12 □ ピカピカに ふいて落とすか 通り雨 □
今日と明日は2連休。そんな1日目の夕方、狙いを澄ました様に賑やかな男が突如押し掛けて来た。男の名は聡介、俺の友人である。何やら手作りおやつが食べたいそうだが……。
「サタルーダ・クエントはどーよ? 聖大」
スフレと紅茶を前にして、のっけからやに下がった様子で聡介が問い掛けて来る。
「睡眠時に楽しくやっているよ」
素直に楽しんでいる様子を精一杯込めたつもりで、俺は率直に答える。
「なってないぜ、勿体無い王子……」
聡介は目を閉じ、やれやれという具合で肩を竦めて首を振る。
「『楽しさと欲望の余り枷が崩壊して夢中になり、欲望の穴に嵌って大変だー』が様式美だろうがっ!」
「そんな様式美は願い下げだっ!」
聡介は深く、長く息を吐く。
「はぁ……その感じだと、あっちでも鋼鉄将軍は健在だな……」
「お前な……人に買わせといて、その言い草は何なんだ?」
「何って、面白さを求めてんだよっ♪ 『一度の人生、好きに生きて踊り狂って爆ぜて飛び散るべしっ!』これ、家の家訓だから♪」
謡うように自称家訓を唱える聡介。
俺は左眉を上げ、首を傾げる。
「そりゃ、お前の価値観が大爆発しているだけだろ」
「いやいや、殿っ! 俺の芸術は繊細ですぜっ!」
俺は力一杯左眉を吊り上げ、右眉を吊り下げた。
「レーサーであるお前の感性の、何処が、細やかなんだ?」
「残念な王様には、この繊細さは見えないんでございます。どうか両の眼をしかとお開きになり御覧下さい、このスフレの様な柔らかな心遣いとダージリンの如き爽やかで豊かな精神を!」
大仰な所作で聡介がココット型と渋い茶器を指す。
「……そりゃ俺がお前のために用意したスフレと紅茶だな」
「すんげーうまいな♪」
「それを生業としているからな」
「ここは突っ込もうぜっ♪」
陽気に抗議をしてくる聡介。
すっかり萎んだスフレをチラッと見やり、棒読みで応じる俺。
「喋ってばかりいるから、食べ頃はとうに過ぎてて悲しいなー」
「そっちへの突っ込みやないっ! はぁ……どうしてこう残念なんでしょうか、陛下は」
「お前の残念の定義を問い質したい所だな、俺は」
今度はやや平坦に返す。
「何って、決まっているっ! 好きな女性には振られまくるが、有象無象には必ず言い寄られて付き纏わられる残念さだっ!」
語気に力を込め過ぎたためか、べちゃっと豪快にスフレをこぼす聡介。
俺は一瞬聡介から視線を外しては、再び聡介へと戻す。
「……聡介、こぼしてるぞ、スフレ……」
「おっと……。じゃあ、追加宜しくっ♪」
こぼさなかった分のスフレを平らげ、爽やかにねだる聡介。
「へいよ」
俺はこぼれたものをさっと片付け、空いた器を下げた。
「機を逃しそうなお前には、これがぴったりだ」
クレマ・カタラーナと黄金桃のジェラートに、クランベリー・ブリオッシュを添えた物を聡介の前にすっと出してみる。
「うぉっほぉー♪ いいねえ……」
順調にクレマ・カタラーナを腹へと収めて行く聡介。だが、饒舌なのは変わりない。
「それで御乱心陛下、最近はいかがですかな?」
「ざっくりし過ぎた質問だな、それ。答えを引き出す気はあるのか?」
「ややや、お察し頂けないとは……では、はっきりと申し上げましょう。二股の件はどうなりましたかな?」
嘆かわしやと大仰な仕草から居直ってキリっとしたのも束の間、彼の表情はどんどんやに下がっていく。そんな聡介変化を、俺は瞬きしながら眺める。
「はあ……そりゃどっから湧いて来た話で?」
「おやおや?明日香殿から、新たにヒサミという女性と猛暑の夜をお過ごしになったと聞き及んでおりますが?」
(妹よ、何を言ってくれとんの……)
俺は眉間に皺を寄せて押し黙った。
「ほうほう……やはり御乱心の様で……」
非常に嬉しそうな響きの声だ。
(急に手作りおやつが食べたいと押し掛けて来た理由は、これか……)
「で、どっちがいいんだ?」
「片方とは問題なく別れていたし、二股じゃあないぜ」
「何っ! そんな大御乱心はイカンだろっ! 世も末だぜっ! そこはどっちともズルズルと乱れに乱れ、揉むに揉んで、『御乱心あそばせー♪ どうぞおいでませー♪ もっともっと、いらっしゃーいっ♪』だろっ! そんなんじゃあ――」
聡介の“乱心”の定義は脇に置いておくとして、畳み掛ける様にして聡介の面白劇場が繰り広げられている。だがしかし、話に夢中となる余り食べることは疎かになっている。
「……聡介、ジェラートが溶けてるぞ」
「おっと、そりゃイカン」
慌てて9割程溶けた黄金桃のジェラートを……クランベリー・ブリオッシュで掬って食べる聡介。
「ぬはは、黄金桃ってのは、美味いんだな♪」
「マンゴーから独特の臭みを取り除いて、桃の甘く芳醇な香りがするような味だからな。今じゃあんまり作ってなくて、結構稀少なんだぜ」
「お前んとこの店って、今の時代じゃ絶滅寸前な程に土でちゃんと栽培したものしか材料として扱ってないもんな。水耕栽培や組み替え種、全自動工場生産の果物や麦、米、合成乳や合成砂糖を使っていないとは……ホント化石みたいな店だよな。いつの時代だよっ♪ そして、高価で高級で美味い味を覚えさせて誑し込むとはっ! なんとけしからん店だっ!」
俺は目を瞬かせてから、さらりと言ってみた。
「お前……今度農家さんの所へ連行して、畑に植えてやろうか?」
「白桃の桃娘は大大大好物だぜっ♪ その甘い香りに釣られて~皮を剥いて~ぱーくりんちょにしてやる~♪」
宙で何かを鷲掴みにするように、むにむにと手を動かす聡介。
俺は左手で顎をさすりながら、右眉を持ち上げた。
「聡介、俺は明日出掛ける用事があるから、然して用が無いなら、食べて帰れよ」
「何を仰いますやら、殿っ! 泊まって行きますぜ。で、明日は女の所へ出掛けるのか? なあ、おいっ!俺も連れてけ♪ 一緒にぱくりんちょしようや♪」
片手で宙を揉みながら、がしっと肩を組んでくる聡介。
(こういう時は本当に鬱陶しいことこの上ないな……ならば)
「さて、小百合に報告でもするか」
電話を掛けようとした俺を聡介は慌てふためいて制止する。
「お、おいっ、待てっ! それはやめろっ! よせっ!」
「じゃ、泊まりは無しだ」
「それとこれとは別だぜっ、勿体無い王子っ! 俺には帰らない自由と泊まる権利があるっ!」
やれやれと肩を竦めたかと思うと、無駄に格好良く啖呵を切る聡介。
俺は左手を腰に当て、ふぅっと息を吐く。
「お前さあ……」
「それならば、どちらの女性とどんな猛暑日をお過ごしになられたかの仔細を仰って頂ければ、帰って差し上げまするっ! それまではこの聡介、家臣としての務めを全うする所存に御座いまするっ!」
三角に腕を頭の横へと上げて、キリッと敬礼をする聡介。
「却下だ」
「殿っ!」
「そんなに聞きたきゃ、次に大一番のレースの時は、特等席で観戦させてくれよ」
「なんだ、そんなの朝飯前だぜっ♪ それよか、なんで全然観に来てくんねぇんだよ」
俺の目は大きく開き、口は暫く半開きとなってしまう。
(お前ーっっ!)
「6年前に『もう観に来るな』って言ったのはお前だろうがっ!」
「えっ? そんなこん言ったっけ?」
俺は右手で前頭部を覆った。
(もう『“頭痛が痛く”なって来た』の気分だ……)
「俺が観戦に行ったら、『女性がお前の方ばかりに群がって面白くないから、もう来んな』って言っただろうが」
「……ああ、ああ、そんなこと言ったな。あはは、困ったね……」
『てへっ♪』と舌を出す聡介。
「で、どうすんだ?」
「よしっ! 帰るぜ、ありがとさん、ごっちそうさん」
そそくさと去って行く聡介。皿はしっかり空になっていた。
●次回の話も短めです。
●黄金桃は筆者の好物です。聖大の世界では、工場製の果物に押されて稀少品扱いにしてみました。筆者の桃の硬さ好みは、程良い柔らかさ派です。
また、マンゴーってまだ熟していないカッチカチの物は臭いんですよね。酪酸という銀杏の腐臭でしょう、果皮、果肉どちらも臭くて鼻が捥げる。それに手を洗っても中々落ちない……。




