっと待ってくれ。俺は別に報酬に金を寄越せとか女を寄越せなんて言ってない。俺は単に日も暮れてきたから一晩宿を借り受けたかっただけだ」
「「「え?」」」
その日世界は静寂に包まれた(いろんな意味で)。




