25 ◆ アサリのごとく照れ屋の召喚霊 ◆
~~♪~~♪
鼻歌に乗せて、良い香りが流れ漂う。
小麦粉が焼ける香ばしさに、香辛料やウリ科の野菜と油、それにオリガン、バジリコの芳香。これらの香りは……ラタトゥイユとマルゲリータだ。
調理する男の背を、一匹のエゾシマリスが尾を振りながらじっと見ている。
「そーら、出来たぞ。アルマロン、みんなも呼んで来てくれ」
「うん!」
アルマロンが調理場から出て行き、アレクは食卓へと配膳をする。その間も彼の鼻歌は止まない。今日の彼は、非常に気分が弾んでいた。今日は久々にフェルサと二人で狩りに繰り出すのだ。
あの狂乱のお祭りが終わってから少しして、フェルサから狩りの誘いが舞い込んで来た。彼が【チェスター】へと居を移してからも時々PTの誘いは来ていたのだが、決まってマラッサの影がちらついていた。それ故、毎度やんわりと断っていた。そしてなんと! 今回はマラッサの影がない。
【トラッツェ】の泉がある広場にて、牛人の男が声を掛けて来た。
「久しぶりかと思えば、なにやら増えているじゃないか。にゃんゴロさんと同じ獣奏士に転職か?」
「よくそう言われるが、違うんだな。こいつらは召喚霊だよ」
フェルサは訝しげな顔をし、やがて肩にいるアルマロンと、脇にいるナマケモノーをじろじろと観察し始めた。アルマロンは数秒硬直した後、アレクの首裏に隠れてしまい、覗くようにしてフェルサを見る
「おいおい、そんな怪しいものを見る目で見ないでやってくれや」
「ん、ああ、すまん。それにしても、本当にそいつら召喚霊なのか? これまで見たことも聞いたこともないぞ。うちのギルドに召喚士はいねぇが、度々PTを組んだ召喚士やマラッサさんの知り合いの召喚士の人達は、そいつ等みたいなのは持っていなかったと思うな。それに、召喚霊ってずっと召喚していられるものなのか?」
「ああ、召喚霊ってその場ごとに精霊か魔霊の内どちらかを選ぶからな。必然的に半分は連れて来られないわけさ。それと、ずっと召喚していることは可能さ。此れまでずっと召喚したままだし」
「へえぇ。もう一回、そいつらの名を教えてくれるか?」
先程から何度も視線をアルマロンとナマケモノーとの間で行き来させるフェルサ。アルマロンは警戒を解かないが、ナマケモノーは最初からフェルサに興味津々の様子だ。
「ナマケモノがナマケモノー、エゾシマリスがアルマロンだ」
「なるほど。宜しくな、ナマケモノーにアルマロン」
ナマケモノーは両手を挙げて跳ねながら挨拶し、アルマロンはアレクの影からフェルサの方を見た。
「はーい♪ ヨロシクー、フェルサー」
「……よろしく」
フェルサは目を見開く。
「おい、会話が出来るのかよ!」
「ああ、喋るペットとでも考えてくれ」
「へ、へえぇ。まあ、いいか。それで、レベル63なら≪海岸洞窟≫へ行かないか?」
アレクは左眉を撥ね上げる。
「あそこって4~6人のPTでレベル60~65推奨だろ? お前が70とはいえ、二人じゃ苦しくないか?」
フェルサは得意気な表情を浮かべる。
「はっはー。強くなった俺を見せてやるぜっ♪ それに、ギルドの人達から装備や道具も少し融通して貰っているからな。結構硬いぞ、俺は」
しかし、物理紙防御且つ低火力のアレクには多分に不安だった。
白や黄、赤、橙の百合が一面に咲き乱れる丘陵地帯を越えて、バウムクーヘンのような岩の積み上がった岩石地帯へ辿り着くと、視界の先には翡翠色のような海がお目見えして来る。断崖のような海岸線が延々と続き、その一角の遥か下に目的の≪海岸洞窟≫はある。無論そこまで降りて行く必要があり、高所が苦手な者ならば、崖の縁に近付くことすら出来ないだろう。なにせ崖は500m程の高さになるのだから。
縁から崖下を覗くと、所々に焦げ茶と橙色のバウムクーヘン一切れの如き岩が、宙に浮かんでいる。アレクが足場となる岩に屈んで触れながら吐く。
「いつも思うが、どうやって浮かんでいるんだろうな、この岩」
「さてな。空飛ぶ不思議岩なんだろ」
先を行くフェルサが下から返答する。
岩から岩へと跳んで行くこと数十個、遂に目的の≪海岸洞窟≫の入り口がお目見えする。
波の砕ける音が響き、広範に水飛沫が散る。頭上には断崖絶壁が聳え、宙に浮かぶ岩が視界の端に、そして眼前には黒い大きな空洞があり、怪しげな雰囲気が漏れ出ている。
「相変わらず真っ暗闇も何のそのか?」
「ああ、俺もナマケモノーもアルマロンも暗闇は全く問題無しだ」
「本当に便利だよな、魔人族ってのは」
そう言いながらフェルサは“懐鳥灯”を取り出した。“懐鳥灯”は羽の生えた拳大の球状の懐中電灯で、使用者の向く方に合わせて前方15m程までを照らしてくれる。敵の攻撃で壊れるし、所謂『電池切れ』となるので消耗品だ。
≪海岸洞窟≫が4~6人のPT且つ、レベル60~65は必要と言われる理由の一つが、この真っ暗闇である。終始真っ暗闇の迷宮第一号なのだ。“懐鳥灯”や〈トーチ〉等の照明を使用しても、通常より著しく敵の察知や視認が遅れ、足元の把握がしにくいために足を取られることもままある。したがって、このような暗闇の迷宮では、適正レベル帯における単独攻略は基本的に不可能と言われ、PT攻略が常だ。しかしながら、魔人族や吸血鬼族は暗闇をものともしない。当然ながら、アレクは照明の類の道具は一切所持していない。
「おっとフェルサ、そいつは出さなくて平気だぜ」
フェルサが訝しげにアレクの方を見やると、アレクは左の口角を上げて笑っていた。
「俺だってPTは多数組んでいるんだ。支援用の魔法くらい、きちんと抑えてあるさ」
「灯りの魔法って、今のレベルじゃ〈トーチ〉くらいだろ? ありゃ浮遊松明で明かり範囲が半径5m程だから、流石に洞窟攻略には心許無いぜ」
「まっ、普通はそうなんだがな。俺は〈トーチ〉で松明が4つ出せるんだよ。それに範囲も少し広くて半径7m程だし、15m先まで浮遊操作可能だ。20分以上持つし、再使用時間前に切れることはないぜ」
「何その便利屋さん」
「そりゃあ、低火力なら技巧的な面で勝負するしかないだろ? ああ、入る前に確認しておきたいんだが、この中の注意点は何だ? それに敵の特徴とかはあるか?」
「おっとそうだったな。アレクは然程気にする必要がないだろうが、暗さで内部の把握が難しく、狭い箇所もあるから魔法は当てにくいし、味方に当てる危険性が高い。それから水属性が多いが魔法を多用する敵が出現すること、状態異常で毒を使用してくる敵も出現することくらいか」
「なるほどね。俺は魔法防御だけは異様に高いから、気を付けるのは毒かな」
「魔法は注意しなくていいって、流石にそれは言い過ぎじゃないのか?」
「これまでの話になるが、魔法攻撃に関しては1桁しか食らわん」
「ホントかよっ! それってアレク、魔法に関しては鉄壁じゃねぇかっ! どんだけ硬いんだよ!」
「本人も驚きの硬さ。物理紙防御の反動なんじゃないか」
アレクは肩を少し竦め、冗談めかす。それに対し、フェルサの顔はとても歪み、口が半開きとなっていた。
フェルサが魔法攻撃に注意を促したことには理由がある。
一般的には物理攻撃よりも1発の威力が高く範囲も広いためだ。更に物理攻撃よりもSPが多量に削り取られるため、魔法防御が高い魔導士、召喚士以外の職にとっては非常に厄介な攻撃となる。
闘気法攻撃はと言うと、魔法程ではないが威力は高く、範囲は狭いものから広いものまであり、こちらはMPが多めに削られる。そして何より厄介なのは、食らうと疲労度が大きく増加してしまうことだ。
一般的には、まとめると以下の通りになる。
【物理攻撃】
HP:小~中、MP, SP, OP:極小
手数:多、範囲:狭
その他:失血効果(徐々に全て減少、酷い時は気絶、死に至る)
【魔法攻撃】
HP:大、SP:中
手数:少、範囲:広
その他:属性、状態異常
【気功法攻撃】
HP:大、MP:中
手数:中、範囲:小~大
その他:疲労効果(中)、失血効果、属性
「よっしゃ、じゃあ支援魔法を掛けるぞ」
アレクは手早く〈メタル・フォース〉、〈コンセントレーション〉、〈コンテンプレーション〉、〈フレイム・オーラ〉、〈トーチ〉を唱え、更にアルマロンの〈SSA〉を発動させる。
(〈SSA〉は持久力上昇が2割、疲労軽減が3割、疲労による能力低下の軽減が3割、持続時間は60分でいこうか)
「アルマロン」
「はいっ!」
アルマロンが〈SSA〉の動作を行い、濃い茶色の光がアレクやナマケモノー、フェルサを覆う。
持続時間を長くしたためか、消費量はMP:86、SP:483と最低値よりも多かった。 (※ 最低消費量-MP:57、SP:102)
「おいアレク、今のは何だ?」
「アルマロンの技で、効果は持久力上昇と疲労軽減だ。具体的な数値は持久力上昇が2割、疲労軽減が3割、疲労による能力低下の軽減が2割、持続時間は60分だな」
フェルサは瞠目した。
「――!? それは、本当か!? なあ、嘘だろ?」
「おっ、疑うのか? だったら画面で数値を確認してみるこった。あとは体感するのが一番だろうな」
そう言ってアレクはやおら向きを変えると、すたすたと洞窟の中へ向かって歩いて行く。アレクの後を追って4つの松明も飛んで行く。フェルサは驚きと疑いの眼差しでその背を追い、メニュー画面を開き、持久力が2割程度上昇しているのを確認してから再度アレクに視線を向け、やがてアレクを追い駆けるのだった。
洞窟の中は、幅が2m、高さ3mしかない部分もあり、畝っており、狭い部分と広い部分とで入り組んだ構造となっていた。確かに敵が出現した際には、戦い辛い地形と言える。温泉洞窟よりも、ずっと面倒そうな地形だ。
暫く進むと、敵の気配がした。
ここの前半部では、三叉の武器を携えた1m程の種々の魚人“サハギン”、甲が1m以上はある大きな黒い蟹の“でかいカニ?”、甲の大きさが80cm程の赤い蟹“かたいカニ?”、1.3m程もある赤色の跳ね回る海老は“ゑびんっ!”が出現するそうだ。
「前方30mに敵が2種、5体いるな。“サハギン”が3体に、“でかいカニ?”が2体。その8m先にも3体、何かいるようだな」
「……魔人族って、暗闇では優れ過ぎだろ。それにしても、その数を俺一人で足止めするのは無理だな」
「それなら俺が“サハギン”3体を〈シャイニング・ボール〉、〈ファイア・ボール〉で少し削り、〈グラビティ・ショット〉で削ると同時に動きを鈍らせ、〈ストーン・ブラスト〉で5秒足止めするから、その後は“サハギン”を頼むぞ。お前が“サハギン”を倒している間に“でかいカニ?”2体を〈スパーク・ブラスト〉、〈フリーズ・ブラスト〉で足止めしつつ他の魔法で少し削っておく。たぶん俺の紙防御だと2~3撃でお陀仏だろうから、手早く頼むぜ」
そう提案すると、早速〈シャイニング・ボール(6弾)〉、〈ファイア・ボール(6弾)〉と順に魔法を放つ。狙い違わず“サハギン”に命中し、見事〈ストーン・ブラスト〉で足を石化させる。入れ替わるようにフェルサが飛び出し、“サハギン”を1体ずつ確実に沈めていく。フェルサが飛び出すと同時に、アレクは“でかいカニ?”2体に向けて〈スパーク・ブラスト〉を放って痺れさせ、〈フリーズ・ブラスト〉で足元を凍らせる。そして〈グラビティ・ブラスト〉で削ると同時に動きを鈍くする。蟹もやられっ放しではなく、時を同じくして鋏を飛ばしてくる。アレクは前方から飛来する2つの鋏を回避するも――
「アレクー」
ナマケモノーの声が聞こえた刹那、戻ってきた片方の鋏が直撃する。
「ぐは……」
2つ目を回避中に1つ目の鋏が直ぐ戻って来たため、ほぼ無防備な状態で食らってしまった。
(まずい、大出血)
値にして6000程、アレクのHPの7割近くを削られてしまう。食らった値もさることながら、夥しい量の出血によりHPを筆頭にみるみる減って行く。
アレクは受身を取りつつ発動の早い〈スパーク・ショット(4弾)〉を放つ。10cm大の火花を散らす電気玉が“でかいカニ?”命中し、2体は感電したように震える。その間に〈ヒール〉で自身の傷を軽く塞いで止血し、〈ストーン・ブラスト〉で1体を削ると共に少しの間石化させる。もう1体には〈クラック・ストーン(2弾)〉を放ち、命中するとばらばらと弾ける10cm大の岩をぶつけて仰け反らせて時間を稼ぐ。そこへ“サハギン”3体を仕留めたフェルサが駆けつけ、2体を〈一閃〉の一振りで一気に両断する。
休む間もなく、奥にいた3体が向かってくる。
「フェルサ、新手3体、“サハギン”だ」
「おうっ!」
アレクはフェルサと自身に〈ヒーリング・シャワー〉を掛けて回復と共に自身の傷をしっかりと塞ぎ、フェルサが炎を纏った刀術〈炎気斬〉で3体を攻撃して敵の注意を引く。すかさずアレクは〈グラビティ・ショット(6弾)〉で3体の動きを少し鈍くしつつ削り、フェルサが1体を細かい斬撃で牽制して下がらせ、〈十字斬り〉でもう1体を沈め、アレクが範囲を狭めた〈スパーク・ブラスト〉で1体を削ると共に痺れさせる。感電した1体をフェルサが一刀両断し、フェルサ目掛けて銛を振り上げた“サハギン”を、寸での所でアレクが〈スノー・ボール(3弾)〉を当てて仰け反らせ、反転したフェルサが切り伏せた。
「ふぅ。流石の精度と早さと付帯効果だ。おかげであの数を相手にして、さほどHPが減らずに済んだな。これで火力がもう少し出たら、単独でもかなり行けるんじゃないか?」
「ははは、それだけの威力はいつ付くのやら。今やボール系1弾じゃ30~40しか削れないしな。ブラスト系でも400弱。唯一重属性が倍近く行くが、それでも他の魔導士の平均並みかな。加えて紙防御っぷりが冴え渡っていて困りもんさ。さっきの鋏で7割近くもっていかれた上に、大出血もの」
「……あの鋏なら俺は直撃でも80~120しか食らわん。傷もさして付かないから、失血効果もない。だが火力は無いにしても、回復役としては優秀だよな。発動は早いし精度も良いし、回復量も高いからな。精度が荒くて敵を回復させちまう奴って多いんだよ。まっ、立ち話はこれくらいにして先に行こうぜ。“休憩所”まではもうちょいあるんだ」
「いやー、本当に疲れ知らずとは……そのリスの技、凄い効果だな」
≪海岸洞窟≫の真ん中辺りにある敵の出現しない地帯、所謂“休憩場所”にてフェルサがみかんを頬張りながら言った。
「おう、アルマロンは可愛いし凄いんだ」
「おまけに疲労による能力の低下も多分に抑えられるってのは、断然違うな。こりゃ二人で攻略も楽勝かもしれんな――おう、すまんがもう少し何か果物をくれないか?」
「そりゃ構わないが、フェルサ、お前食糧を持って来ていないのか?」
「無いぜ。それにしても、この果物が美味いのなんの」
アレクは微笑し、そしてせとかを二つフェルサに手渡した。そこでふと悪戯心が蠢いた。
「なあフェルサ、手を出してくれるか? 渡したいものがあるんだ」
フェルサは何も疑うことなく、スッと右手を差し出した。アレクは念じて道具欄の赤柚子を選択し、フェルサの右手の上に出現させた。
ドォゴォォォンッッ!!!
フェルサは赤柚子を持てそうかと一瞬期待させるように、赤柚子が宙で僅かに静止――することなく、即座に地に落下した。洞窟内だったので激烈な爆音が鳴り響く。崩落を誘発しそうな衝撃音だったが、揺れもなく岩や石が落ちてくることもなかった。
「おいっ! 俺を潰す気かっ!」
凄まじい剣幕で抗議するフェルサに、アレクは口を少し開け、片手で顎をさすりながら答えた。
「いやー、全種族、全職の中でも1、2位を争う力持ちの牛人族の侍ならば、持ち上げられるかなーと思ってさ……」
「そんな実験、不意打ちでやるんじゃないっ!」
「すまんすまん。悪戯心から試してみたくなって……いや、ごめん、悪かった」
暫し言葉を発せないでいるフェルサに、アレクは言葉を重ねる。
「本当に悪かったから、許してくれ。埋め合わせはするからさ」
「……わかった」
フェルサはまだ渋い顔をしている。
「それで、この巨大な赤い果物みたいな物は何なんだ?」
「見た目通りの巨大な赤い柚子」
フェルサはしばし赤柚子を眺め、やおらしゃがみ込むと赤柚子を持ち上げようとした。
「ふんっ! くっ……」
少し赤柚子が地面から離れるも、それも数秒のことだった。
「なんだこの尋常じゃない重さは! アレク、こんな物、一体どうやって収穫したんだよっ!」
「それはナマケモノーが軽々と」
即座にフェルサが10m程離れた所にいるナマケモノーを見る。
「はは、さっきといい悪ふざけはよせや。あの小さい動物がこれを軽々とだと!?」
「ナマケモノー」
アレクは“休憩所”内を自由に動き回って遊んでいるナマケモノーを呼ぶ。
「任せてー♪」
脱兎の如き勢いと速さでアレクの傍までやってくると、ひょいっと赤柚子を持ち上げた。フェルサの目は見開いたまま、そして口も半開きのままで暫し固まってしまう。
「ねえアレクー、これ、食べていい?」
「ぼくも食べたいっ」
ナマケモノーとアルマロンが切実そうに訴える。
「おう、皆で食べようや。ナマケモノー、そいつを大雑把に32分割して皿に載せてくれ」
「~♪」
ナマケモノーはスパンッ、スパンッと爪で32等分にする。その断面は鋭利な刃物で切られたように綺麗で、一体どうやればあの爪で40cm大の非常に硬い球状の物をこんな綺麗に切断出来るのか、アレクには不思議でならない。しかし、残念ながらナマケモノーの見事な爪捌きが有効なのは、道具類に対してのみだ。
「フェルサ、この一切れでも600kg以上あるから油断するなよ。それから、種と皮が異様に重いから注意しろよ。味は、食べてみるのが早いな。みかん等の柑橘類が好きならば、こいつも気に入ると思う」
フェルサは恐る恐る赤柚子にかぶりついた。広がる柚子の香りとオレンジの香り、濃厚なブラッドオレンジとマンゴーのような味に、フェルサはがっついて一気に4切れを腹に収めた。
「美味いなぁ、こりゃあ。どこで手に入るんだ? この赤柚子ってのは」
「≪森の遺跡≫の脇にある柑橘類が密生している地帯さ。そこで、さっきから食べている柑橘類も大量に収穫出来る」
「おぉう、そんな所にこんな良い物があったのか。ところで、そのナマケモノーってのとアルマロンはどこで手に入れたんだ? さっきも言ったが、見掛けない召喚霊だ」
「ナマケモノーは≪森の遺跡≫の“休憩所”、アルマロンは柑橘類の密生する地帯さ。ナマケモノーはマンドラナスと対だから、大抵の召喚士はマンドラナスを選んでいるってことだろうな」
「あの柄の悪いナスの対かっ! でも“休憩所”で手に入るなら、もっとナマケモノーを選んでいる奴を見掛けるか、噂に上がるかで話の俎上に載っているもんじゃないのか?」
「さあな、どうしてだろうな」
そこでナマケモノーが話に参加してくる。
「ボクに話しかけて来たの、アレクが初めてだよー」
「そうなのかっ!? いや、確かにお前の動きは凄く速かったけど……速過ぎる故に気になって調べてみようとか、追い駆けてみようとか、話し掛けてみようとか思うだろ」
そこで、尻尾を抱えながら、控え目にアルマロンが会話に入ってくる。
「えーとね、アレク。召喚を使える人が単独で来ないと、召喚霊は出現しないよ」
目を閉じることを忘れるアレク。
「……いや、待て、お前の所に行った時、ナマケモノーも一緒だったぞ」
「そうじゃなくて、人が一人ってこと。アレク以外にもぼくの巣の近くに人が来たことあるけど、召喚を使える人が一人で来たことはなかったから、いつも怖くて隠れてたの。アレクが来た時は一人だったし、優しそうな気配がしたから出て行ってみたんだよ」
呆然とした表情で、アレクとフェルサはアルマロンの話を聞いていた。
「そ、それにしても、賢さといい技の性能といい、アルマロンは凄過ぎじゃないか?」
驚くフェルサに、アレクはアルマロンの能力や獲得特典等を詳しく伝えた。
「嘘、じゃないよな? 俺、今後はなるべくお前とPTを組むようにしようかな。SP成長率上昇や休憩時の自動回復率2割ほど上昇って、魅力的過ぎる特典だぞ、それ」
「マラッサのおっさんが引っ付いてこなけりゃ、大歓迎だ」
「アレク、お前ってマラッサさんを結構嫌っているよな。面倒見の良い人だぜ、あの人は。見た目は強面だけどさ」
「ははは……」
アレクは誤魔化すことにした。店長のような鬱陶しさと雰囲気を纏い、おまけに怪しいの臭いがぷんぷん漂ってくる人など要注意人物以外の何者でもない。
「さて、休憩は終わりにして奥に進もうか」
「よっしゃ。アレク、この先からは魔法攻撃を多用する敵が出現するから、援護を頼むぜ」
「ああ、それならナマケモノー。お前フェルサの傍で敵の位置や攻撃の察知を補佐してやれ。ちゃんと敵の攻撃は避けるんだぞ」
「ハイハーイ♪ 任せろ、えっへん」
フェルサは首を傾げて呆けた顔をしている。
アレクは彼に、ナマケモノーやアルマロンの感知能力のことも伝えた。
「召喚霊って、そんな使い方が出来るのかよ……」
ぼとっとフェルサが呟いた。そして、歩き出したアレクとナマケモノーとアルマロンの背をぼんやりと眺め、首を捻るのだった。
●次回は6/7(21時)の投稿です。




