第三話 視界に映る世界
――まだ、そのときではない。やり直せ。
「は……?」
「どうしたの、コダマ」
私は死んだはずだ。コダマはそう思っていた。確かにあの広場で頭を……。想像しただけでも吐き気が止まらない。一体どうして……。
コダマは込み上げてくる胃酸を飲み込み、平常を装った。そしてレオナに尋ねる。
「広場は無事なの?」
「無事も何もまだ着いてすらいないじゃない」
「それじゃあ、魔獣は? あの悍ましい化け物は……」
「ここは街中よ。魔法を教えて欲しいって言うから連れてきたのに、そんな訳のわからないことを言うのなら教えないわよ」
「……」
コダマの頭はパンクする寸前であった。死の感覚がまだ首元に残っている。あの刺々しい牙で砕かれた痛みを忘れられない。
ここは、夢じゃない。現実だ。手の感覚が、何より体内の魔力が、生を象徴するように温かく流れているからだ。だが、アレも夢ではなかった。
「時が、巻き戻った?」
だが、考えている余裕はない。アレがこれから起きることならば、一刻も早く広場から離れなければならない。
「レオ……」
言いかけたところで、コダマは考えを改めた。馬鹿正直に話してどうする。妄言として処理されるだけに決まっているのに。
「コダマ、顔が真っ青よ。少し、休憩する?」
「うん。なんだか、頭が痛くなっちゃって」
コダマはレオナに連れられて近くの喫茶店に入った。
♢♦︎♢♦︎♢
「コーヒーとお水を一杯ください」
「かしこまりました」
注文が終わると、レオナはコダマに問いかける。
「コダマ、隠していることがあるなら言ってくれないかしら」
「ううん、大丈夫だから」
「会話になってないわよ。私は何があってもあなたの味方よ。もうあなたは私の大切な妹弟子なんだもの」
「本当に……信じてくれる?」
「もちろん」
コダマは肩の荷が降りたように、先ほど体験した出来事を包み隠さず説明した。レオナの表情は、だんだんと暗いものになっていったが、それ以上に辛そうなコダマを見て、かろうじて笑顔を保っているようだった。
「わかったわ。辛かったわね。コダマ」
「私のせいで……ごめんなさい」
「なんで謝るのよ。悪いのはその魔獣なんだから、氷漬けにされた人もあなたのせいではないわ。それよりも守ってくれてありがとう」
ああ、なんて優しい人なのだろう。コダマは少し救われたような気がした。自分のしたことが正しかったのかはわからないが、その勇気を賞賛してくれたことがとても嬉しかった。
「でも、困ったわね。このままだと広場の人間は誰一人救えないわ」
「師匠に助けを求めるのは……」
「無理ね。師匠は魔導隊に用事があって、ここからだと三十分もかかるわ」
「レオナの魔法で足止めとかは」
「それも無理ね。話からして、魔獣は氷属性持ち。そうである以上、同じ氷属性の私では相性最悪だわ」
いい案が何も浮かばない。どうすればいいのか。時計を見る。示す時間は前回コダマが広場に到着したくらいの時間である。もう、間に合わない。
そう思ったとき、向かい側の席に座っていた男性が立ち上がり、こちらに向かって話しかけてきた。
「盗み聞きで悪いが、すべて聞かせてもらった。俺が助けになろう」
「どちら様で?」
「俺の名前は魔ツ田ケッシー。魔導隊の総隊長をやっている」
コダマが目の前のレオナを見ると、ポカンとした口で彼を見上げていた。ケッシーと言ったか、なかなか珍しい名前をしている。
「総隊長、ここで何を。というか、師匠との対談は終わったのですか?」
「いや、始まってすらいないさ。彼女は待たせても問題ないだろ?」
「はぁ、魔導隊は魔女に対する扱いが酷すぎる気がします」
「そうかな、俺は彼女にやられたことをやり返しているだけだが」
レオナがケッシーに食いつく横でコダマはしどろもどろしていた。
「ところで、もう時間がないのだろう? 早く行くぞ」
「え?」
喫茶店の扉を開け、ケッシーはコダマを抱えて店を飛び出した。レオナもそれに続いて地面から足を離す。
「飛行魔法だ。しっかり捕まっていろ」
風が強くて目を瞑る。コダマはしっかりとケッシーの腕に捕まって離さないように心がけた。
移動速度が速く、広場は目の前に見えた。
しかし、そこに広がっていた光景は散々なものであった。
「なんで……」
本来ならばまだ属性について教わってすらいなかった時間のはずだ。それなのに、もう広場は凍りつき、あの忌々しい魔獣が噴水の上に居座っている。
「一足遅かったか。レオナ、彼女を頼むぞ」
「はい、お気をつけて」
ケッシーはコダマをレオナに預けると、そのまま下に降りてゆく。魔獣の目の前に立ち、広場を見渡した。
「酷いな、魔獣。お前達さえいなければ、兄さんが死ぬことはなかった。憎むなら、原始を憎めよ」
ケッシーは左手を前に出し、今にも飛びかかろうとしていた魔獣の口元を狙った。手先が熱を帯び、ゆらめいている。火花が散り、火力が上がってゆく。
「ヴェルメ」
ケッシーの手から放たれた火球は、魔獣の口から体へと燃え広がり、跡形もなく消し去ってしまった。
空から見ていてもわかるほどの熱が広場を包み込む。だんだんと氷が溶け、閉じ込められていた人々が解放される。
「総隊長、ご無事ですか!」
「この程度どうってことないさ。それよりも、民の生死を優先しろ。息がある者は直ちに回復班にまわせ」
「はっ!」
ケッシーのまわりから一斉に魔導隊の隊員が飛び出す。きっと飛行中に要請していたのだろう。
コダマを抱えたレオナも同じように広場に降り立つ。
「総隊長、相変わらずお強いのですね」
「お世辞はいらない。代わりにこちらからは感謝の言葉を。新たな脅威を早急に排除できた。これは君たちのおかげだ。そして、そこの彼女。お名前は?」
「栞条コダマです」
「そうか、君が……。いや、なんでもない。君たちの師匠を待たせているんだったね。それではまた」
「ありがとうございました」
これにて、広場の魔獣は完全に消滅した。
コダマは心臓の鼓動を確かめた。まだ、動いている。アレはなんだったのか。そんな疑問は片隅に置いて、ただ生を実感していた。




