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20 ◆ 街一面 えの具をたらす 赤子かな ◆

 撒二三、ナハーラン、エルサと共に≪植物園≫から〈リターン〉で【ロクワ】の広場へ戻ると、街が騒然となっている。

 広場から周囲を見渡すと、絵の具などの画材をぶちまけたかの様に、家々には赤や橙、黄、白、緑、紫色の大きなシミが出来ている。そして人々が何かに向けて攻撃を仕掛けているようだ。


「な、何だぁ!? これはよ」

「さあなあ。様々な色だから血ってわけじゃなかろうし、設定で視覚効果の調整を出来るよな、血液ならば。ところで、街中だと攻撃は出来ないんじゃなかったか?」

「ねえ、見て見て、3人共。カワイイのがいたよ! ほらっ!」


 そう言ってエルサは3人の前に大きなピーマンかトウガラシを差し出す。大きさはおよそ40cm、酸漿(ほおずき)のような形をしており、色は朱色だ。顔があり、それもやに下がった表情で、小ばかにしている感が不愉快と言えよう。手や足は生えていない。


(全く可愛さの欠片もねえっ!)


「な、んだぁ? この変なのは……」


 ナハーランがつんつんと指で突く。トウガラシのやに下がった顔が一層嫌らしくなって行く。



 シュポンッ!!



 矢庭に酸漿(ほおずき)型の物体が破裂した。シャンパーニュの栓を抜いた時の如く気持ちの良い音を立て、辺りに朱色の液体が飛散し、日向夏のような爽やかな香りが充満する。


「ぎいぃやあぁー!」

「きゃああぁー!」


 ナハーランとエルサの叫び声が耳を劈(つんざ)く。


「おいっ! どうしたんだよ?」


 撒二三が尋ねるも、二人は目を力いっぱい閉じて必死に顔を手で擦っている。喚き声が止まる気配は無く、悶え続ける二人。

 気になってアレクは飛沫をペロっと少し舐めてみる。


(――っ!! こりゃ、ツラいわな)


 舌を出しながら、顔を歪めるアレク。激烈な辛さだ。


 まずは、原因の液体をどうにかするのが先決だろう。物は試しで、手早くアレクは範囲を広く取った〈クリーン〉を二人に掛けてみる。瞬(またた)く間に朱色のシミは消え失せ、二人の叫び声も止む。効果は抜群の様だ。


「少しはマシになったか?」

「ハァ、ハァ……あ、ああ……かなり……」

「……ぅ……うん……」


 問い掛ける撒二三に対し、息も切れ切れで答える二人。相当刺激が強い液体だったのだろう、顔を上げた二人の顔面をはじめ、皮膚のあちこちが真っ赤になっている。さながら酷い蕁麻疹のようであり、悲惨な状態だ。


 アレクは片っ端から二人に回復魔法を掛けてみる。

 〈ヒール〉、〈ヒール・ブリーズ〉、〈ラージ・ヒル〉、〈ディトキシファイ〉、〈ステップ・ヒーリング〉は全く効果が無かった。

 しかし、唯一〈ヒーリング・シャワー〉だけは有効なようだ。少しだが、発疹や赤みが引いている。再び〈ヒーリング・シャワー〉を掛けてやったら、発疹は綺麗サッパリなくなった。


「助かったぜ、アレク」

「アレク君、ありがとう」

「どういたしまして。ところでエルサ、何処でさっきのヤツを拾って来たんだ?」

「何処って、建物の至る所にいっぱいいるよ――ほらっ」


 そう言ってエルサは4階建ての家の上層を指す。そちらを見やると、確かに先程の酸漿(ほおずき)型のトウガラシもどきが沢山実っている。しかも、どれもこれも憎たらしくやに下がった表情をしており、見れば見るほどに腹立たしい気分が湧き上がって来る。


(一帯の赤いシミの原因はあれだとして、色違いは別の作物ってことか?)


 視線を滑らせて行くと、緑色のピーマン・トウガラシ・トマト、紫色の茄子・馬鈴薯(ばれいしょ)・トマト、橙色の酸漿(ほおずき)・トマト・トウガラシ、黄色のピーマン・トマト・馬鈴薯(ばれいしょ)、赤色のトウガラシ・トマト・茄子が其処彼処に実っている。何れもニタニタと笑っており、腹立たしさを燃え滾(たぎ)らせてくれる表情に違いなかった。


 街の至る所にあるシミは、皆があれらの野菜に攻撃を仕掛けて破裂したために出来たもので相違ないだろう。見渡せば、多くの人がそれぞれの方法で野菜を駆除しようと躍起になっている。


「うぎゃーっ!」


 唐突に響き渡った叫び声に振り向くと、所々が赤く染まった……鷹の、男性だろう、ゴロンゴロンに転げ回っている。

 アレクは素早く〈クリーン〉と〈ヒーリング・シャワー〉2回を掛けてやる。


「……す、すまん、助かった」

「いえいえ。ところで、この街の様相はいつからです? 6時間前はこんなんじゃありませんでしたよね。そして、何でこんな事態に?」

「1時間程前からだったか、建物の壁に緑色の汚れがあるなと思って近付いてみたら、顔有りのピーマンでよ……最初は疎らにあるだけだったんだが、次第に種類も数も増えてこんな状況さ。しかも増殖するのが速いから、皆駆除しようと躍起になり始めたところだよ。それにな、知り合いからの話しだと、【トラッツェ】や【チェスター】、【ミハーミ】、【ナシナ】、【マハーラ】をはじめ、ほとんどの都市で同じ事態になっているらしいぜ」

「そうですか」


 やおら鷹の男性はアレクに再度謝意を示すと、空へ羽ばたき、今度は魔法を放って野菜を駆除し始めた。〈ボール系〉の魔法が命中した野菜は、順に爆ぜて液体を飛び散らす。


(こりゃあ大変だな。しっかし、多くの都市で同時に発生しているとなると、何かの事件なのか)


 アレクはそれとなく道具欄を開き、トウガラシ対策になりそうな物を探す。そこでふと、目に留まる物があった。幾度も目を強く瞑っては開いてはと、表情筋を動かす。どう見ても、何度見ても『お知らせ』と題された“手紙”が、小さく縮こまるように紛れている。とても遠慮がちにひっそりと。


 その“手紙”を開いてみると、内容は以下の通りだった。




『皆さん、サタルーダ・クエントを楽しんでおられますか? 製作者一同も運営の傍らで、日々フエーゴを堪能しております。そして今年はなんと言っても、我が社の悲願を達成した記念すべき年っ! 今や世界中の成人で、このフエーゴをやっていない人は存在しなくなりました。そろそろ達成記念日頃に始めた皆様も成長して来たことでしょうし、ここらで大々的な公式フィエスタをやっちゃいましょう♪

 記念すべき年ですから、今年は気合の入った公式フィエスタを複数用意しております。そこで第一弾は――


  『ラ・ピミエンティーナ! 復讐のナスー家』


をお送り致します。期間はゲーム内にて本日から41日間。



  ――舞い降りた黒き赤い使者に気を付けろっ! 奴等は凶悪だ――



 皆様の愛と感謝がきっと世界中の街を救うことでしょう。製作者一同、皆様のご無事をお祈りしております』


 



(……嫌な公式行事、きたー……)


 文面からして嫌な臭いしか漂って来ない。そのため、復読する程にアレクは深い溜息をつきたくなるのだった。

 街の喧騒が一層増していくため、アレクは3人に念話で知らせる。


<ナハルに撒二三にエルサ、道具欄に運営からの手紙が紛れているから、探して読んでみな>


 少々の間目を瞬かせ、3人は一斉に道具欄を開いて捜索を開始する。随分とひっそり忍んでいる手紙なだけに、3人とも見付けるのに苦労しているようだ。

 発掘した通知を読み終えた3人は、皆苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


<なあ、無事を祈られちまったけどさ……さっきみたいなトウガラシ爆弾が危険ってことか?>

<ありゃあ、尋常じゃなく危険だな。まだヒリヒリするし>

<でも真っ赤ではあったけれど、黒くはなかったよ? さっきのかわいいトウガラシ>


 エルサの言葉に、アレクはセレスのことを想起してしまう。それもすぐに頭の隅に追いやり、皆に提案をする。


<それはともかく、まずは自分達の住まいを確認しに行った方が良くないか?>


 アレクの提案に3人は頷き、ひとまず別れて各自の住居へと向かう。




 アレクはナマケモノー、アルマロンを伴い、急いで【トラッツェ】郊外の丘の上にある住まいへと舞い戻る。

 【トラッツェ】の街並みも【ロクワ】同様、彩り鮮やかなトマト、ピーマン、トウガラシ、馬鈴薯(ばれいしょ)、酸漿(ほおずき)、茄子の装飾で賑わっていた。それは視覚的な意味でもあり、聴覚的な意味でもある。どういう条件でそうなるのかは不明だが、喧(やかま)しく不愉快な笑い声を上げる個体が相当数いるのだ。


 うひゃひゃ

 あひゃひゃ

 うきゃーっきゃっきゃっ

 ふひょひょひょ

 むふむふ

 ぬぁーはっはっ


 かしがましくて仕方が無い。


 

 街外れの小高い丘を駆け上って行くと、見慣れた大樹が視界に入る。次第に煙突や水車なども見え始め、壁面に差し掛かったところで、いつもと違う色があることに気付く。

 

 ――いるっ!


  茄子やらトマトやらが、壁面にわっさーと豊作状態の模様。

 豊作で一切嬉しくない事態が訪れるとは……。


 視界に入った瞬間にげんなりしてしまうアレクだったが、近付いてよくよく見ると、豊作状態と不作状態の部分がある。ぐるりと家を一回りしただけで判然としたのだが、木造部分にはほとんど野菜が実っておらず、樹木の部分には一切無い。その代わり、石造りの部分には豊作も豊作で、壁面を埋め尽くしている状態だ。


(さて、困ったものだな)


 暫く目を閉じ、アレクは思考を巡らす。お知らせを再度読み直し、先程からどうも引っ掛かっている点を洗い直す。


 再び読み直すもやはり気になるのは、『黒き赤い使者』に『復讐』という言葉だった。

 茄子は黒に近い艶のある紺色や紫色ではあるものの、それは黒色ではない。黒みの赤こと静脈血のような色の物はと言えども、見当たりはしない。それに、何の“復讐”なのだろう。



 どう対処するか考えあぐねるアレク。何気なく頭上のアルマロンの鼻先に軽く触れ、そこで、先程までは脇にいたナマケモノーの姿が見当たらないことに気付く。家の周囲を歩いて探すと、すぐに彼は見付かった。日当たりの良い石の壁にもたれ掛かり、満足そうにしている。


「ナマケモノー、そこで何してんだ?」

「んー? 日向ぼっこー♪」

「はは、そこで日向ぼっこもいいが、樹上のアマカで寝そべった方が気分も弾むぞ?」

「アレクも一緒ー♪」

 

 ぴょんとアレクの胸に飛び付き、ナマケモノーはアレクを見上げる。甘えん坊のナマケモノーを抱えたまま、アレクは石造りの扉を開けて中に入る。

 樹木の家へと移動し、上層の窓から太い枝へと出でて、太い枝と枝に引っ掛けてあるアマカに寝そべるアレクにアルマロンにナマケモノー。一角ウサギの毛皮で作った枕も心地良い。揺蕩(たゆた)う網目状の布の寝床で寝そべっていると、柔らかく注ぎ込む木漏れ日が、気持ち良さを一層膨らませてくれる。

 そのまま布と光と風に優しく包まれ、うとうとするアレク達。




 ハッと気付き、まず目に映るはナマケモノーとアルマロン。どちらも胸の辺りで寝息を立てている。思わず微笑がこぼれ、左手でそっと撫でながら、アレクはメニュー画面を開く。そこで、ナマケモノーが胸から右腕の上にまで跨っているため、右腕を動かせないことに気付く。

 『左手の毛を僅かの時間でも諦めるのは口惜しい!』『ふかふかもこもこの毛並みを撫で回したい』という我欲を断固死守したいアレク。それに、ナマケモノーとアルマロン安らかな寝顔を観察出来る貴重な時間でもある。


 そんなわけで、己の欲望のために画面操作を手で行えない。冗談ながら『画面よ、動けっ!』と強く念じてみる。



 すると、滑らかに操作出来た。



(こいつの操作にわざわざ手を使う必要って、なかったんかい!)



 そのまま思い通りに操作して掲示板を確認する。有用な情報は見当たらないどころか、皆事態を把握していないがために情報は錯綜している。『公式フィエスタ』という単語すら見掛けなかったため、アレクは『道具欄にひっそりと紛れている運営からの“手紙”を読むべし』とメモ書きを掲示板に残し、画面を閉じる。

 画面を閉じたのも束の間、アレクは気になって道具欄を開き、南津海(なつみ)1個を選択して念じてみると――見事想い通り、南津海(なつみ)が口元に出現した。続いて仕舞う……ことは出来なかった。出したからにはと丸ごと頬張っていると、ナマケモノーが目を覚ます!


「ボクも食べるー♪」


 毎度のことながら、とても食い意地の張っているナマケモノー。先程と同様にして南津海(なつみ)を5個取り出してナマケモノーに渡すも、瞬(またた)く間に飲み込まれてしまう。


「果物の方がおいしーね♪」


 アレクは眉を顰(ひそ)める。本日二度目の≪植物園≫の攻略以後、【ロクワ】、【トラッツェ】そして住まいへの道中では何も与えていないし、≪植物園≫で何か食べる際には、必ず果物も与えていた。


「お前、果物以外に何か食べでもしたのか?」

「野菜をいっぱい食べたー♪」


 アレクは反射的に眼下の住居を見る。先程は石造りの壁全面にぎっしりと実っていた野菜達。しかし、どうしたことか、ものの見事に消え失せている。それに木造の方にも疎らにあったはずだが、一切見当たらない。


(食べちまったのかーっ! いやいや、待て待て、待てよ……アレって食って平気なんか?)


「ナマケモノー、あんな物食べちまって平気なのか? 何ともないのか?」

「ヘーキだよー。ケッコー美味しかったよー♪ もっと食べたーい♪」


 当人は平気だと言い張るのだが、果たして……。



(俺も、食べてみるか!)



 職業柄、食には人一倍興味関心を抱いている聖大(きよひろ)ことアレク。腹立たしく不愉快な見た目だが、食べてみるとなれば、それらを見る眼も変わってしまうのは性(さが)と言えよう。早速食材を収穫しに、アレクは家の内外の壁を隈なく調べ始める。


 20分程探索すると、やっとこさ外の日当たりの良い石壁にてトマトを一つ発見した。ニタニタと嫌らしく笑っているトマトだが、むしろアレクの方が内心ほくそ笑んでいる。


(さて、どうやって食べようか。色艶も良く、底の筋がはっきりしていて数も多く……よしっ! ラグーにするかな)


 アレクは40cm大の笑うトマトをそっと捥(も)ぎ取ると調理場へ行き、せっせとラグーを作り始める。最初に寝かせてあるピッツァ生地を冷蔵室から取り出す。そして野菜を切り、香味野菜を炒め、豚と牛の肉を加え、粗微塵にした笑うトマトを入れて塩や香辛料も加えて煮込む。

 鍋の蓋を開ければ良い香りが立ち込め、嗅覚から脳を経由して、腹部の器官が一斉に声を上げ始める。


「オイシそー♪」

「ぼくも食べてみたい!」


 ナマケモノーは足元で跳ね回り、アルマロンは首の周りを忙(せわ)しなく走り回る。こちらも既に待ち切れない様子だ。

 ラグーの味見としてナマケモノーとアルマロンにも一口分与える。


「「おいしー♪」」


 ナマケモノーがアレクの背中に飛び付き、アルマロンは肩の上でふさふさの尾を小気味良く振る。


 続いて、せっせと生地を薄く伸ばして丸くする。そこにラグーとモッツァレラを乗せ、〈ファイア・ブラスト〉で炭に点火した石釜へと投入する。

 カリっと香ばしく焼けたピッツァは、それはそれはもう非常に美味しかった。≪植物園≫にて手に入れた“質:+10のトマト”で作ったものよりも美味しかろう。


(もうあいつ等は食材にしか見えんな。ただ……)


 あの姦(かしま)しく嫌らしい野菜達を道具欄に収容したり、家に貯蔵したりすることは、どうも気が進まない。食材だからとアレクは必死に見方を変えてみるも――無理だった。何よりあのやに下がった顔で不愉快な笑いを立てて倉庫に並んでいる映像を想像すると、道具欄に入れる気が微塵も生じない。拭(ぬぐ)い去れぬ程に気が向かないので、毎回調理する分だけを収穫しては、即座に料理へと変える方針で固めたのだった。


●次回は5/28(21時)投稿です。


●アマカ(hamaca)とは、ハンモックのことです。フエーゴ(juego)はゲーム、フィエスタ(fiesta)は祭り・祝祭・楽しみ等の意味です。

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