33話 そしてギルドでクエストを
「やあお二人さん、昨晩ぶりだね」
アナスタシアさんの執務室に入った俺達を迎えたのは相も変わらずグラマラスな体に扇情的なドレスを纏ったアナスタシアさんだった。
執務机には大量の書類が積み上げられておりギルドマスターの仕事量の膨大さが窺える。
そんな文字通り仕事の山に囲まれているアナスタシアさんは部屋に入った俺達に挨拶をしながらも仕事をしている手を止めることは無く、次々と仕事が片付けられていく。
「すまないがもう少しだけ待っていてくれるかい? もう少しで終わりそうなんだ、ソファーにでも座ってくつろいでいてくれないか。リコレット君、二人にお茶を入れてくれないか」
アナスタシアさんに言われた通り俺とウィオはソファーへと腰をかける。座るのは二回目だが実に良い座り心地だ。日本にいた頃でさえ座ったことが無い。
ソファーの座り心地を楽しんでいるとリコレットさんが入れたての紅茶を持ってきた。
カップから立ち上る湯気と茶葉の芳しい香りが鼻腔をくすぐる。一口含むと茶葉独特の苦味と仄かな甘味が口の中いっぱいに広がり幸福感を与えてくれる。
「美味い」
「はい、凄く美味しいです。少しだけ苦味がありますけど嫌な苦味じゃないです。逆にこの苦味が後から来る甘味を引き立ててくれている気がします」
「森林都市【ウッドブレス】産の茶葉は苦味の後に来る上品な甘味が特徴なんですよ。人気の品でギルドマスターのツテで優先的に買わせてもらってるんです」
「なるほど」
アナスタシアさんの執務が終わるまで俺とウィオは紅茶(断定)と茶菓子を楽しみながらのんびりと時間を時間を潰していた。
そして三十分ほど時間が経過した頃――。
「ふぅ、ようやく終わった。すまない待たせたね」
「いいよ別に。紅茶も茶菓子も美味かったしな」
「はい! とっても美味しかったです」
「フフ、堪能してもらえた様で何よりだ。さて、待たせておいてなんだが早速来てもらった用件について話させてもらおうか。そこのお喋りな受付嬢が話したと思うが現在この街の西にある国、ケルドミナンドにある冒険者ギルドの支部と一切の連絡が途絶えた。少年には帝国へと赴いてギルドの様子を見てきてもらいたいのだよ」
どうやらリコレットさんの言ってた通りの案件みたいだ。
「リコレット君が話したと思うがこの世界にはヒューマンの国だけで四つある。この中立である冒険者の街【トレイズ】を中心に北に宗教国家【アルカンロイド教国】、東の商業国家【マーチャクロース商業連合】、南の民主国家【ウゴーノーシュー共和国】、そして今回の軍事国家【ケルドミナンド帝国】だ。他にも【森】の魔王が統括するエルフの国、森林都市【ウッドブレス】、【土】の魔王が統括するドワーフの国、地下都市【アングラド】、【獣】の魔王が統括……していた獣人族の国、草原都市【グシャリンド】、【鳥】の魔王が統括する鳥人族の国、山岳都市【マルトフィージー】、【海】の魔王が統括する魚人族の国海中都市【アンダーオーシャン】、【鬼】の魔王が統括する鬼人族の国極東都市【ヤマト】、【妖】の魔王が統括する小人族、精霊族の国、隔絶都市【フェアリーガーデン】、【魔】の魔王が統括する魔人族の国、魔法都市【エヴァーダーク】がある」
「あれ? 【竜】と【機】の魔王は?」
「【竜】の魔王に関しては今君の前に私がいるのが答えだ。竜人族は個々の我が強くてね。形式的に私が魔王の座に就いてはいるが全員が好き勝手に生きている。この街にも何人かいるぞ? 【機】の魔王については今はおいておこう。それよりも【ケルドミナンド】だ。少年、行ってくれるかい?」
「ちなみに拒否権は?」
「もちろんあるとも。これは強制クエストではないからね。あくまでも私個人のお願いに過ぎない。もちろん相応の報酬は用意する」
報酬がどれだけ貰えるのかはわからんがギルドマスター直々のお願いだ、少ないってことはないだろう。だけど様子を見てくるっていう一見すると楽なクエストなんだが、そんな楽なクエストをアナスタシアさんが直接依頼するわけなんか無い。絶対に何かあると見ていいだろう。
「悪いが今回はことわ――」
「それとこれは独り言だが、ケルドミナンドは最近異世界から勇者を召喚したらしいね」
「!?」
ケルドミナンドが異世界から勇者を召喚……!? 勇者といえば愛梨が持っていた称号が確か【勇者】だった。俺達以外にも異世界から召喚された人間がいる可能性も絶対に無いとは言い切れない。だがアナスタシアさんの口振りから察するに恐らくケルドミナンドが俺達を日本から召喚してくれた元凶だろう。てことはだ、間違いなく俺を殺そうとした安倉のクソ野郎がいるはずだし何より愛梨がいる……!
「分かった、クエストを受ける」
「おお、そうか受けてくれるか」
「ただし! 一つだけ条件がある」
「条件? 構わないよ。クエストを引き受けてくれと頼んでいるのは私だからね、何でも叶えることは出来ないが出来る限りの事をすると約束しよう」
まだ提示してもいない俺の条件に限りがあるとはいえ気前良く頷いてくれるアナスタシアさん。それはとてもありがたく願ってもいないことだ。そして俺が提示する条件、それはクエストを受けると決めた瞬間から決まっている。その条件は――。
「俺がクエストを受ける条件は一つ、今回のクエストを受けるのは俺一人だけだ。俺がクエストに行っている間ウィオを預かっていてほしい」
「!? 何でですか融お兄さん! 私何か悪いことでもしましたか!?」
俺の出した条件に反応したのはアナスタシアさんではなく当然ながらウィオだった。目尻に大粒の涙を浮かべながら俺の服を強く握り締め、半ば悲鳴にも似た声で問いかけてくる。
当然ながら天使(俺基準)のウィオが何か悪いことをしたとかそんな事は一切無い。今回のクエストもただの偵察程度だったなら俺はウィオと一緒にケルドミナンドまで行っていた。
だが今回のクエストではあいつ……安倉のクソ野郎と遭遇する危険がかなり高い。
この世界は異世界ファンタジーもののテンプレ的な世界だ。俺や愛梨もそういった小説を好んで読んではいたが安倉の野郎は完全にドハマリしていた。
あの野郎はいつもクラスで誰とつるむでもなく一人変な笑みを浮かべながら小説を読んでいた。そして異世界ファンタジーものの定番シチュといえばやはりハーレム展開であり、あの野郎がその野望に燃えないわけがない。
あのクソ野郎が俺をダンジョンで殺そうとしたのだって日本にいた頃じゃ到底手が出ないような美少女こと愛梨をハーレムに入れるためだろう。いくら愛梨の称号が強力な【勇者】とはいえ魔法に特化した【大賢者】の称号をもつ安倉の野郎相手だと魔法では負ける可能性が高い。現に俺が奈落へと落下する際に愛梨は安倉が作り出したと思われる鎖に捕らわれていた。それはつまり安倉の野郎の魔法は愛梨に通用するという事になる。
精神に干渉する魔法で無理矢理ハーレムに入れるぐらいはするだろう。
そして魔法で人を操ってまでハーレムを作ろうとする下衆がウィオという神が創りたもうた奇跡を見たら間違いなく手篭めにするため動くだろう。それだけはなんとしてでも阻止しなくてはならない。たとえウィオに嫌われ……嫌われようとも!
「何か悪いことしたのなら謝ります、だから私を置いて行くなんて言わないでください! 約束したじゃないですかずっと一緒にいてくれるって!」
悲痛なウィオの叫びが俺の心を抉る。
「ごめんなウィオ。俺はちゃんとウィオの所に帰ってくるから。だからそれまで待っていてくれ」
「嫌です! そう言ってパパもママも帰ってきませんでした! だから、だから今度は私も一緒に――」
「『我請い願うは睡魔の誘い』」
「行き……ま……す……」
短い詠唱で発動したアナスタシアさんの魔法による強制的な睡魔に抗うことが出来ずウィオは深い眠りへと落ちていく。
俺は崩れ落ちたウィオの小さな体をやさしく受け止めるとゆっくりとソファーの上へと寝かせた。
眠りながらも涙を流し続けるウィオの姿に心が酷く痛む。これは必要な事だと自分に言い聞かせても痛みが和らぐ様子は無い。
「すまないアナスタシアさん」
「なに気にすることは無い。あのままではウィオ君の心は悲しみに押し潰されていただろうしね」
眠るウィオの頭をやさしく撫でるアナスタシアさんの両の瞳には慈愛と悲痛、その両方が伺える。
「それじゃあ俺は行ってくるよ。ウィオのことよろしく頼む」
「任せたまえ。ウィオ君にはちゃんと護衛をつけておく。それにファンクラブのメンバーがいつもウィオ君を見守っているからね」
「大丈夫ですよ。私たちギルドの職員も目を光らせていますから」
力強く頷くアナスタシアさんとリコレットさん。
「それじゃ行ってきます」
これから俺が目指すのは俺達を召喚してくれやがった【ケルドミナンド】。待ち構えるのは今の俺にとって最悪の敵、安倉 火道。生きて帰れる保障なんてどこにも無い、けど俺は絶対に愛梨を助けてウィオのもとへと帰る。
そう心に誓い俺は執務室を後にした。
次回融がケルドミナンドへと向かいます




