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シュテルネの魔術師  作者: 釦餅
Ⅰ章  The Loop of a Day
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第一話 「シカイに映る世界」


 ――頼んだよ、コダマ。


 どこからか聞こえた声に導かれるように彼女は目を開いた。視界に入ったのは天を貫くほどの巨木。優しい風が吹き、枝葉を揺らす。自然豊かな空気が肺を満たす。

 

 ――まるで天国だ。神様の温情だろうか。

 

 天使の姿は見当たらない。しかし、その光景は彼女が想像していた天の楽園そのものであった。

 自分の体を見る。黒かった髪は、透明感のある雪のような白色に変化し、瞳はターコイズを思わせる輝きと桃色のグラデーションを持っていた。神様の趣味はよく分からない。


 栞条心珠(かんじょうこだま)。それが彼女の名である。

 内気な性格ゆえの苦労。何事も考えすぎなところがそれにあたる。疲れ果て、押しつぶされそうな日々を過ごしていたところで事故に巻き込まれるとは運が尽きた女である。

 別に友達がいないわけではなかった。ただ、浅く広い友人関係を築いたせいだろうか。中途半端に馴染めなくなった。それに無駄な正義感と真面目さが、彼女のイメージを「近寄り難い人」にしてしまったのだ。友達といえる人はだんだん減っていった。


 ――こんなに気持ちがいい日は何年ぶりかな。

 

 足枷が全部外れたような、開放的な気持ちに包まれていく。この巨木が自分の全てを背負ってくれている。そんな気さえした。


「あなたもこの場所が好き?」

 

 コダマは咄嗟に後ろを振り向く。エメラルドのような瞳、美しい西洋衣装。そして、頭を覆うほどの大きな帽子。みるからにファンタジーな魔女が話しかけてきた。

 

「いや……その」

「突然話しかけてごめんなさい。困らせるつもりはなかったの。ただ、こんなところに人がいるのが珍しくて」


 少し申し訳なさそうに笑う魔女を見ると罪悪感のようなものが押し寄せてきた。がっかりさせてしまっただろうか。


「すみません。私、自分がどうやってここに来たのか分からないんです。意味不明……だと思いますけど、目が覚めたらここにいたというか」


 魔女はキョトンとした顔でコダマを見つめる。それもそうだろう、まるで記憶喪失のそれだ。対応に迷いが出てしまうのも仕方あるまい。

 魔女は顎に手を置きながら一時考えると、何かを閃いたように手と手を合わせた。


「それなら私が帰り道を見つけてあげるわ」


 そう言って魔女は何もないところから杖を取り出し、その先端で地に陣を描き始めた。

 天国は魔法が使える場所なのだ。そう断言したい気持ちもあったが何か引っ掛かる。考え事をしているうちに陣は完成し、その真ん中で魔女は杖を構える。呪文を唱え出すと、まわりの草葉が舞い、花が踊り出す。

 

「聖なる原初の春風よ、我の名の下に帰路を示せ」

『リックファールト』


「あれ?」


 魔女の顔が次第に歪んでいく。混乱、疑問、不安。そのような感情が混ざった不思議な表情で固まってしまった。

 

「魔力切れはしてないわ。いつもならまっすぐ線が見えるはずなのに……」


 どうやら失敗したらしい。なんとなくコダマには理由がわかった。先ほどからの違和感。それはコダマがこの世界の人間ではないからだ。

 ここは天国なんかではない。

 そう、異世界だ。


「他に方法が思いつかないわ。うーん。仕方がないわね。あなた、私の弟子になりなさい」

「え?」


 理解を拒む提案である。異世界を渡る方法と弟子になることに何の因果関係があるというのか。

 魔女は杖をしまい、コダマに一枚の紙を見せつける。


「これ、私の家の2階の間取りよ。弟子になってくれるなら、自由に使っていいわ」


 コダマは目を丸々と見開いて少女を二度見した。異世界で家もないんじゃどうしようもない。早速、こんなチャンスを逃すわけにはいかない。

 ただ、悩ましい。あまりに胡散くさい。このような平凡な一般人を弟子にするメリットはないはずなのだ。魔女の真意が分からない。

 

「私、実は結構名の知れた魔女なのよ。迷う必要はないわ。あなたにはどこか潜在的な才能を感じるの。千年の直感がそう言っているのだから間違いないわ」

「は……はぁ」


 魔女は鼻がくっつきそうなゼロ距離で話を進める。千年の直感と言ったか、一体何歳なんだこの人は。余計なところに引っ張られて肝心の「弟子になるかどうか」にまで頭が回らない。そんなコダマがとる選択なんて一つだけだ。

 

「分かりました。お願い……します」


 推しに弱い。こんな怪しい誘いも断れないなんて!

 

「それじゃあ、手を出して」


 コダマは言われるがままに右手を差し出した。

 魔女の手が重なり、冷たい感覚がコダマの体に伝わってくる。重なり合った指の先から水が湧き出て手を覆う。そして、彼女は詠唱を始めた。


「汝、かの果ての神に誓え。我、裏の神に誓う。流転する運命の川を下り、永遠の(ちぎり)を結ぶ」


 右の手の甲が光を帯び、紋様が現れる。青く、水々しいその紋様が少女の対応した部分にも現れる。


「これで、あなたは私の正式な弟子と認められたわ。その紋様は身分証明になるから、困ったら見せなさい。どうにかなるはずよ」


 心なしか体温が上がったように感じる。力がみなぎってくるような感覚もする。


「これは一体……」

「それが魔力よ。私たち魔女は魔力を触媒にして生命エネルギーに変換しているの。あなたも私と契約したことで魔女になったから食事や睡眠の必要は無いわ」

「それはそれで楽しみが減りそうなのですが」

「あくまで必要がないだけ。食べたければ食べていいわよ」


 魔女は人差し指で空に円を描くと、空間を開けてクッキーと紅茶を取り出す。そして袋ごと差し出した。


「私はハンネローネ。あなたのお名前は?」

「コダマです」

「可愛い名前ね。コダマ、これ食べながら家に向かいましょう。歩きお茶会よ」


♢♦︎♢♦︎♢


 ――バフッ


「まさか、私が魔女になるなんてっ」

 

 ベットに顔を埋めてコダマは悶える。生前、憧れていた魔法が使えるかもしれないと思うと心のワクワクが止まらない。

 コダマは手の紋様を眺める。水色に輝くその手甲はあふれんばかりのエネルギーを放っていた。

 

「どうやって魔法、使うんだろ」


 手をひっくり返してみたり、指をピンと張って銃の形にしてみたり、色々試してみたが何も起きない。

 ただ、魔力の流れのようなものは感じる。手から心臓へ、そして頭に向かって上半身に流れている。力を込めれば足にも届きそうだ。

 しかし、コダマは諦めた。今の自分には無理そうだなと身を起こす。

 

「そういえば、2階の部屋って全部使っていいんだっけ」


 ドアを開けて廊下に出てみるが、迷宮のような景色に思わず目を細めてしまう。そもそもハンネローネに連れてきてもらった階段すらどこにあるかを忘れてしまった。

 昔こんな迷言をテレビで聞いたことがある。

 『人間の七割が無意識に左の道に曲がる』

 本当かどうかは知らないが、こんな時でないと試す機会もないだろう。

 左に進み、壁にぶつかり、また左に進み、壁にぶつかり。これを五回ほど繰り返すと行き止まりになった。そこにはひとつの扉がついている。


「ここ、入っちゃっていいよね」


 ドアノブを捻り、扉を開ける。


「えっ……」

「は?」


 二人の少女の情けない声が同時に響いた。

 コダマの目の前には下着姿の華奢な少女が立っている。透き通るような素肌が露わになっていた。ベッドの上に服が重ねられている。


「ご……ごめんなさい!」


 すかさず謝り、勢いよく扉を閉めた。あー、なんてことだ。先客がいたとはつゆ知らず、勝手な行動をした自分を恨む。


「そりゃそうだよね、弟子が私だけなわけないもんね」


 コダマは恐る恐る戸の前に立つ。今回はノックをしてみることにした。いや、立ち去れよと思う人が多数だろうが、謝っておくのが筋だろうとコダマは考えたのだ。

 手を顔の前に持ってきて戸を鳴らそうとした時だった。


 ――ガチャ


 戸は突然開き、コダマの鼻にぶつかった。


「へぶち!」

 

 情けない声が廊下に響き渡る。

 コダマの目の前には先ほどの少女が着替え終わった姿で立っていた。

 

「ねぇ、あなた誰なの? 師匠から何も聞いてないんだけど」

「そそそ、それは……なんでなのでしょうか……」

「私の着替え中にノックもなしに入ってくるなんて一体どういう教育を受けてきたの?」

「二階は全部使っていいと聞いていたので……」

「そう、なら仕方ないわね」


 少女はあっさりとコダマの話を聞き入れた。てっきり詰められると思っていたコダマは拍子抜けしたような顔で少女を見つめる。


「そこに突っ立ってないで師匠に話を聞きに行くわよ。話はそれから」


 コダマの行動を気にしない態度で少女は階段を降りてゆく。コダマもそれに続いた。

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