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シュテルネの魔術師  作者: 釦餅
Ⅰ章  The Loop of a Day
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第四話  魔女の介入

 師匠が家に着いたのは朝の五時ごろだった。それは、コダマにとって最悪の目覚めとなった。とても静かな朝に本来するはずがない騒音によって叩き起こされたからである。

 はて、魔女にとって睡眠は必要ないのだったか。そんなのは関係ない。好きだから寝ていたのだ。


「ただぁ……いぃまぁ〜」


 ――ガシャン! パリンッ!


 何事かと一階に降りたコダマは信じられない光景を目にすることとなった。酒に酔ってベロンベロンとなったハンネローネは、食器棚にぶつかって全ての食器をダメにしてしまっていたのだ。

 ありえない。どうしたらこんな人間が出来上がるのか。いや、魔女だったか。

 コダマは破片の間を歩き、ハンネローネに近づく。

 そして耳元で囁いた。


「ししょー。だいじょうぶですかー」

「ふぁ〜」


 話にならない。コダマは指でこめかみをつまんでため息をついた。不真面目だ。一番相入れないタイプだ。

 コダマはハンネローネの瞳を眺めてみる。本当に綺麗な目をしている。まるで宝石そのもののようだ。それなのに、少し下に目線を落とすだけで涎の垂れた口元があるのは情けない。


「はぁ……。レオナも大変だなぁ」

「私がどうしたって?」


 心臓が飛び出るかと思った。まだ外も暗い中、明かりもランプ二個しかない状態でレオナが顔を覗かせる。


「いや! なんでもないよ!」

「どうしてそんなに焦ってるのよ。あぁ……、まあコダマは初めてみるのよね。師匠の酒癖の悪いこと」


 レオナは見慣れたそぶりでハンネローネに近づく。そして手から氷をつくりだすと、そのままハンネローネの口に捩じ込んだ。


「ふゃう!」

「酔いは覚めましたかぁ?」


 大分機嫌が悪そうなレオナはハンネローネを揺さぶったり、親の仇のように背中を叩いたりした。


「日頃の恨み!」

「うわぁ……」


 コダマはドン引きしていた。あまり詳しく描写したくない景色が頭の中に広がってゆく。レオナによる衝撃で吐き、吐瀉物に塗れたハンネローネを見るのは相当きつい。


「これくらいでいいでしょう。師匠、次お皿を割ったら腹からいきますよ」

「鬼よねぇ……レオナ」


 か細い声でハンネローネは力尽きた。


♢♦︎♢♦︎♢


「今朝は迷惑をかけたわ。ケッシーが強すぎるんだものお酒」


 ハンネローネはベーコンと卵を焼きながらつぶやいた。美味しそうな匂いを振り払うようにレオナは尋ねる。

 

「いつものことじゃないですか。それより師匠、総隊長とはどんなお話をされたのですか?」

「あなたたちの魔導隊入隊申請についてよ。レオナの実力はすでに上級隊員のレベルに達しているわ。彼に相談して入隊試験を免除してもらったの」

「本当ですか!」


 レオナはガッツポーズして喜びを噛み締めた。ハンネローネも「おめでとう」と賞賛の言葉を送る。

 そんな二人を見て、コダマは困り眉になってしまった。


「コダマ、何が何だかって顔ね。魔導隊、それはこの街を守る治安維持組織よ。()()のようなものかしらね。私の弟子がいづれ魔導隊に所属すること条件にこちらは生活必需品をもらっているの」

「そうだったんですね。でも、思いっきり割ってましたよね、生活必需品……」

「やだわぁ。私の弟子は勘が鋭いのよね」


 ハンネローネは割れた皿のカケラを一枚取り出すと、魔法をかけて形を整えた。


「ほら、こうやって綺麗な皿細工を作ることだってできるのよ。無駄にはならないから気にしないでちょうだい」

「綺麗……」


 その曲線美に見惚れていると、コダマはあることに気づきいた。それは、あのとき見た音属性のマークだった。


「あれ、この形……なんで知ってるんですか?」

「この破片にかけた魔法は『属性鏡』に組み込まれたものと同じなの。やっぱり勝手に持ち出していたのね。レオナ、次からは私に言うのよ」


 ぎくっ。レオナは冷や汗が止まらなくなった。今までも散々勝手に持ち出していたが、全てばれていたのではと思うとなんだか落ち着かなくなってくる。


「勘がいいって困るのよねぇ」

「師匠……」


 ニヤニヤとレオナを見るハンネローネ。コダマはこれが魔女かと思った。

 ハンネローネは台所に移動すると、ベーコンエッグを三人分、皿につぎ分けた。


「できたわよ。今日はレオナを祝うつもりでいつもより豪華にしてみたわ。コダマ、これが毎日のご飯だって勘違いしちゃダメよ」

「はい、しっかりと味わいます」


 紅茶を注いだあと、レオナは一つ、疑問に思っていたことを聞いた。


「それで、コダマの分はどうなったんですか」

「?」


 コダマの分……。朝食はきちんと用にされているが、もっと食べろと言うことだろうか。コダマはベーコンエッグとパン指さして、ここにあるよ、とジェスチャーする。そんな様子のコダマを見て気づいたのか、レオナは言い直す。


「言い方が悪かったわね。師匠、コダマの魔導隊入隊はどうされたんですか」

「もちろん免除する話は出たわよ。でも、私が却下してきたわ」

「なぜですか」

「それはそうでしょう。魔法も扱えない、一日しか経っていない子に魔導隊の入隊は無理よ」


 コダマは思い出した。これはループした時間軸だったか。それなら、『属性鏡』も使っていなければ、魔法さえ教わっていない。ハンネローネが机に置いた皿細工を手に取るとコダマは自分の胸の辺りでそれを握りしめた。


「私、魔法使えます」


 コダマは先のレオナに習った通り、マークをイメージして皿細工に魔力を送り込んだ。すると、コダマの手の中で皿細工は砕け散った。

 ただ、コダマの手の中は血まみれになってしまった。ふと我に帰ると、コダマは自分の突発的な行動を後悔することになった。


「何をしているの!」

「すみません。私、つい意地になっちゃって」

「コダマ、すぐに手を見せなさい。治してあげるから」


 ハンネローネはコダマの手のひらの上に手をかざし、右から左に動かした。すると、コダマの傷は綺麗さっぱりなくなるどころか、ツヤまで出てきたではないか。


「回復魔法よ。むやみに使わせないでちょうだいね」

「すみません……」

「それにしても、そこまでコダマが魔導隊に入りたかったなんて予想外だわ」


 しまったとコダマは思った。ただ魔法が使えない事実を訂正するために魔法を披露しただけであったが、どうやら魔導隊に入れないことに意地になったと思われてしまったらしい。


「いやぁ……。あのぉ……」

「ちょうど、昨日の件で会議があっているようだから朝食が終わったら向かってみましょうか。まずはどんなものか知ることが大事でしょう」

「だから、そのぉ……」

「心配いらないわ。ケッシーとは長い付き合いなの。私が打診してみるから安心してちょうだい」

「は……はい」


 訂正の機会も見失い、コダマは引き返せなくなってしまう。目玉焼きの味がなんだかとても塩辛く感じた。


♢♦︎♢♦︎♢


 ケシルトル王国魔導隊。掲げる理念は、「王国の治安維持」、「魔獣の撲滅」、そして「魔女の解体」の三つ。かつてより王国を脅かす存在を排除するために行動してきた。

 現在時刻は午前七時。魔導隊本部では臨時会議が開かれていた。参加者は総隊長を含めた九名。各部隊長の集まりである。

 栗色の髪の彼女、部隊統括長の村雨メイはケッシーに尋ねる。

 

「先輩、第三、第七、第八部隊は参加しないのですか?」

「来るようには言ったんだが、仕方ないさ」

「こんにゃろーって感じですね。じゃあ早速、魔獣の姿について説明してもらえますか」

「分かった。まずは、絵を描いて見せよう」


 ケッシーはメイに差し出された紙を受け取り、羽ペンで魔獣の姿を描写してゆく。その机に集まった他の七人はその様子をじっくりと眺めている。残念ながらメイは押し除けられて死角に入ってしまったようだ。


「よし、描けた。昨日の魔獣だ」

「これが……」


 メイは皆の驚き様からどんな悍ましい魔獣なのだろうとケッシーの近くにのめり込む。


「うん? なかなかの出来だろう」

「なっ……。先輩、これはないですよ」


 実物を見たことがないから何ともいえないが、明らかに違うことだけはわかる。線はガタガタ、子供が描いた方がまだマシであろうその絵はもはや何の意味もなさないただの落書きだ。ある意味悍ましい。

 他の六人も呆れた様に自分の席に戻って行った。


「そうか。なるほど。忘れてくれ」


 ケッシーは描いた絵をそのままぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨ててしまった。


「気を取り直して、昨日の被害状況をまとめる。メイ、頼めるか」

「はい。世暦1025年4月4日——」


 11時13分

 フェルネリア中央公園広場にて、未確認の魔獣()()が噴水の真上に出現。


 11時18分

 フェルネリア中央公園に魔導隊総隊長、魔ツ田ケッシーが到着。同時刻、「霧の魔獣」を討伐。


 11時19分

 潜伏していた魔導隊員による救助活動開始。


 12時11分

 救助活動終了。


 広場にいた168名のうち77名が死亡、51名が重体、39名が軽症。重体の51名に関しては4月5日6時時点で回復者なし。


「以上が被害状況と対応になります」

「二体? 俺が対応したときは一体だけだったが」

「それについては僕が説明しよう」


 もう一人、メイと同じ栗色の髪をした少女? が資料を取り出す。副隊長、名は反田マイシー。偽名だそうだ。


「軽症の者のうち15名から得られた証言だけど、ケッシーが到着する約2分ほど前に『大雪の魔獣を見た』とのことだよ」

「そうか、霧の魔獣の能力で雪を散らせて凍らせたってところだろうな。納得がいった。さて、問題はその魔獣がどこに行ったのかだな」


 ケッシーはペンをクルクルと回しながら考え事をしていた。大雪の魔獣、それが本当に王都にいるのなら国家滅亡の一大事と言っても過言ではない。魔獣の中の魔獣である「四大災魔」の一角がどうやって王都に侵入できたのか。


「ニティ、あれから何か進展はあったか?」

「ないね。我々第六は優秀な詮索部隊だ。それを全員出動させたが、魔獣の毛一本すら見つからない」

「手詰まりってところか……」


 もうすぐ入隊試験、そして隣国との会談も控えている以上、ケッシーは王都を離れることができない。


「仕方がない。第六部隊による魔獣の捜索に加え、各地域の役所に派遣していた第一部隊隊員を直ちに王都に集め、対策本部を設置する。異論はないか」


 

「ちょっと待ったぁ!」


 

 何者かによって勢いよく扉が開かれる。大きな帽子のつばが全員の目に映る。それと同時に三人の魔女が会議室に侵入した。


「ケッシー、焦っているの? らしくないわね。各地域が手薄になったらそれこそ攻められて終わりよ」

「それは承知の上ですよ、ハンネローネ様。しかし、我らの防御結界を舐められては困ります」

「防御結界ごときで災魔をどうにかできるわけがないでしょう」


 ケッシーは眉間に皺を寄せた。そんなことはとうに分かっている。時間稼ぎに過ぎないことも。しかし、先の大災害で多くの人員を失った魔導隊にとっては多少の犠牲に目を瞑る選択肢しか残されていないのだ。


「他に方法があると?」

「ええ、あるわ。王都を——」


ループさせる。

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