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シュテルネの魔術師  作者: 釦餅
Ⅰ章  The Loop of a Day
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第二話 「決意した音」

 転生して二時間も立っていないはずなのだが、コダマはすでに疲れ果てていた。


「師匠、説明してもらえますか?」

「すっかり忘れていたわ。そういえば二階はレオナが使っていたわね」

「はぁ……。もう、いいですからそういうのは。私が納得する説明を」

「ええ、彼女はコダマ。レオナの妹弟子よ」

「い……妹弟子!?」


 レオナはありえないといった顔でコダマを見つめる。魔法も何も使えないような鈍臭い少女が偉大な魔女の弟子なはずがないだろうとでも言いたげに。


「彼女には魔法の才能がある。だから弟子にしたの。私の直感よ? 信用できるでしょう」

「それなら、まあ。でも、唐突すぎませんか?」

「細かいこと言わないの」


 なんだか納得がいかなそうな顔で頷くレオナ。疑念の目は晴れないが、これでようやくコダマは魔女と認められたようだ。


「早速だけどレオナ、コダマに魔法を教えてあげなさい」

「え、それは師匠の仕事なのでは?」

「私はこれから大事な大事な予定があるの。ごめんなさいね」

「だとしても、私に魔法の指導なんて」

 

「あのぉ……」


 コダマは手を挙げ、か細い声で間に入る。

 魔法が扱えるようになるかもしれない。それなら惜しむ選択などないだろう。コダマは本心を告げた。


「せっかくなら、レオナさんに習ってみたいです」

「ほら、コダマもこう言っていることだし」

「いや、でも……」

「レオナさん!」

「わかった! わかったからそのレオナさんってのやめて。レオナでいいから。歳の近い子からの敬語は調子狂うのよ」

「そう……ですか。それならレオナ、よろしくね」

 

——あ……。


 コダマは目をまんまると見開いて自分の発言に驚いた。


——何言ってるんだろ……。


 目上の人には無理にでも敬語を使ってきたのに。いつのまにかそんなことをすっかり忘れていた。この異世界にきて自分の意思が働かないときがたまにある。

 コダマは内心とても焦っていた。敬語は嫌と言われたけれど、急に馴れ馴れしすぎただろうか。またもや不安がコダマを取り囲む。

 たが、それとは裏腹にレオナの瞳は輝いていた。


「改めてよろしくコダマ。それなら早速向かいましょうか。気分がのってきたわよー!」

 

 コダマは心の底からホッとした。


♢♦︎♢♦︎♢


 王都の中心部、噴水が太陽光を反射している広場でコダマは正座していた。


「それじゃあ、今から魔法の使い方を教えるわ。コダマ、属性は知ってるわよね?」

「炎とか、水とか……かな」

「いや、部分的に違うわ。まずは属性の説明から必要みたいね」


 レオナは氷でボードを作り、それを削る形で説明を始める。

 火、氷、風、土、雷、水

 それらを模した記号が円をなすように描かれてゆく。


「人は生まれつき決められた属性を持っているの。基本はこの六つ。そして、光と闇を合わせた八つが一般的な属性の種類ね」

「思ったよりたくさん、覚えられる気がしない……」

「こんなところで躓いてたら魔法どころじゃ無いわ」

「うぅ」


 属性、異世界ではあるあるの魔法の概念だ。できれば全部の属性持ちだのチヤホヤされたい気持ちもあるが、コダマは思った。私は違うなと。

 

「私の属性って見れるの?」

「もちろん。そのために師匠の部屋からこれを勝手に取ってきたわ」

「勝手に……」

「大丈夫よ。これも妹弟子のためなんだから」


 レオナが取り出したのは『属性鏡』。鏡面にうつった者の属性を知ることができるハンネローネの魔具。

 レオナはその鏡をコダマの顔に近づけ、その面を覗き込んだ。するとそこに写し出されたのはボードに書かれたどれにも該当しない新しいマークだった。


「え、なにこれ」


 二人の声が重なる。

 八分音符を上下点対象に重ねたような奇妙な形が目に入る。レオナが分かっていない様子を見るに、世界に一つだけのレア属性、なんて可能性が浮上する。


「まあ、いいわ。とりあえず、何か魔法を使ってみれば分かるはずよ」


 そう言うと、レオナは目の前の木を指さして言った。


「目を瞑って。このマークを思い浮かべて。そして手を伸ばして考えるの」

「マークを思い浮かべて、考える……」


 コダマは言われた通りに集中した。すると、だんだんイメージが強固なものになっていき、体内の魔力が煮えたぎるような感覚がした。


――キィイイン


 そのとき耳元でとてつもない耳鳴りがした。コダマはあまりの辛さに頭を抑えてしゃがみ込んでしまう。

 なんて不快な音だ。コダマはまともに考えることすらできなくなってしまった。


「コダマ! 大丈夫?」

「耳……が」


 すぐさまレオナが駆け寄ってくれたが、とても反応できるようなものではなかった。全身が震えるような感覚が走り、気分が悪い。

 先ほどの音はコダマほどではないにしろレオナにも届いていた。レオナもコダマの背中をさすりながら、手の震えを感じていた。


「振動……? 音……。とりあえず、そこのベンチで休みましょう」


♢♦︎♢♦︎♢

 

 横になると、コダマの全身を伝っていた振動は消え、先ほどより気分も良くなってきた。


「はい、果汁水(ジュース)。」

「ありがとう」


 レオナからもらったジュースからは甘いブドウのような香りがする。受け取ってすぐにコダマは勢いよく飲んだ。それほどに喉が渇いていた。


「一気飲みは体に悪いわ。体調はどうかしら」

「さっきよりだいぶ良くなったと思う」

「それなら良かった。一体、何だったのよ。あんな属性見たこともないわ」


 コダマにも分からない。ただ、あれに名前をつけるなら、一つしか思い浮かばなかった。


「音……属性」

「信じられない。基本の八つ以外に存在するものがあるって言うの。コダマ、あなた一体何者なの?」

「えっ……とぉ、何者かって言われても難しいんだけど。強いて言うなら東国からきた一般人というか……」

「東国? もしかして禁域のことかしら。冗談も程々にしなさいよ」


 日本は東にある。なんて浅はかな考えからそう答えたが、なんだか壮大な勘違いが生じている気がした。

 慎重なレオナは、冷や汗が止まらないコダマをじっと見つめるが、その本気で理解っていない顔を見て余計に困惑している。


「まあいいわ。このままじゃ埒が開かないし、また師匠に聞いてみるしかないようね。それに私も疲れたわ。一度ガーデンに戻りましょう」

「ガーデン?」

「私たちの家よ。カルミア・ガーデン。本当に何も聞かされてないのね」

「うん……。全部が初めてのことだし、正直訳がわからないというか……」

「仕方ないわ。師匠はああいうお人だもの。それじゃあ、帰るわよ。立てる?」


 レオナがベンチから立ち上がり、コダマの手を取ろうとした瞬間だった。

 レオナは背筋が凍るような感覚を覚える。

 

「伏せて!」


 レオナの叫び声と共に吹雪が押し寄せてきた。

 冷気がコダマの頬を擦り、皮膚を裂く。吹雪が晴れ、その全貌が明らかとなる。

 目の前には無惨な光景が広がっていた。広場の噴水を中心に魔法が撒かれたように、人々が氷漬けにされていたのだ。

 そして、噴水の上には巨大な、それは「魔獣」とでも呼べる化け物が居座っている。

 かろうじて範囲からズレた場所にいたコダマたちも 足が動かない。草花が凍り、膝下に絡まっていた。


「無理に剥がそうとしないで、怪我するから」

「でも、このままじゃ……」

「コダマ、さっきの魔法使える?」

「使えるけど、きっとまた耳鳴りを起こすだけだし」

「それでいいの。大事なのは『振動』よ」


 レオナはコダマの手をとり、その足に触れさせる。


「魔力の操作は私が手伝うわ。だから、さっきのイメージを手に集中させて」

「イメージを……手に集中」


 手の先に魔力を注ぐ、丁寧にゆっくりと水を流し込むように送り込む。


「今よ、あのマークを思い出すの!」


 音符を思い浮かべる。音を思い浮かべる。そして、属性を手に込める。

 すると、指の先が光ってそのまま氷にヒビを入れた。それは広がり、氷は砕ける。


「よし!」

「よくやったわ」


 コダマはすぐさまレオナの足に手を置こうとした。

 ただし、レオナの反応は予想もしていなかったものであった。

 

「コダマ、そのまま逃げなさい」

「え……? まだ、レオナの足が……」

「あの魔獣を見て。私たちのことなんてとっくに気づいているわ。もう、時間がないの。早く!」


 レオナはコダマに強く言った。大切な妹弟子をここで死なせるわけにはいかない。


「嫌だ」

「そんなことを言ってる場合じゃないのよ! あなただけでも助からなかったら師匠に合わせる顔が……」


 レオナははっとした。そして気づいた。たった一人の、か弱い少女が覚悟を決めた瞬間に。

 

「レオナ、私感謝してる。こんなときに言うのもなんだけどね。こんなに親身になってくれた人、初めてだったから」

「何言って……」

 

「私は、もう運命から逃げたりなんてしない」


 コダマはレオナの前に立ち、手を広げた。足が震える。もう、魔獣は目と鼻の先にいた。しかし、ここから先は何があっても通さない。二度与えられた命、今度は誰かのために使うのだ。

 魔獣は耳まで裂けた口を大きく広げ、コダマの頭を噛み砕く。

 鮮血が飛び散り、レオナの瞳を赤く染める。


「そんな……。コダマっ……」


――まだ、そのときではない。やり直せ。


 最後に聞こえたのは、頭の中に響いた女性の声だった。

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