31話 そして夜道であの人と
大変長らくお待たせしました。
「まさか隠れているのがバレるとは思ってもいなかったな」
光届かぬ路地の奥から姿を現したのは俺とウィオも見知っている人物、何を隠そうトレイズの街にある冒険者ギルドのギルドマスターにして【竜】の魔王、アナスタシア・ケツァルコアトルその人だった。
以前会った時と色こそ違うが相も変わらず露出度の高いドレスを身に纏い、嫣然と微笑を浮かべている。
バレるとは思ってもいなかったってことは何かしらの細工をしているんだろう。俺は魔法に関してはまったくと言って良いほど無力だからな。
「それで、どうやって少年は私がここにいると気がついたんだい? きっちり気配も消して隠れていたんだ。ウィオ君ならともかく正直魔法を感知できない少年では私を見つけるのは不可能なんだけどね」
そらそうだ。正直俺だって全方位に渡って増殖した粘液を広げていなかったらまず気がつかなかった。俺には魔法を感知する力も無ければ気配を感じ取るなんてどっかの戦闘民族みたいなスキルも持ち合わせちゃいない。まあだからこそ今回みたいに背後からの不意打ちで首落とされたわけなんだが……。
「俺の体を構成しているのはスライムだからな。アナスタシアさんは靴を履いているから気がついていないかもしれないが、今俺を中心とした全方位の地面に極めて薄いスライムの膜を張ってある。そのスライムに靴が接触したから誰かいる事に気がついたんだよ。まあ誰がいるのかまでは分からないけどな」
「なるほど。それは考えもしなかった」
「それで、この状況を説明してもらおうか」
「ほう? 何を説明すればいいのだね?」
「言わなくても分かってるだろう? 夜とはいえまだ寝るには早い時間だ、そんな時間にこんだけ通りで大騒ぎをして野次馬が現れないわけが無い。通りに出なくても周囲には人が生活している家や宿屋もあるわけだからな、確実に誰かしら出てくる。それが今は無い、不自然すぎるだろう?」
そう、不自然すぎる。ノポンと対峙している時はそこまで気が回らなかったがこの通りは多くの宿屋が立ち並ぶ通りであり、この時間になれば宿を求めて冒険者達が多数行きかうだろうしすでに宿を取っている冒険者も通りの戦闘音に気づいて顔を覗かせるはずだ。
それがこの通り、見回して視界の範囲内にいるのは俺とウィオ、そしてアナスタシアさんだけ。周囲の建物の窓に明かりが灯っていはするものの顔を覗かせている者は誰一人としていない。
はっきり言って異常だ。
「ああ、確かにその通り不自然だな。まあそれを説明する前に一つ片付けておかないとね。『我請い願うは灼熱の砲弾』」
艶かしい唇から紡がれる魔法の詠唱と共に俺たちへと向けてかざしたアナスタシアさんの手に魔方陣が展開される。その光景に全身が粟立ち、俺はすぐさまウィオを抱きかかえると脚をバネに変化させて跳躍する。
その直後、先ほどまで俺達がいた場所を紅蓮の炎が凄まじい速度で通過していった。掠ってすらいないと言うのに物凄い熱を感じる炎、直撃したら恐らく灰も残らないだろう。
「いきなり何しやがる!」
建物の屋根に着地した俺はウィオを抱きかかえたまま魔法を放った張本人へと怒気を隠す事無く吠え掛かる。
「なに、ちゃんと避けてくれると信じていたからやったのだよ。流石に死体を残したままにしておくのは拙いからね」
「あ? 死体?」
そう言って炎の飛んでいった方へと目をやると目視できるギリギリの位置につい先ほどまであったノポンの死体が綺麗さっぱりと消え去っている。あまりの熱量に蒸発したのだろう、文字通り塵一つこの世に残ってはいない。そして何故か地面には焦げ後一つついていない不思議……まあアナスタシア……さんがやったんだろう、それくらい出来そうで怖い。
「さて、見られたら拙いものも無くなったことだしさっきの質問に答えようか」
「あ? 質問?」
「忘れたのかい? 君が言ったんじゃないか、私以外誰も来ないのは不自然だと」
あ~そういえば確かに言った。アナスタシアさんがいきなりこっちに魔法ぶっぱしてきたから忘れてたけど本当はそれが聞きたかったんだった。
建物の屋根から飛び降り、背中からスラッシャーホークの翼を生やしてゆっくりと地面に降り立つ。俺一人だったら普通に着地してもいいんだが今はウィオを抱えているからな。可愛いウィオへの配慮は最優先だ。
若干の警戒心を残しつつアナスタシアさんへと近づいていく。もちろん何が起こってもウィオを連れて逃げられるように手を繋いで入るのだが正直本気になったアナスタシアさんから逃げられるとは思えないのが本音だったりする。だって【竜】の魔王だし? どうせさっきの魔法だって本気じゃないだろうし? さっきの魔法の半分の威力でも俺消滅させられる自信あるし?
ウィオもさっきの魔法の威力を見て緊張感を漂わせてるのが俺の手を握る力が強くなっている事から明らかだ。
「自業自得とはいえウィオ君が私を警戒しているのが悲しいから手短に済まそう。少年が感じた不自然の正体、それは私がこの辺り一体に人払いと認識阻害の魔法を展開しているからだよ」
「認識阻害はなんとなく分かるんだが人払い……ってなんだ? 時代劇で聞いた事がある気がするんだが……」
「融お兄さん、人払いの魔法は特定範囲内に他の人が入ってこれないようにする魔法ですよ。この魔法の範囲に近づくと無意識に道を変えてしまうんです。認識阻害は融お兄さんの想像通りだと思います。多分今私達の姿は他の人には見えませんし、声も聞こえない状態になっているはずです」
なるほどな。だからこの通りには誰も近寄ってこないし周囲の建物の人達もこっちの戦闘音に気がつかないのか。そして万が一こっちを見ても俺達を視認することは出来ない、と。
「そういうことだ。襲ってきた者を返り討ちにして殺すのは別段問題になるような事ではないのだがね。ただ少年の場合その能力をおいそれと他人に見られる訳にはいかないだろう?」
「そりゃあな。魔物だと勘違いされたらこの街にいられなくなるし。まだダンジョンにも入ってないのに追い出されたら堪ったもんじゃない」
「だろう? まあ私としても将来有望な少年に出て行かれたくはないのだよ。まあ少年が私に少しでも感謝していると言うのならなに、一つ頼みを聞いてくれるだけでいいさ」
「最初からそのつもりだったのか……。まあいい、で、俺に何をさせたいんだ?」
「話が早くて助かるよ。それで頼みと言うのはだね、一つクエストを受けてもらいたいんだよ。もちろん報酬はちゃんと支払うから安心してくれていい。クエストの詳細は明日にしよう、明日いつでもいいからギルドに来てくれ。リコレットには君達が来たら私の部屋に通すように伝えておく。それじゃあね、明日来てくれるのを待っているよ」
言うだけ言ってアナスタシアさんは路地の奥へと消えていく。後を追ってスライムの膜を広げてみたもののアナスタシアさんを捕捉する事は出来なかった。
「はぁ、それにしてもクエストか……面倒な事じゃないといいんだけどな……」
「融お兄さんへの直々の指名クエストですからね、十中八九大変な事になると思いますよ?」
「だよなぁ……。はぁ……まあいいや、ここでうじうじ言ってても仕方ないし、宿に帰ってプリティーさんの作ったご飯でも食べるか……」
「そうしましょう。今日はどんな美味しいご飯なのか楽しみですね!」
笑顔のウィオにほっこりとしながらその小さな手をとった。いつの間にか人払いの魔法の効果がなくなっていたのか夜の通り、魔法の灯りに照らされてちらほらと通行人の姿が見える。
俺とウィオは今日の晩御飯に心躍らせながら【小鳥の止まり木】へと歩いていった。
一ヶ月近く時間をかけてこれだけしか進んでないのかと思われる方もいらっしゃると思います。
本当に申し訳ありませんでしたとしか言いようがありません。
ブックマークを解除しないでいてくださった方々には本当に感謝しても仕切れません。
とりあえず次回ですが、当然のことながらギルドマスターに会いに行きます。そこで告げられるクエストの内容は?
気長に待っていただけるとありがたいです。




