11 ◆ ひかり差し 喋り上戸に 泣き上戸 ◆
「居を移すのでしたら、お任せ下さい」
薄暗い森の中を颯爽と走りつつ、アレクはにゃん吾郎の言葉を思い起こす。
アレクもレベルが46となり、ユサベ温泉郷や【ロクワ】付近では狩場の適正帯から外れて来てしまっていた。
「移住先は【トラッツェ】が宜しいかと。あそこは有数の大都市ですし、いくつかの次元門迷宮からも近いですからね。それに、猫人族繋がりでぬこ商会所属の面白い建築家を御紹介出来ますよ」
アレクはにゃん吾郎の提言に乗っかることにした。“面白い建築家”という魅力的な撒き餌に食い付かぬわけには行くまい。
時空門で都市と都市は結ばれており、10ルブロさえ支払えば自由に行き来出来るようになっている。しかし、一っ飛びで行ってしまうのは面白くないと考え、【ロクワ】から【トラッツェ】まで自身の足で旅することにしたのだ。
「【ロクワ】から西側へ800km程でしょうかね」
途中、高レベルの魔物が徘徊する地帯を横切ることにもなるため危険ではある。しかし、風景の移り変わりや途中途中で採集できた食糧など食し、五感を大いに刺激して堪能する旅というのは、道中の記憶も点ではなく連続した線となり、すこぶる楽しいものだ。走って移動するため当然疲労も凄いのだが、それも旅の良き添え物。
(それにしても、道中は全然人を見掛けないよな。やる時間がずれているとは言え、一応40億人程やっているわけだから、少しは人影があっても良さそうなもんなのに……。
多種多様な方向へと、それぞれの趣味に走っているらしいから、皆が狩りをするわけじゃないだろうがさあ…)
駆け抜けた道中を振り返ると、人影というのは本当に疎らだった。オイシイと評判の狩場から外れると、途端に人の気配が消え失せてしまう。
にゃん吾郎やその知人から教えて貰ったことなのだが、レベル100を超えると生産系の魔法が出現し始めるため、皆それぞれ好みの技能を磨くようになる。したがって、全員が冒険や迷宮攻略をするとは限らないそうだ。長年やっているにゃん吾郎とてレベル150程であり、彼は商人や和裁、鑑定の技能を磨くことに多くの時間を費やして来ているらしい。
さて、アレクの方向性はというと……。
(今の所、第一はやっぱ冒険だよなー。現実では絶滅した動物とかも時々見掛けるし。現実とよりも自然豊かで多彩な表現になっているから風景も楽しいし……そこら辺はかなり作り込んであるよな)
駆けること休憩を含め約20時間。
眼前には色とりどりの光の燈った家々が飛び込んで来る。遠目から判断するに【ロクワ】に近い町並み……いや、もっと鮮やかで明るく華やいだ印象かもしれない。白色、乳白色、山吹色、橙色、薄茶色、珊瑚色の屋根や壁に、緑や青系の窓や扉などもある。
【ロクワ】はもっと荘厳で、ゴシックやロマネスク調の雰囲気だった。
(にしても、でっかい都市だなあ)
【トラッツェ】に辿り着いてみると、【ロクワ】よりも行き交う人の多さにまず目を瞠る。人々の装備も多様さが増し、“凄そうな感じ”の人も多い。装飾的に凄いという意味と、高レベルの装備であるという両方の意味で。
(そういえば、ここには評判の武具防具・服飾品店があるって言ってたな。“ブラウニー・ベア”だっけ?なしてその店名なんよ)
暫く街中を巡っていると、尋常ではないほど荘厳で高級そうな外観の建物と、可愛い気がしなくもない飴色の熊の看板が目に留まる。
(照明が厳かさを一層引き立てている、よな。だが、店名と看板と店舗の外観とが調和しとらんだろう……。とりあえず、入ってみよう)
「いらっしゃいませー♪」
あどけなさが香る可憐な妖精族の女……の子?だろう、明るく出迎える。
「いやん、超カッコいい♪ きゃー、お客様、ウチでモデルやりません? ねえ、やってぇ♪ コレもガッチガチに弾むわよん♪」
どうやら、あどけなさは気のせいのようだ。
とりあえず、アレクは沈黙し続ける。
(ははは……既視感満載だな……)
「そうと決まれば、カッコいいおじ様。コレなんて如何かしら?とっても似合うと思うの。あら、コレもいいかも。あっ、コッチもいいわん♪ これも……ぐふふ、ぐふぐふ」
舞い上がっている妖女――いや、妖精の女が豪奢な騎士の盛装やら燕尾服やら背広やら様々なものを、見世物市のように陳列していく。
(一人で彼方の世界に旅立っているな。ん?今……)
「一人で盛り上がっているところ悪いが、お嬢さん。俺は承諾どころか、まだ何も答えていないんだけどな。それから、俺は装備の新調を考えているのであって、服飾品は購入するつもりはないんだ。金銭的にも余裕がないもんでね」
アレクは蛇足的に嘘を織り交ぜてみた。
「ああん、それなら大丈夫よ、お・じ・さ・ま♪ ちょっっっとだけ、してくれればイイの。ちょっとだけ♪ そしたらあ、私……色々とサービスしてあげちゃう♪」
可愛らしい仕草のような……飛ばすとしよう。
可憐さも目の錯覚のようである。
(もう、この暴走具合といい、お前は間違いなく紫穂だろっ! 変態さに拍車が掛かっているのは、全開にふかしているからかっ!?)
アレクは腕に飛び付いて来た人物に惑わされる事態など起こり得なかった。どう見ても知り合いである人物としか思えなかったのだ。
彼女をすっと腕から引き剥がし、答えるアレク。
「それは置いといて、防具を見せて貰えないか?レベル50辺りの品が見たい」
「もう、そんなのダメっ! ダメなのっ! シルちゃん悲しくなっちゃうの!」
(奔放に輝いておりますな、お姉さん)
「防具も扱っていると聞いたが、ないのかい?」
「勿論ありますわ、おじ様♪ でも、今防具を担当している者はお休み中なの。だからぁ、レベルが50近辺でしたら、今ご用意出来るのはこれらの品々ですわん♪」
可憐さを着用したつもりの妖女が嬉々として、どこのファッションショーかという程に様々な“衣装”を並べていく。
(さしずめ魔女が衣替えをしている絵か……。着せられたら剥製にされそうだな)
「それなら出直すよ。防具担当の人はいつ頃いるのか、教えて貰えるかい?」
「ああん、行っちゃだめぇん。脱いでくれるまで、教えてあげないもんっ!」
彼女はぎゅっとアレクの腰にしがみつき、頬を膨らまして上目遣いにアレクを見て……服を脱がそうとするのは余計じゃなかろうか。
(よし、即刻帰ろう)
「じゃあ、また」
しがみ付く妖精の手から、アレクは手品のように逃れると膠もなく店を立ち去った。
(現実よりも鬱陶しさと欲望全開さが増強されているなあ。更に15~18歳程で美しく可愛らしい妖精という見た目が、あざとさを引き立てているのか。はぁ……志穂に明日香を足して、年齢を幾ばくか差し引いて、そこに魔性を加えて変態さを増大させた感じだなあ)
聖大ことアレクにとっては、残念な気分で溢れ返る出来事でしかなかった。
気分を一新するために、先に住居を探すことにした。
行けども行けども立ち並ぶ、色彩豊かにして調和の取れた家々。煉瓦作りの街路には“蛍のような木々”も連なっているため、夜道ながらも街は明るい。
「ぬこ商会のぬこ動産って所なんだけど……どこだ?」
ユサベ温泉郷や都市【ロクワ】と比して、【トラッツェ】は非常に広大な都市だった。店も多く軒を連ねているし、商会もほぼそれぞれの種族毎に複数存在しているようで、探すのも一苦労だ。猫の看板があると思って近付いてみると、“ぬっころ商会 殺猫動産”なんて囮もあるのだ。
「ぬっころって……しかも物騒な字面。にゃん吾郎さんに地図でも貰ってくりゃあ良かったなあ。これじゃ、広過ぎて自力で見付けるには数日掛かりそうだ」
「おうっ、そこのあんたっ!探しもんかい?」
アレクが振り向くと、人型をしたごりごりの煌く鉱物結晶が手を振っている。
(岩、晶、人族か。ごっつごつのガキガキで、おまけにでかいな)
声を掛けて来た岩晶人族の男は、身長190cm程のアレクよりも頭二つ分も高かった。
「ええ、店を探していまして。ぬこ商会のぬこ動産という不動産屋なんですけど、ご存知ですか?」
「……ぬこ動産は知らんが……ぬこ商会の面々なら、ここから7km程南に行った区画に軒を連ねているぜ。それよか、不動産ってことは住居探しかっ!? どうだ、岩盤商会にて手配してやるぜ? 良い物件が目白押しだからよ」
「折角なんですが、既に知り合いにぬこ商会へと――」
「まあ、そう固いこと言うなよ、あんちゃん。固くするのは言葉じゃなく縁と絆と信頼。今日ここであったが素晴らしき縁じゃねぇか、岩晶人族の物件なだけに、手堅いんだぜ? ほれほれ、折角だから見て行けよ」
男は少し屈み込んでがしっと肩を組んで来る。
(うがっ。このままだと連行される)
「気持ちは有難いけれど、お世話になっている知人に折角紹介して貰った縁を不意にせず、其方の信頼と絆を更に固めたいので、今回は遠慮願います」
「おっと、いい反撃が来たな。結構やるな、あんちゃん。築き上げた縁は不意にしちゃいけねぇからな……ぬこ動産は16km南に行けばすぐ見付かるぜ。何せ面白い建物だからな。あそこの猫親父はすんげぇ腕の建築家だから、必ず良い住まいを提供してくれるぜ。まあ、些か趣味に走り過ぎて過剰設備だったり、何に使うのか判らん物が満載だったりするが、物は良いし使い易いし便利だな。ただ、人気があり過ぎて値が張ったりするけどな」
そう言って男は解放してくれた。
後頭部をさすりながら、アレクは南の方角へと駆け出す。
(商人ってコワイなー)
拉致されるのを回避し、アレクは言われた通り南方へ16kmの地点へ行くと、凄いというか変わったと言うべきか、どうやって支えているのか不思議な建物が目に留まる。
捩れた逆四角錐型に近いと表現しようか、壁面は琥珀のような蜂蜜色で捩れを取れば台形だろう、斜辺は100度程捻りが入っている。屋根は葉の生い茂った樹の様で、赤い点々が華を添えている。
(確実にあの建物だな…)
1階に相当する部分に扉があり、アレクはトントンと軽く叩いてから開ける。
「御免下さい」
「はい、いらっしゃい」
扉の直ぐ先には螺旋階段があり、上から声がした。
階段を22段を上ると、木目調の小豆色の床がまず目に入り、そして薄桜色
の壁面を経由し、茶系の椅子や机、観葉植物の緑……手と顔がある。アレクは見なかった振りをして視線をゆっくり旋回させる。
続いて――描絵小袖だろう、白地に水墨画のような巧みな線で梅の木と子猫が描かれた着物を着た、ヒマラヤン猫の男性が目に入る。
「こんばんは。住まいを探しておりまして、此方はぬこ動産で間違いありませんか?」
「ええ、そうですよ」
「にゃんこ商会万屋の、ごろごろ・にゃん吾郎さんに此方を紹――」
最後まで言う前に男性は言葉を発する。
「ああ、あなたがアレク・ベリーロさんですか。話は聞いてますよ。結構早く到着したんですね」
喋りながらヒマラヤン猫の男性はごそごそと何かを探し始め、机の上にどさっと紙の束を広げた。
「面白い人だということで、面白い物件候補をちゃんと用意しているんですっ!」
目の前の猫男の目が燦然と輝いている。
(何枚あるんよ、その紙。それ全部が住居の資料なわけっしょ?)
「どんなのにします? すぐに案内しますよ。宙に浮かぶ家、逆三角錘型の家、球体の家、常に振動する家、観覧車の家――」
(それ、住めるの?)
捲くし立てる様に多種多様な住居を列挙してくれるヒマラヤン猫男。うきうき、るんるん、言葉は踊っている。
「あー、あの、沢山御用意して貰っているのは嬉しいですし、御紹介も有難いのですが……希望としては調理設備の整――」
「調理設備ですかっ! 勿論ありますよ。これですっ! これっ! それにしても料理とは、話に聞いていた通り相当変わり者ですね」
(料理くらいさして珍しくもないっしょ?)
「ゲーム内じゃあ、食べない人が多数派の様ですけど、そんなに変わっています?」
「ええ、住まいにそういった設備を求める人はいません……でしたね、此れまで」
(じゃあ、何で造ってあるんよ?)
「なので1軒しかないですが、とっておきなんっですっ!!」
力の篭った鼻息が噴射されると同時に、くわっと目を見開くヒマラヤン猫。
(宇宙へ向けて発射しそう……。それに、そんなにでかい真ん丸の目は怖いから)
「どんな設備かの説明をお願い出来ますか?」
「お任せをっ!――」
そのまま30分に渡って早口の説明を聴くこととなった。
どこで息継ぎをしているのか、循環呼吸でも行っているのかと思う程に言葉は途切れない。
話を二言で片付けてしまうと、アレクこと聖大が勤めている店よりもずっと充実した設備と広さと御洒落さを兼ね備えた住居だった。最早住居ではなく、大きな店舗ではなかろうか。
「では早速現物を見に行きましょう。見るのが一番ですっ!」
猫店主、客をぶっちぎって絶賛張り切り中。
この元気な不動産屋且つ建築家の猫人の男性の名は、“殺陣っ・ぬこ丸”だそうだ。現実では建築士をしており、自分一人で建ててみたくなったので、ゲームでは大工仕事もやり始めたらしい。そのまま夢中になってしまい、現在に至るそうだ。現実と違い身体能力が非常に高いために、一人で全てを難なくこなせるそうだ。おかげで様々な建築物を建てまくってしまい、彼が建てた家々は【トラッツェ】の2割程にまで達しているらしい……。
「此方ですっ!」
胸を大きく張り、とても誇らしげなぬこ丸。
「おおー!凄いですね!」
一見すると樹の家の様であるが、石と煉瓦の家と木造の家と樹木の家が合わさった様な感じだ。煙突があるということは、暖炉か石釜でもあるのだろうか。木製の水車や花壇に畑もある。
「ささっ、中へどうぞっ!」
ヒマラヤンの猫男が早く早くと手招きしている。促されるままに石造りの扉をくぐり、家の中へと足を踏み入れる。
「此方は居住用の部分の一角です。此方の戸の辺りは素朴な石や煉瓦を多用した空間です。このまま奥へ進みまして、宴会でも出来る様に大理石で豪奢な雰囲気の空間も作ってみました。あちら側へ参りましょう」
今度は打って変わって木造様式だ。
「こちら側はお店も開けるように、丸太を用いながらも洒落た木造建築にして、それからおまけで大きな水車も付けちゃいました。丁度川も流れていますからね。調理場には石釜も入れたかったし、煙突も付けたかったので、木造と石造りとが混在する様にしました。それから、なんと言ってもこの家の肝は、奥の巨木の家っ! “幻荘樹”を手に入れるのに苦労したんです――」
そのまま延々3時間程、家を建てるための材料集めの冒険譚と、樹が丸ごと家となる素晴らしさやその膨れ上がる夢やらの話が展開される。『ぬこ丸が【トラッツェ】の街全部の建物を建てたのでは?』と錯覚しそうな程に、ぬこ丸の建築愛は凄かった。
そして、熱く口早に語る彼の話を聴けば聴く程に、彼の情熱で蒸し焼きにされて行くアレクだった。
「賃料はどれくらいですか?」
「金額は1年で60万ルブロです」
(えーっと、安過ぎやしない?)
「設備を考えたら……破格の金額設定じゃありません?」
「そうなんですよ。でも不人気過ぎて……この金額でも建ててからおよそ24年間(ゲーム時間で)、借り手が付くことはなかったんです……」
思いっ切り萎れてしまうヒマラヤン猫男。
悲しい現実を聞いた所で、アレクは質問を変える。
「素朴な疑問としてお聞きしたいんですけど、建築費は如何程なんですか?」
「そうですね……相場が不明な材料も沢山使っているので……判らないですね。てへへっ♪」
けろっとした笑顔で頬を赤らめるぬこ丸。
(おっさん猫に『てへへっ♪』って可愛くされても困るんだけど。しっかし、悔しいかな。その猫顔・猫耳・猫尻尾に猫手足に猫体毛とヒマラヤン猫全開且つその純粋さ故に可愛いのは事実……)
「兎にも角にも、此方の家を使わせて下さい」
「ええっ!? 本当ですかっ!? 本当なんですかっ!?」
先程のアレクの発言はすっかりしっかり忘却の彼方へ旅立ってしまっているらしく、異様に驚きふためくぬこ丸。アレクは眉を顰め、こめかみを指で僅かにさする。
「最初から言っていますけど、俺にとって調理設備は非常に魅力的ですから」
「ややっ! やっとお蔵入りから日の目を見る時が訪れるとは……感激し過ぎて、家賃なんて要りませんっ!」
本当におろおろと泣きに泣き、ぼろぼろに涙を流しているぬこ丸。
(……どんだけ嬉しいんよ。嬉しいのは『良かったね』として、家賃は要らないって……いやいや、ねえねえ、おかしくねー?)
感激の余りぬこ丸は一層饒舌となり、その後更に2時間に渡ってぬこ丸の話を聞くこととなったアレク。
結局賃料は0ということでぬこ丸が譲らなかったのだが、面白い素材を見つけたら提供するということで契約が成立した。この日は、手持ちであった良質の鼈甲×50個と良質の金×50個を渡しておいた。
(お金より素材が欲しいとは……最早建てる事が楽しみと趣味になっとるな)
次の話は短めです。




