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シュテルネの魔術師  作者: 釦餅
Ⅰ章  The Loop of a Day
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第五話  四月四日セカンド

「ループ?」


 会議室にいた全員が魔女の顔を見た。それはコダマも例外ではなかった。ガーデンを出る時に「任せなさーい」と言っていたが、ここまで意味のわからないことを吐くとは思っていなかった。


「どういうことだ、魔女」

「ん?」


 その静寂を破り、はじめに口を開いたのは席の左端に座っていた赤髪の男だった。第一部隊長、ナイト・フォーサイト。彼は勢いよく椅子を離れ、魔女に詰め寄った。


「王都をループさせる? 妄言も大概にしろ。そもそも貴様のことなど信用できるか」

「あら、酷いこと言うのね。お母様がどんな顔であなたを見ていることか……」


 ハンネローネは背中の杖に、ナイトは腰の剣に手をかける。

 緊張した空気の中、コダマはひとり後ろでおびえていた。あまりにも物騒すぎる。今すぐにでも止めに入りたいところだ。

 見かねたレオナがハンネローネの背中をたたく。


「師匠、大人げないですよ。早く本題に入りましょう」

「そうね」


 ハンネローネは杖から手を離すと、ため息をついた。そして、ナイトの真横を通り過ぎるその瞬間に耳打ちした。

 

「弟子に注意されちゃったじゃない。勘弁してほしいわ」

「……」


 コダマはナイトの方にぎこちない笑みを浮かべながらハンネローネについていく。その後ろをレオナが続く。ナイトに睨まれた気がした。余計なことはするもんじゃないなとコダマは思った。

 ケッシ―の机の前にたどり着いたハンネローネは「さあ、聞いてください!」と言わんばかりにドヤ顔で手を広げた。ケッシ―はその意図を嫌々感じ取り、脚本通りのセリフで質問した。


「……さて、王都をループさせるとはどういうことですか?」

「よくぞ聞いてくれたわ。それはズバリ、私のスキル『環状日域(シュライヘ)』で昨日を繰り返すといったものよ」

「まさか、擬似的なタイムリープを複数回強制すると?」

「大正解! でも、王都がループしている間、都外の時間は進み続けるわ」


 なんと型破りな能力なのだろうか。ケッシーは魔女の瞳を直視することができなかった。見てしまえば、全てを見透かされてしまいそうな、そんな気がしたからだ。

 だが、考えている時間はない。質問を変える。

 

「都外の者が都内に入った場合どうなるのです? 外からの景色や見え方は?」

「それは問題ないわ。私のスキルは時間が経たないの。経験したループは一瞬の出来事として処理されるわ。ただし、限度は三回まで。それを超えると現在が確定してしまう」

「……確かに未知だが、賭ける価値はある」


 その言葉を聞き、ハンネローネはニヤリと笑った。魔女を讃えるような風が窓から吹き込み、長い髪がなびく。


「肯定と捉えていいのかしら?」

「ええ、やむを得ませんから。ただ、気になることがもう一つ。記憶の維持はどうなるのですか?」

「ふふっ。やはり気づいたのね」


 今だ。コダマは持ってきていた紙を取り出し、ケッシーの机にそっと置いた。その紙を見せながらレオナが話を続ける。


「師匠のスキルは記憶保持に膨大な負荷がかかります。そこで、記憶を保持したままループに入れる人をあらかじめ決めてきました。こちらが名簿になります」


 ケッシーはその紙を手に取り、そこに刻まれた名前を上から確認する。


 魔女     栞条 コダマ

 魔女     レオナ・クラウゼ

 総隊長    魔ツ田 ケッシー

 第一部隊長  ナイト・フォーサイト

 隠密部隊長  魔ツ田 ハーシー


 以上五名。


「勿論このメンバーである理由はあるのだろう」

「はい。まず、上の三名は私も含めて現場を見ていること。そして、あとのお二方の隊長に関しては単純な戦力として選びました」

「そうか。合理的な判断だな」


 この会議に参加している第二、第四、第五、第六部隊長は選ばれていない。彼ら自身も、そしてケッシーもその理由は分かっていた。()()()()()()()()()()()が必要なのだ。失敗した場合に最低限、この魔導隊を動かせる者を残したいという感じだろう。

 ここで、ケッシーは違和感を感じる。


「ん……? ハンネローネ様、あなたの名前がここにないように思えるのですが」

「それはね、このスキルが過去の私に気づかれないことを条件に発動できるからよ。だから、くれぐれも私の前でループしている素振りを見せないこと。気づかれた時点で限度の三回に達していなくとも現在が確定するわ」

「なるほど。頭に入れておきます」


 ハンネローネに気づかれてはならない。スキルとしては大欠陥な能力だといってもいい。だが、それを対価に現在を変えられるのならば、お釣りがもらえるくらいだ。

 ケッシーは息を整え、その場に立ち上がる。そして、ハンネローネが差し出した手を握る。

 

「お弟子さんたちは任せてください。俺が必ず守ります」

「よろしく頼むわ」

「では、これより命令を下す。必ず、大雪の魔獣を見つけ出せ」

「はっ!」


 全員が起立し、命令に応じる。

 その声に呼応するように会議室の中心、ハンネローネは口元に指を当て、静かに告げる。


「さあ、一度目の環に行ってらっしゃい」


 ♢♦︎♢♦︎♢


 視界に入ったのは天を貫くほどの巨木。優しい風が吹き、枝葉を揺らす。自然豊かな空気が肺を満たす。

 初めてこの世界に来た時と全く同じ光景が目の前に広がっていた。


「ループが始まったみたい……。特に変わりないかな」


 コダマは周りを見渡した。人影が見える。そろそろハンネローネが来る頃だ。気づかれないように、と言っていたか。そこまで演技に自信はないが、とりあえず前日と同じように話してみようと決めた。


「あなたもこの場所が好き?」

「はい! もう好きで好きでたまりません!」


 前言撤回。自分の愚かさにコダマは呆れ返った。

 今までもよくあったことだが、緊張すると考えていたことが全部どかんと吹っ飛ぶのだ。その挙げ句、訳のわからない誇張表現を織り込んでしまう。どうしよう、どうしようと焦りが加速する。


「あら……そ、そう? それは良かったわ。ここは私の思い出の場所なの。そんなところで会えたのも何かの縁ね」

「あはは……」

「ところであなた、私の弟子になる気はない?」

 

 意図しない軌道修正にコダマは安堵した。道を探す魔法を使うくだりがあったように記憶しているのだが、どうやらハンネローネはどんな状況下でもコダマを弟子にしたがるようだった。

 安心して気が抜けたのか、コダマは涙を流してしまった。


「そんなに私の弟子になるのが嫌だったかしら……」

「いや、違います……! 感極まっちゃって……」

「あなた……不思議な子ね」


 困惑した魔女は、契約の儀式を始める。またもや右手に満ちる魔力がコダマの全身を巡った。

 その瞬間、木々を揺らすほどの暴風が二人を襲う。必死にスカートを押さえ、その場に踏みとどまろうとしたが、髪飾りが飛ばされていってしまった。


「あっ、私の栞!」


 それを追いかけて巨木の後ろに回ると、一人の少女が髪飾りを捕まえ、服についた草葉を払っていた。

 彼女はコダマに気づくと、安心した顔で髪飾りを手渡す。


「まったく、しっかりしなさいよね」


  コダマの涙腺ダムは決壊した。

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