↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/26

21 ◆ 夏盛り 大飯食らいの なまけもの ◆

 男は息を切らして疾走する。とにかく逃げなくては! どこか、どこか安全な場所へ!


「ぎゃぁあー!」


 突如野太い絶叫が耳を劈く。聞こえた方角、音の発信源は――前方だ!


(まずい!)


 男は舵を左へと切り、木々の合間を縫って走る! 走る! 走る!

 もはやどこを目指しているのかもわからない。男はただひたすらに、暗い森の中を逃げ惑う。


<おいっ、ナハル! 今どこだ!?>


 念話が来るも、上手く答えられない。それだけ彼は狼狽していた。『何かを答えねば』そう考える程に言葉は霧散し、何を言えば良いのかわからなくなってしまう。


<い、今、も、森の……【ロク――!!>


 言いかけた言葉が止まる。やっと地名を伝えられそうだと安心した刹那、眼前に黒い影がよぎり、ナハーランに襲い掛かる。


「うわーっ!!」





 ――八日半前――


 アレクは目覚めるや否や、手で耳を覆った。喧(やか)しい音が脳内でこだましている。『ビー、ビー』と緊急を知らせるような音だ。耳を介して聞こえているわけではないため、塞いでも無意味なのだが。


(こんにゃろー、うるせぇ)


 この音は手紙が来ていることを知らせてくれる音の一種で、送り主が“緊急”と銘打って送信したのだろう。アレクは顔をしかめながら手紙を開く。



  『至急救援を頼みたし

         差出人:音巻 にゃんたな』



 アレクは首を傾げる。何の救援なのかは一切記載されていない。そして送られて来た時間を確認してみると、なんと5時間前だ。アレクは後頭部を掻きながら、一角ウサギの毛皮の布団から出る。ふと辺りを見回すも、ナマケモノーとアルマロンの姿が見当たらない。


(んん? いつもサタルーダ・クエントに接続した時は、体に引っ付いているか、一緒になって寝転んでいるんだけどな)


 少し精神を集中させると、両者の気配をしっかりと感知出来た。どうやら、家の周りで何かをしているようだ。

 アレクが石造りの扉を開けてみると、外では沢山の影が姦(かしま)しく駆けずり回っている。

 

 すぐにアレクは扉を閉めた。

 

 そしてもう一度、今度はゆっくりと扉を開ける。

 

 やはり、先程と同様の景色が広がっている。アレクは左手の親指と人差し指で、眉の端と端の辺りを強く抑える。眩暈がするのは、気のせいだろう。視神経も正常だ。脳も狂ってはいない。


「あっ! アレクー♪ アレクも一緒に遊ぼー♪ それに、ご飯ゴハーン♪」


 無邪気に跳ね回るナマケモノー。片手に大きなトマトを持ち、口へと運んでは丸飲みし、続いてもう片方の手で大きな茄子を掴んでは口へと放り込んでいる。

 それでアルマロンはというと、水車の辺りで大きな馬鈴薯(ばれいしょ)と睨めっこをしている。


(おかしいな……前はこんな風景じゃなかったぞ)


 公式フィエスタこと『ラ・ピミエンティーナ』が32日前に開始してからというもの、沢山の野菜類が建築物に実る事態に陥っている。それらは駆除しようが、食べようが、どんどん湧いて出てくるのだ。そこまでは、まだよしとしよう。

 だが、目の前の事態はどうだろう。彼等野菜達に、手足が生えている。そして素早く、必死に逃げ惑っている。逃げる理由と言えば、ナマケモノーしかあるまい。

 アレクは鼻から長く息を吐き、ナマケモノーに問い掛けてみた。


「ナマケモノー、こりゃあ一体全体、どういうこった?」

「んー? 5時間くらい前から、野菜がお友達ー♪ うわーい♪」


 ナマケモノーは自称友達をどんどん飲み込んで行く。恐怖に慄(おのの)く野菜達。蜘蛛の子を散らすように散開するが、その努力も虚しく、全てナマケモノーの胃へと送迎されてしまった。アルマロンと睨めっこしている馬鈴薯(ばれいしょ)を除いて。


「あっ! アレク! 凄いよ、この子達。今度は動き回れるし、言葉がわかるみたいだよ」


 アルマロンの呼び掛けに振り向くと、馬鈴薯(ばれいしょ)が手を挙げた。アレクは目を見開く。やがて左手で額の辺りを撫でながら、アルマロンの方へと歩き出す。

 近くまで行き、アレクはまじまじと馬鈴薯(ばれいしょ)を観察する。以前と違う点は、手足が生えていること、そして表情が普通になったこと、こちらの態度などを把握するだけの知性がありそう、という3点だろう。なにせアレクが観察する間、馬鈴薯(ばれいしょ)は不安げな表情を浮かべ、少したじろぐ様に重心を後方へと動かしていた。


「お前等、今度はどうなっちまったわけ?」


 馬鈴薯(ばれいしょ)が身振り手振りで何かを訴え出すが、流石に伝えたい内容は判然としない。しかし、襲い掛かって来る気配は無い。このやり取りの間にも、石造りの壁から野菜が飛び出して来るものの、アレク達に飛び掛っては来ない。ただし、酷くナマケモノーのことは恐れている様で、彼に対してのみ忌避反応を示している。勿論、恐れている間に飲み込まれてしまうのがオチなのだが。

 アレクは唐突にだが、馬鈴薯(ばれいしょ)に尋ねてみた。


「お前って、今までと同じく食べたら美味しいのか?」


 馬鈴薯(ばれいしょ)は怯える様子も無く、二度頷いた。これは食材として本領を発揮してくれるという意味だろう。



 そういうわけで、食卓には馬鈴薯(ばれいしょ)やトマト、茄子、ピーマン、トウガラシを使用した料理が並べられている。彼等食材達の同意を得て、アレクが調理したものだ。食べてみると、以前よりも美味しさが明らかに増している。食材として実に優良に違いなかった。おまけに“意思ある食材”とは、中々に面白い響きではないか。アレクは心躍る気分で溢れ返っていた。




 そんな朝の出来事もあり、アレクは弾んだ気持ちで音巻にゃんたなの店へと向かう。彼はにゃんこ商会の人で、この【トラッツェ】にて万屋を営んでいる。簡単に言ってしまえば、“【トラッツェ】のにゃん吾郎”だ。無論にゃん吾郎を介して知り合ったわけであり、【トラッツェ】へ移住してからは、にゃんたなの店で戦利品等を買い取って貰っている。普段からお世話になっている関係上、救援要請を無下にする気は毛頭無い。



 緑豊かな丘を下ると、他の家々が視界に入り始める。草花が減り、やがて街の賑わいが増して行くのだが……当然ながら、これまでとは様相がまるで違う。家という家から野菜達が巣立ち、一斉に街の方へと向かって行く。また、ナマケモノーがいるからだろう、アレク達の方へ近寄って来ることはなかった。彼等はアレク達を見るや否や恐れをなして逃げ出し、市街地へと駆けて行く。アレクは少々怪訝に思い、眉を顰(ひそ)める。



 やがて人が疎らに見え始めたところで、にゃんたなからの“救援要請”の理由が判明する。直前に懸念した通りと言えよう。野菜達が人々に襲い掛かっている。襲撃というより、自爆の突進と表現する方が正確だ。野菜達は人々に突進しては炸裂して、体液を撒き散らしている。あの迷惑な体液を。



 なぜ迷惑かと言えば、種々の深刻な実害が生じるからだ。


 具体的に述べると、まずはトウガラシ類の体液は、先日のナハーランとエルサに発疹が生じたように、激辛の刺激と酷い蕁麻疹(じんましん)が発生する。対処法は〈クリーン〉で綺麗にし、〈ヒーリング・シャワー〉で回復してやることだ。


 次にトマト類であるが、こちらは酸味のある体液で、全ての金属類が腐食する。対処法は〈クリーン〉で液を落とし、〈リファイン〉で腐食を取り除くことで無事元通りに戻せる。しかしながら、注意が必要だ。それは、処置が遅いと腐食が進み、ボロボロに崩れ去ってその道具や装備等は消滅する。


 続いて茄子類。こいつ等は飛び散った後も奇声を発して人々を錯乱させてしまう。対処としては、〈クリーン〉で綺麗にすること、錯乱した人々に〈アクア・ボール〉や〈ヒール・ブリーズ〉を掛けることだ。参考までに、錯乱耐性の個人差については、詳細不明だ。


 更にピーマン類についてだが、アレク個人としてはこいつ等の害が耐え難いものとなる。なにせ猛烈な悪臭を放つ体液をぶちまけるので、鼻が拉(ひしゃ)げ、不快で仕方が無い。対処も厄介で、体液は〈クリーン〉を5回以上掛けないと落とせないばかりか、臭いは〈ウッド・ショット〉でないと消せない。本当に迷惑な連中だ。


 そして、馬鈴薯に関しては、白濁した粘性のある体液で、強力な糊となる。これの処理については、〈クリーン〉もしくは〈ディコンポーズ〉で綺麗さっぱり除去出来るので、一番楽と言える。


 最後に酸漿(ほおずき)であるが、これはトマト類と似ており、全ての布・植物系の物が溶解する。対処法もトマト類と同様だ。




 はっきり言って、非常に迷惑な公式フィエスタに違いない。しかし、“復讐の”という記載通り、『彼等に危害を加えたら痛い目を見る』と事前にほのめかしている点は親切と言えなくもない。




 景色に住宅が増えるに従い、壮絶な追いかけっこの風景が目に飛び込んで来る。逃げ回る人、人、人――そしてそれを追跡する野菜、野菜、野菜。双方の数は凄まじい限りだ。とりわけ、野菜の数が尋常ではない。しかも、増え続ける一方なのだ。凄い勢いで爆ぜているはずなのに。


(こりゃあ、急いだ方がいいな)


 アレクは〈テレポート〉でにゃんたなの店へと転移する。

 アレクが店の前に出現すると、そこは目を疑う光景だった。野菜達が群れをなして、建物に集(たか)っている。押し合いへし合いにより、どんどん破裂しては液体を飛散させて行き、辺り一面が絵の具を混ぜた様に黒ずんだ色の川か池となっている。


 アレクは素早く〈クリーン〉を広範囲に渡って5回掛ける。それと同時にナマケモノーが本領を発揮する。彼は口を大きく開け、勢い良く息を吸い始めた! その瞬間、野菜の塊が壁から剥がれ――なんと、数千体はいたであろう野菜達が一瞬で吸い込まれてしまった。辺りは綺麗さっぱり! 元の美しい【トラッツェ】の町並みが蘇る。


 流石に今の光景には、アレクも仰天した。こんなにナマケモノーが強力で役に立つとは! 戦闘に関してはからっきしなのが不思議で仕方ない。

 それはひとまず脇に置いておき、アレクは店の扉を開ける。


「ひっ!」


 にゃんたなの悲鳴が響き、彼が一目散に店の奥へと引っ込む。


「にゃんたなさん、俺です。アレクですよ。野菜は片付けましたんで、ひとまず平気ですよ」


 アレクは扉を閉め、低めの落ち着いた声でゆっくりと呼び掛ける。すると、窺う様にそろりとロシアンブルーの耳が戸の影から覗き始め、やがてにゃんたなの顔全体がお目見えする。


「あ、アレク、さん、ですか……良かったぁ……」


 胸を撫で下ろし、そろそろっと戸の影から出でてアレクの前へとやって来る。


「すみません、遅くなって。手紙が来た時は“休眠中”でして、接続したのは1時間程前。外に出たら野菜が動いているしと、事態の把握に少し時間が掛かってしまいました」

「い、いえ、こちらこそ、同じ状況でしたでしょうに、動転して“緊急の手紙”を送信して申し訳ありません」


 落ち着きを取り戻して来たのか、にゃんたなの言葉が滑らかになる。


「それはそうと、どうやって対処したんですか? 物凄い数だったと思うのですが……」


 アレクは両眉を少し上げ、軽い笑いを堪えるようにして視線をナマケモノーに移す。


「彼、ナマケモノーが美味しく頂きましたよ、全て」


 目を瞬(しばたた)かせ、にゃんたなはアレクとナマケモノーを交互に何度も見る。


「あ、あの量を、ですか?」

「オイシかったー♪ もっと食べるー♪」


 ぴょこんと両手を挙げて跳ね、ナマケモノーは机の上に飛び乗る。アレクは『よしよしっ』と優しく撫でながら、にゃんたなと会話を続けた。



 にゃんたなとの会話で判明したことは次の通りだ。

 

 どうやらフィエスタ開始日から、野菜を攻撃することで駆除して来た者達にだけ、野菜は襲い掛かっているようだ。彼はにゃんこ商会の人々と念話で情報のやり取りを行っており、それらの情報を統合した上での結論だそうだ。


 なにやら、にゃん吾郎が『楽しい飾りですね』と言ってそのまま野菜の壁を鑑賞していたらしい。彼の店は木造なので野菜の増殖速度は遅い。時間と共に少しずつ増えて行く野菜を観察するのは、とても楽しかったそうだ。33日目にして動き始めた野菜達は、にゃん吾郎へ襲い掛からず、『邪魔にゃんっ!』と日々にゃん吾郎の制止を振り切って駆除していたころろへ、大挙として押し寄せたらしい。急いでころろが店に逃げ帰るも、野菜達は戸に群がって野菜汁を大量に生産し続けたそうだ。しかし、にゃん吾郎が扉を開けると、野菜達は潮が引くようにさーっといなくなるのだそうだ。


 しかしながら、駆除していないのはにゃん吾郎くらいで、他の人は総じて野菜の襲撃に困窮している状態らしい。それはアレクの知人に関しても似たようなものだ。エルサくらいだろう、他に駆除していなかったのは。彼女の場合、住まいに全種類を二つずつ飾っていると言っていた。あのやに下がった表情が甚だカワイイらしく、日々鑑賞し語り掛けては幸せに浸っているとか……アレクにはからきし理解出来ない絵だ。食べられることを教えたら、『食べるなんて可哀想。アレク君、ひどい』と返されてしまう具合だった。


 また、野菜達は建物内には侵入して来ない。そこに気付いた人々は、皆引篭っている。嵐が過ぎ去るのを、じっと待っているわけだ。





 にゃんたなが溜息をつき、重い口調で吐く。


「はぁ、早くこの『ラ・ピミエンティーナ』が終わって欲しいですね。初めてですよ、公式行事でこんな気分を味わうのは」


 アレクは左眉を少し上げ、閉じていた目を開けてから返す。


「こう言ってはなんですが……それは見通しが甘いと思うんですよね」

「どういう意味です?」


 乗り出すようにして、にゃんたなが食い付く。


「どうして家の中の壁に野菜が実り出さないと? サタルーダ・クエントですよ? まだ残り8日以上あるのに、そんな逃げを許すようなゲームだと思いますか? 家の中も滅茶苦茶にしてくれるだけの意地の悪さを保障しますよ、俺は」

「……アレクさん、かなりお人が悪いんですね……」


 無論、アレクはそれで済むとは考えていない。その理由は“舞い降りた黒き赤い使者”が未だに判然としていないのだから。これまでに姿が確認、報告されているのは、依然として初日から発生している野菜達だけである。まだ何かとんでもないことをやらかす、そうアレクの勘が告げていた。



 ひとしきり情報を収集、整理したところで、アレクはナマケモノーにたらふく食事をさせることにした。お世話になっている人々、そして同郷人を助けるという意味で。

 【トラッツェ】だけでも約500km²と広大な都市につき、到底【トラッツェ】全体を一時的なりとも清掃することは出来ないかと思いきや、ナマケモノーの実力たるや、空恐ろしいものだった。


「よしっ、ナマケモノー! 全力で野菜を食べ切って来いっ!」


 そうアレクが命じてみると、ナマケモノーは目を輝かせてこう答えた。


「いいのー!? いーっぱい食べちゃっていいのー!? ボク、張り切っちゃうよー♪」


 そう言い残し、彼は掻き消えてしまった。

 やがて待つこと3時間、彼は満面の笑顔と喜びを湛えた仕草でアレクの元へ帰還した。帰って来るなり、こう言った。


「アレクー、ボク、街ぜーんぶ食べて来たー♪ エヘヘー♪ 凄いっ? すごーい?」


 その規格外の胃袋と素早さに驚きしか湧いて来ないのだが、『可愛いから、これでよし!』と納得することにしたアレク。褒めちぎっては、アルマロンも加わってじゃれ合っている。




 こうして聖大ことアレクは、サタルーダ・クエントに接続した2日間、ナマケモノーやアルマロンと共に野菜を食す旅へと繰り出したのだった。無論、同意を得た野菜達を食材として道具欄に収めることも忘れなかった。あのやに下がった野菜とは違い、“意思ある野菜達”を貯蔵しない手はないという、相当な意気込み様だった。そして充足感を携えて“休眠”し、現実へと戻るアレク。次に接続した際には、世界が悲劇に包まれているのだが。


●次回は5/30(21時)の投稿です。


●〈クリーン〉(Lv15)、〈ディコンポーズ〉(Lv20)、〈リファイン〉(Lv50) は全員が習得可能な魔法です。

 〈アクア・ボール〉(Lv1)、〈ウッド・ショット〉(Lv1)、〈ヒール・ブリーズ〉(Lv5)、〈ヒーリング・シャワー〉(Lv25) は多くの魔法を使える人が習得しています。

 数字は習得可能レベルですが、記載通りのレベルで習得出来るとは限りません。


●【トラッツェ】にレベル25以下の人は住んでいないため、本文では出てきませんが、レベル25以下の人の住まいに野菜は発生しません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。