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【3】

とりあえず今週はここまでです。



 一之瀬財閥(いちのせざいばつ)

 その名を聞けばお年寄りから小さな子供まで知っている。

 一代で手広く企業を立ち上げ、ありとあらゆる会社を手がける一族だ。

 中でも一之瀬隼人はその顔と優秀さで跡取りのナンバーワン候補と言われている。

 顔はもちろんイケメンだ。友人曰く「切れ長の目に鼻筋は通っており、薄い唇から紡がれる声はまるで天上の音楽のよう」…だとか。

 私も何度か合同演習や文化祭などイベントで会っただけだが、いつもどれだけ騒がれても涼しい顔で立っていた。


(そんな一之瀬の妻??冗談じゃない!どれだけの女性に怨まれると思ってる!!)


「一体どういうことなんですか?」

「父親から聞かなかったのか?」

「だから、何をです?」

「俺と結婚する事をだ。お前の父親がどこからお金を借りていたと思ってるんだ?」

「まさか…」

 隼人は頷くと、手に持っていた本を閉じ紫に向かい合う。


「結婚というのも契約と考えてくれればいい」


 不審そうに一之瀬の顔を見ると、彼は「これはビジネスだ」と言った。


 話を聞いたところ、一之瀬は父親から見合いを勧められていた。

 しかもそれは十歳も年上の女の人で。

 一之瀬家が昔から懇意にしている取引先の娘で、彼女が隼人に一目ぼれをしたのだとか。

 その彼女は男癖が悪く、今まで色んな男と噂になっているという。

 流石にそんな相手との結婚はさせたくなかったのか、咄嗟に隼人の父は「息子には卒業と共に結婚が決まっている」と言ってしまったのだという。

 その矢先に、多額の借金を私の父親がしている事を知った隼人は、早速紫の父に会いに行ったのだ。


(あんのくそ親父!まさか娘の私を売ったの?信じられない!!)



「父はなんて?」

 驚くほど冷たい声が出た。

「言っておくがお前の父親は反対したぞ」

「へえ?」

「娘の意思が全てだともな。だがお前がここに来たのは了承したからだと思ったのだが…お前の意思ではなかったのか?」

「!!」


(も、もしかして私が借金返済に考え込んでるうちに言ってたのかしら…考え込むと周りの声が一切聞こえなくなる私なら…ありえる…)

 たらりと背中に冷や汗が流れる。

 そんな私に隼人は淡々と告げる。これはビジネスだと彼は言った。それはまさに言葉通り彼にそういう気持ちがないからじゃないだろうか


「もし引き受けてくれるのなら、その借金返済はしばらく待ってやろう。君の事だ、何年かすれば返せるのだろう?」

「……もし嫌だと言ったら?」

「別に。他の相手を探すだけだ。君の家にはこのまま借金取りが毎回向かうだろうし、まず家や家財は差し押さえられる。君の父親も借金まみれだと知れたら最悪解雇だろうな。会社にとってはマイナスイメージにしかならないからな。君もあのお嬢様学校に通い続けるのは難しいだろうし、高校も卒業できないようなら、大した働き口はないだろうな」

「……」

 黙り込む私に何を思ったか、隼人は窓の外に目を向け、ぽつりと零す。


「別に俺と恋愛をしろとは言わない」

「え?」

「ただ数年…そうだな二十歳を区切りに離婚に応じてやろう。それまで俺の家で一緒に住んで、パーティーやら付き合いのあるときに幸せな夫婦を演じてくれればいい。勿論学校には通ってもらうし、君にとって不利な事ではないだろう?」



 確かに。これは思ってもない好条件だ。

 そりゃあ戸籍に傷はつくだろうが、ただ紙切れ一枚の事だし、先の事を考えても悪くない。

「どうだ?」

「でも…」

「なにかまだ不都合があるか?」

「いや、すごく私にとって都合のいい話だと思う。引き受けるのはいいんだが、ただ…私に幸せな恋人とか妻とか演じれるかどうかわからない…」


 ただでさえ今まで恋をした事がない上に、高校に入ってからは男性のように振舞う事に徹底したおかげで、所作はもちろん話し方も女性らしくない。

 その上母親は昔から頼りない父のせいで仕事に走った人だ。幸せな家庭自体わからない。


「君はそのままでいい。所作は家庭教師を付けよう。話し方は変えてもらわなければ困るが、それ以外は私が何とかする」

「?何とかって…うわっ!」

 隼人は紫に向き直ると、その肩に腕を回し抱き寄せる。

 そしてそのまま隼人は右手を紫の頬に添えた。

「え?」

 驚くほど近くに整った隼人の顔があり、紫は一気に頬を染める。

 吸い込まれそうな黒い瞳に紫は目を逸らす事のできない。

 そしてそのまま隼人は目を閉じると顔を傾け…

「ち、近い近い近いって!!ま、ままままて!おちつけ!!うわあ」


 紫は咄嗟に顔の前に手をやることで、真っ赤になりつつもキスを回避する事ができた。

 しかし掌に隼人の唇が当たっており、それが先ほどの状況を思い出させ軽くパニックを起こす。

 隼人はそんな紫を見つめながら目だけでふっと笑う。



「叫ぶのさえ止めれば初心な反応として微笑ましく映るだろう。後は慣れるしかないな」

「な、慣れるって」


 体を離した隼人にほっとする間もなく不穏な事を言われ、紫は隼人を見上げる。




「勿論。動揺して声が出なくなるまで毎日練習するんだよ」


(練習ってなんだーーーー!!!)



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